3小波「腕時計型の麻酔銃とかどうだ?」

「説明しよう! 探偵部というのは」


 小波こなみは人差し指を立ててみせた。


「僕がつくった高校の部活動だ。正確には同好会だな、部員は僕だけだから」


 この辺で切り上げてもよかったのだが、部員は小波一人と聞いて、おじさんはもう少し付き合ってあげることにした。


「探偵部なんて珍しいな。どんなことをやるんだ?」

「まず部のアドレスに、学校の生徒から依頼のメールを送ってもらうんだ。それを僕がたちどころに解決、という寸法さ」


 誇らしげに腕を組む。


「たちどころに解決してるのか?」


 言われた途端、目に宿っていた光が消え失せる。


「痛いところをつくじゃないか。僕が悩んでいるのは、まさにそこなんだ」


 ピク。


 悩んでいるという言葉に、おじさんの耳が反応した。サングラスの下で、小波に真剣な目を向ける。


「この店で頻発している万引きのことでも、探偵部に依頼が寄せられていてね。遂に犯人を見つけたと思ったのだが……」

「商品を買うか迷ってた俺を、怪しい動きの万引き犯と勘違いしたってわけか」


 頷く小波の表情は晴れない。


「それ以外の依頼も、このところ全然解決できていない。部員も集まらないし、このままじゃ廃部かもしれない……」


 悲しそうな顔でため息をついた。


「……探偵なんて、ドジな僕には無理なのかな。もう、諦めるしか……」


 女の子らしい声を震わせる。普段は強気な瞳は、黒縁メガネの奥で揺れていた。


 自信をなくす彼女の小さな肩に、おじさんはそっと手を置いた。


「……?」


 少女の目に映るおじさんの姿は、もう怪しい万引き犯とは程遠かった。


「諦めるな! おじさんと違って、君はまだ間に合う!」


 不安を抱かせないよう、あえて自信たっぷりに言い放った。


「おじさんは反面教師のおじさんだ。こんなおじさんになりたくなかったら、君みたいな若者が諦めちゃダメなんだ!」


 自信があるのかないのかいまいちはっきりしなかった。そんなおじさんでも、素直な小波には響いたらしい。


「……いいのか。こんな僕が探偵でも」

「こんな僕?」


 彼女が飛びかかってきた場面を思い返して言った。


「仮にも大人の男――しかもサングラスまでかけたやつに立ち向かった女の子は、もう立派な探偵だよ」


 その言葉に、小波は温かいものを感じた。やる気はあっても空回りばかり。たまに犯人を追い詰めたと思っても、ドジを踏んで台なしにしてしまう――。


 そんな自分を、彼は探偵だと言ってくれた。


「はは……」


 力なく笑う。しかし、その瞳はもう揺らがない。


「……僕としたことが、どうやら悪い薬でも盛られていたようだ」


 立ち直った小波を見て、おじさんは優しくほほえんだ。


「よし。探偵部の意地を見せてやろうぜ!」


 調査に協力することにした。


    *


「依頼がこなせていないと教師にバレたら、探偵部には危害が及ぶ」


 小波はいい声で説明した。


「おじさんの助言で探偵を諦めないことにした僕は――」

「ちょ、ちょっと待て小波!」


 おじさんは慌てて遮った。


「事情はもう分かったから! いちいち繰り返す必要ないだろ⁉」


 彼女はすっかり最初の調子に戻っていた。唇をとがらせる。


「名ゼリフはまだまだ続くのに……」

「要は依頼を解決すればいいんだろ? 廃部から逃れるには」

「そうだ。外が明るいうちに、ほかの依頼をこなさなくては」


 二人はおもちゃ屋を出た。小波は自分のスケートボードを抱えている。


「依頼って、あの店の件だけじゃないんだな」

「その通り。まずはこれだ」


 差し出されたスマホには、依頼のメールが表示されていた。


「これは……。ペット探しか」

「国語の先生からだ。飼い犬のチワワが帰ってこないらしい」

「へえ、教師からも依頼が来るのか」


 メールには写真が添付されていた。


「頭に青いリボンを付けていて、水色の首輪を巻いている。チワワの色は茶色だ。名前はチャワン」


 小波は画面を見ずに言った。内容はすべて覚えているようだ。


「殺人事件ばかりが探偵の仕事じゃない。探し物も立派な仕事だ。僕が探偵を志したきっかけでもある」


 自分の服装に視線を落とす。制服の襟元には、赤い蝶ネクタイが留められていた。


「青いリボンと水色の首輪をした茶色いチワワって……」


 おじさんはスマホから顔を上げた。


「……あいつのことじゃないか?」


 目の前を指差す。そこには、紛れもないチャワンの姿があった。大きな黒目で二人を見つめている。


「な、なんと! こんなチャンスは二度とないぞ。絶対に捕まえてみせる!」


 意気込む小波。しかしその意図に感づいたのか、チャワンはすぐに向きを変えた。ダッと走り出して、二人から離れ去っていく。


「むっ、待て!」


 小波は走って追いかけた。その姿を見て、後に続くおじさんは不思議に思う。


「小波! なんでスケボーを使わないんだ⁉」


 せっかくのスケートボードを抱えたまま走っていた。


「これはまだ練習中なんだ!」

「だったら家にでも置いとけばよかったんじゃないか⁉」

「スケボーは重要な探偵アイテムだぞ!」

「いや関係ないだろスケボーと探偵! 重いから置いとけって!」

「断る! 探偵とはそういうものなのだ!」


 小波の意志は固かった。スケボーは諦めて、おじさんは並走する。だがその直後、不意に間の抜けた声が飛び込んできた。


「あうっ!」

「ど、どうした⁉」


 振り返ると、小波がその場でコケていた。何の段差もない平坦な道だった。


「ぼ、僕としたことが……。おのれ、犯人の罠か⁉」

「ペット探しに犯人っているのか? ケガは?」

「大丈夫だ。転び慣れているから、受け身だけは得意なんだ」


 転んでズレたメガネをかけ直す。


「度かキツくてクラッとするんだよ」

「度が合ってないのか?」

「これは父のスペアなんだ。僕の視力は2.0だ」

「じゃあなんでかけてるんだよ⁉」

「探偵とはそういうものなのだ!」


 謎のこだわりがあるらしかった。しかし、それに付き合っていてはチャワンを逃がしてしまう。


「メガネかけたいだけなら、レンズだけ外せよ。こう、指でポンポンって!」

「父のメガネにそんなこと、できるわけないだろう! もしそんなやつがいたら、そいつはとんだ親不孝者だ!」

「めったなこと言うな! もしそういう人がいたらどうするんだ!」


 不毛なやり取りをしているうちに、二人はチワワを見失ってしまった。小波は細い脚で地団太を踏む。


「実に惜しい。あと少しのところだったのに」

「そうだったか? まあ、おおよそこの辺にいるってことは分かったし、一応の報告はできるだろ」


 しかし、小波は納得していないようだった。


「それでは僕のプライドが許さない。探偵としてのプライドが」


 その真剣な横顔に、おじさんは言葉をんだ。中途半端な気休めを口走ったことを反省した。


「……そうだな。依頼はほかにもあるんだろ? 犬を探しながら、そっちも解決していこう」

「もちろんだ。ええと、いま来ている依頼は次で最後だな」


 再びスマホを見せた。

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