第3章 妹はマッドサイエンティスト⁉
1三実「エピソードタイトルを取り戻したい。そんな時」
【お知らせ】
第3章ヒロイン、
https://kakuyomu.jp/users/jumonji_naname/news/16818093086514881094
それでは本編をどうぞm(_ _)m
♢♢♢♢♢
「よし、できたぞ」
おじさんは
「といっても、誰でもつくれる豚の生姜焼きだけど」
市販のタレで焼いただけのお手軽クッキングだった。母に代わって夕食の支度をしている経緯は、1時間ほど前にさかのぼる――。
*
「おかえり二郎」
おじさんが帰宅すると、ちょうど母親――小田れいが書斎から出てきたところだった。ロングの黒髪が
「ただいま」
偽りのネクタイを緩めるおじさんに、れいは手を合わせて頼み込む。
「悪いんだけど、仕事が長引いちゃって……。今日の晩ごはん、お願いしてもいいかしら?」
れいの仕事は在宅で行なうもののようだ。仕事熱心な母親が、こうして次男に家事を代わってもらうことはよくあった。
「はい。簡単なものでいいなら」
「本当にごめんね? 二郎だって仕事で疲れてるのに」
無職のおじさんはグサッと心が痛んだ。
「ぜ、全然大丈夫ですよ! 毎日でもやりますよ、本当に……」
「さすがにそこまで頼めないわよ。あ、
長男は会社に泊まり込み。ちなみに、おじさんの父は単身赴任中である。
「分かりました」
他人行儀な言葉遣いに、れいはぷうと頬を膨らませる。落ち着いた人だったが、時折見せる仕草は少女のように可憐だった。
「もう。あなた、昔は普通に喋ってたのに」
大学を出てから、おじさんは両親に敬語を使っていた。卒業しても就職しない後ろめたさからだった。
「い、いえいえ。僕なんかがタメ口なんて恐れ多いですよ……」
ボロを出してしまわないうちに、害虫のようにそそくさと立ち去った。
*
「たまごスープとミニトマトと、あとは……。キャベツでも刻むか」
日中スーツのおじさんは、家ではゆったりした和装を好むようだ。作業をする時は頭に手ぬぐいを巻いている。猫の手でキャベツをトトトと刻んだ。
「……こんなもんかな」
料理はできたが、れいはまだ書斎から出てこない。
「三実も帰ってこないし……。洗濯物でも畳むか」
一人で先に食べるのも気が引けたため、ほかの家事をこなすことにした。リビングへ移動し、取り込んだ洗濯物を畳んでいく。
「……あれ?」
畳み終えた自分の衣類を確認すると、抜けがあるのに気づいた。
「おかしいな、またパンツがなくなってる。脱衣所にでも転がってるのか?」
なぜかパンツだけが頻繁になくなるのだった。行方不明のそれを探しに廊下へ出る。
「あ」
ちょうどその時、高校生の妹――三実が帰ってきた。玄関へ上がってきたところだった。
ブレザータイプの制服。その上から、前を開けた白衣を纏っている。それほど大きなサイズでもなかったが、149cmの三実が着るとブカブカだった。余った袖はまくっていた。
「おかえり。今日は遅かったな」
「……」
返事はないが、それはいつものことだった。チラとおじさんを見上げたかと思うと、三実はプイと顔を背けてしまう。
ちょっとショックだったが、兄はめげずに話しかけた。
「また頭爆発してるぞ。大丈夫か?」
ピンクの髪は、耳より高い位置で二つ結びにしている。が、その結われた髪の部分が、チアリーディングのポンポンのように膨らんでいた。
髪の色は違ったが、三実はおじさんの実の妹。15歳の今はまだ幼さが残るが、母親に似て、将来は美人になることが予想された。
キッ!
三実はおじさんをきつく睨んだ。怒っているのか、その顔はやや紅潮していた。
「じろじろ見ないでくれる」
「あ、ああ悪い」
思わず気圧されてしまう。おじさんはスンと鼻をひくつかせた。
(薬品の臭いかな?)
髪の爆発に関係しているのか、かすかに変な臭いもした。近づく兄を、妹はやはり拒絶する。
「近いんだけど」
「う、ごめん……」
無職はバレていないはずだったが、罪悪感からいまいち強く出られなかった。食で機嫌をとろうと試みる。
「夕飯食べないか? 母さんもそろそろ来ると思うし」
しかし、三実の態度はツンとしたままだった。目も合わせようとしない。
「いらない。外で食べた」
「あ、そっか……」
すげなく断られてしまった。
(上手に焼けたんだけどな……)
しゅんとなるおじさんを
「……」
ところが、何を思ったのか、階段に足をかけたところで止まった。兄を振り返って声をかけた。
「あのさあ」
話しかけられると思っていなかったおじさんは少し緊張した。
「な、何だ?」
なんとなく、妹からいつもと違う雰囲気を感じる。どこか思い詰めたような空気があった。
「もしかしてだけど、
いくらかの逡巡の後、三実は切り出した。
「……辞めたの? 会社」
その瞬間、おじさんはビクンと体を震わせた。
「ど、どどどどうして⁉」
分かりやす過ぎるその反応を見て、三実ははっきりと確信する。
「やっぱり」
「あ……」
妹の表情などから察した。
(しまった。三実のやつ、確証はなかったのか!)
まんまとカマかけに引っかかってしまった。しかし、無職かもしれないという疑念を、三実はどうして抱いたのだろうか――。気になって尋ねた。
「で、でも、なんでそう思ったんだ?」
三実は数日前の出来事を思い浮かべた。その時の情景をなぞる。
「学校がお昼で終わった日に公園寄ったら、ブランコに座ってうなだれてた」
「あ。そういやあったな、お前が公園来た時」
おじさんは自分の現状にしょっちゅう絶望する。その時のへこんだ姿を見られていたらしい。
「けど俺、サングラスしてたのに。どうやって変装見破ったんだ?」
三実は嘲笑うかのように言った。
「は? バレバレだったけど」
「え、うそ」
おじさんの中では、サングラスは完璧な変装アイテムだった。が、妹から見れば丸わかりだったようだ。
「なんで辞めたの」
三実はおじさんが会社を辞めた理由を尋ねたが、兄は返答に窮した。
「うーん、辞めたというか……」
日雇いや短期のアルバイトはしているものの、正社員として職を得たことは一度もない。そもそも辞職や解雇ではあり得ないのだ。
難しい顔をする兄を見て、三実はハッと思う。
「まさか、クビになったんじゃ」
「い、いや、それはない」
確かにない。
「ふーん……」
おじさんも
「あ、三実」
おじさんは空気を読まずに尋ねた。
「俺のパンツ知らないか? 見当たらなくってさあ」
間の抜けた質問に、三実はギリッと歯を鳴らした。
「は? こんな時にパンツ? 知るわけないでしょ」
もっともな非難を受けて、兄はいよいよいたたまれなくなる。妹に対して情けない声で
「そ、そうだよな。すまん、悪かった」
「謝らなくていいから、お風呂でも入ってきてくれない? その顔見たくないから」
果てにはそんなことまで言われてしまう。しかめっ面で、三実はドンドンと階段を踏み鳴らしていった。
残されたおじさんは我が身を呪った。
「……はあ、バカか俺は。パンツなんて、今はどうでもいいいだろ」
ため息とともにその場にしゃがみ込む。
「いつかバレるんじゃないかと思ってたけど……。よりによって三実に知られるとは……」
妹の冷めきった態度に、思わず涙目になった。たまらず過去にすがろうとする。
「……昔は懐いてたのにな。あいつが小4くらいの時から、急に冷たくなったんだよなあ」
今のやり取りからは想像もつかなかったが、昔の三実は兄にべったりだったらしい。
「こんなことなら、もっとかまってやればよかった。……本当にダメな兄だな、俺は」
後悔先に立たず。肩を落としておじさんは、命じられた通りに風呂場へと向かうのだった。
……妹の心の声に気づかないまま。
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