エピおじ「コラ遊ぶな! つ、次こそは必ず!」
「……ん?」
気絶していたおじさんは目を覚ました。更衣室の外で、壁を背にして座らされていた。
「ええと、どうなったんだっけ。リカに殴られて……」
自分の顔に触れると、鼻にはティッシュが詰められていた。血はもう止まっている。チンピラシノに取られたサングラスも、自分の額に返っていた。
「あ、起きたです。大丈夫ですか、おじさん」
「うん。ただ鼻血が出ただけだし、それももう止まったよ。ありがとう」
顔を上げると、シノと
シノは制服だ。
「さあ寧ちゃん、おじさんにも話しましょうね?」
「う……」
シノに
*
・リカはかわいい格好に憧れていたわけではない
・貴重なかわいい姉の姿を、寧がフィルムに収めたかっただけ
・着せ替えにこぎつけるために、おじさんとシノに嘘を織りまぜた
・ムラムラしてやった。今は反省している
*
「なんとまあ……」
ようやく真相を知り驚くおじさんに、寧は申し訳なさそうにシュンとしていた。
「まさか、おじさんがおそわれることになるとは……。ごめんなさいです」
怒られることを覚悟して身を縮める。しかし、おじさんはほっと気を緩めた。
「よかった……」
「え?」
朗らかな顔で言った。
「それじゃあ、リカは何も諦めてなかったんだな? 無理してツッパッてたわけじゃなかったんだ」
「そ、そうですが……」
想像と違ったおじさんの反応に、寧の心はドキリと揺れた。
「寧のこと、怒らないんですか?」
「うーん。リカには悪いことをしたけど、おじさんは別に。
寧は自分の胸を押さえる。小声の独り言は、おじさんには聞こえなかった。
『そ、そんなはずは……。寧は攻略対象のヒロインではなく、あくまで攻略する側のはず……』
おじさんが見せた優しさに心動かされていた。
「? 何か言った寧ちゃん」
そう問われて、しかしすぐ無表情に戻った。
「……何でもないです。寧はブレないです」
「そ、そう……?」
恋愛とは無縁なオタクガチ勢としての立場を再認識する寧。そのヘルメットを、姉のリカはコツンとやった。
「お前はちょっとはブレとけ」
「あて。うう……。ヘルメットがなければ即死でした」
「野球やっても、お菓子はしばらくおあずけだからな」
今度の一件を受けて、締結した平和条約は破棄されてしまったようだ。
「ガーン。条約など、ただの口約束に過ぎないということですか……」
「またワケ分かんねーことを……」
『お菓子』という単語に、すかさず反応する大食いガールがいた。
「はいはーい! そのお菓子、代わりに私が食べたいでーす!」
が、シノに無理矢理コスプレさせられたリカは、恨みのこもった声で返した。
「青木シノ……。テメーのことはもう覚えたからな」
「げっ」
その鋭い眼光に、今更ながら噂の不良軍団――『
「わ、私は……。そう! おじさんに脅されてたんです。手伝わないとお前を
「おいっ! 勝手なこと言うな! ノリノリだっただろうが!」
おじさんの指摘も意に介さず、クルリと回れ右をした。
「きゅ、急用ができたので失礼します。さようならー!」
構成員からの報復を恐れたシノ。あっという間に逃げ去ったのを見て、寧もこの場から退場しようとする。
「寧は気づかいのできる女……。*おおっと*、もうこんな時間です。寧はグラウンドへテレポーターするです」
殊勝にも気を遣っているようだった。
「*いしのなかにいる*かもしれませんが、探さないでくださいです。サヨナラ!」
爆発的な速さで散っていった。リカとともに残されたおじさんは、ばつが悪い様子だった。
「えっと……。わ、悪かったな。知らなかったとはいえ、したくもない格好させて」
寧に騙された形とはいえ、苦手な格好を強要してしまった。リカもリカで、おじさんに対して罪悪感を持っていた。
「あー……。オレも、つい殴っちまったし……。顔、ホントに大丈夫か?」
心配そうに覗き込む彼女に、おじさんは何でもない風で答えた。
「ああ、それは全然。慣れてるんだ、ケンカで負けるの」
「へえ?」
意外にもケンカ慣れしているようだった。もっとも、彼とのケンカは敗戦ばかりで、勝ったことは一度もなかったが。
更衣室の壁を背もたれにするおじさんの隣に、リカもヤンキー座りで並んだ。
「青木シノから聞いた。おっさん、オレのためにやってくれたんだってな」
結果はどうであれ、おじさんは純粋な善意から動いていた。
「まあ、俺のエゴだけどな。頼まれてもないのに、勝手なことして申し訳ない」
「んなこと……」
グラウンドの方では、少年野球の練習が始まったようだ。子供たちの元気な声が聞こえてくる。
「……オレ、寧の練習見てくわ。おっさんは?」
「俺はぼちぼち帰るかな。探さないでくださいって言われたし」
「そっか」
リカは立ち上がった。
「じゃーな、おっさん。殴ったのはマジで悪かった。色々世話んなったぜ」
「ああ、じゃあな。俺は何もしてやれなかったけどな」
「まだ言ってやがる……」
おじさんに別れを告げて、寧のところへ向かおうとする。そのままグラウンドの方へ歩いていくかと思われたが、不意に足を止めた。
「……そーいや」
背を向けたままで、リカは言葉を探す。自分のために働きかけてくれたおじさんに、何か恩返しがしたいと思っているようだ。
「明日から、寧にお菓子やれねーんだった。代わりに、誰か食ってくんねーかな」
食べるという話題を受けて、おじさんには条件反射的に浮かぶ顔があった。
「それならシノに――」
その瞬間、振り返ったリカがギロリと睨みつけてくる。
「アイツの名前出すな。
「そ、そうか……」
すっかり
「……だからさ」
リカは気恥ずかしそうに頬をかく。
「そのうち食ってくれよ、オレのお菓子。寧はうまいって言ってるしさ」
「お菓子か……。ありがたいけど俺、甘いものはあんまり――」
鈍感おじさんが丁重にお断りしようと考えた、その時。
「!」
学ラン姿のはずのリカが、おじさんの目には一瞬、髪を下ろした時の姿で見えた気がした。言葉はぶっきらぼうだったが、おじさんの耳に、その声は柔らかく響いた。
「………食えよ」
ガラリと印象の変わったリカを見たあの時のように、おじさんの鼓動は早くなった。
「お、おう」
風に揺れる彼女の金髪が、サングラスをずらした目に眩しく映る。気づけば自然と考えを改めていた。
「分かった。いつか必ず食べさせてもらうよ」
「ん……」
再会の約束を取り付けて、リカの心臓は小さく跳ねた。おじさんを見る目は少し熱っぽいようだった。
「……ん?」
その視線が、彼の横へと移る。そこには、壁に立てかけられた金属バットがあった。
「あ。寧のヤツ、バット忘れてやがる!」
「はは……。カメラの次はバットか」
「せっかく届けたってのに……。ったくもー」
呆れるおじさんにつられて、不満をこぼすリカも白い歯を見せた。
「じゃ、行ってくるわ」
気持ちのいい笑顔を向けた彼女に、おじさんも片手を挙げて答える。まるで夫婦のような挨拶が、この時の二人には、妙にしっくり来るように感じられた。
「ああ。行ってらっしゃい」
金属バットを肩に担いで、リカは駆け出す。おじさんの目に映ったのは、極悪非道なヤンキーなどではなく、ただの妹想いな女の子の姿だった。
『第2章 お姉ちゃんは学ランヤンキー⁉』 -完ー
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます