13  ( °∀°)っ====◦ ュ(°∀° )

 再び開かれた更衣室の扉。李花りかが逃げないように、おじさんはすぐに出入り口に身を滑り込ませた。


「こ、これは……⁉」


 サングラスを外したおじさんの目に、生まれ変わった彼女の姿が飛び込んでくる。驚愕に目を剥いた。


「よ、幼稚園児、だと⁉」


 シノが持ち込んだ衣装は、なんと園児服のコスプレだった。サイズは大人用だったが、ピンクのスモックを着たリカは、まるで大きな幼稚園児のようだった。


「みっ、見るなーっ!」


 リカはそう訴えたが、目を逸らすことなど誰にも不可能だった。


 つばのついた黄色い帽子。金髪は、低い位置での二つ結び――編まないおさげに結われていた。


 スモックの首元は丸襟になっている。独特のゆったりとした袖は、手首のところでキュッとすぼまっていた。


 肩から斜めにかけた黄色い鞄は、いわゆるパイスラッシュとしてDカップを強調する。胸の名札には、『ももぐみ リカちゃん』の文字があった。


 実際のスモックとは違い、コスプレ用のそれはワンピースタイプだった。つまり、ズボンやスカートなどははいてない。しかも、かなりミニのワンピースである。


 リカは恥ずかしそうに裾を引っ張り押さえて、剥き出しのももを隠そうとしている。露わになった白い脚が眩しかった。


(かわいい格好って、こういうことなのか……?)


 おじさんの想定とは若干のズレがあったが、『リカかわいい化計画』は無事に達成された。ダメ押しの園児服は、演劇部の衣装をたまたま持っていたシノのお手柄である。


「か、かわいい……。何ですかこの気持ちは。これが萌えってやつですか! 萌えますリカさん。いや、リカちゃん!」


 シノはセーラー服の時よりも興奮していた。ねいもカメラのシャッターを夢中で切り続けている。


「ふおお。何というギャップ。あの不良の姉が……。寧の姉がこんなに可愛いわけがない!」


 サクランボのゴムで留められたちょんまげが、またも雄々しくそそり立っていた。


「く、屈辱だ……。こんなガキみてーなカッコを」


 リカは必死に恥辱に耐えている。上目遣いに見上げると、おじさんとバッチリ目が合ってしまった。


「う……。な、何か言えよおっさん」

「え? い、いや……。何と言っていいものか」

「やっぱ何も言うなおっさん!」

「どっちだよ!」


 煮え切らないおじさんの脇腹を、学ラン姿のシノがひじでこづいた。リカに聞こえないように耳打ちする。


『おじさん、なんで素直に言ってあげないんですか、かわいいって』

『か……。そ、そんなの、言えるわけないだろ、恥ずかしい』

『リカさんはかわいいに憧れてるんですよ? それを諦めさせないって、おじさんが決めたんでしょう』

『そ、そうだけど』

『だったら、思ってることを言ってください。リカさんはそれで救われるはずなんですから』


 実際には、それは寧の方便に過ぎなかったのだが、シノとおじさんは、リカにかわいいを満喫してもらうことが救済だと信じていた。


(よ、よし……)


 おじさんは反面おじさんとしての覚悟を決めた。震える足で、リカへの距離を一歩詰める。


「な、何だよおっさん……。何も言うなって言っただろ」


 ヘタレなおじさんは必死に自分に言い聞かせた。


(落ち着け二郎。今のリカは、リカであってリカではない。目の前にいるのはただの幼稚園児だ。幼稚園児にかわいいと言うのは、何ら恥ずかしいことではない!)


「り、リカ……」

「おいよせ、もう黙っててくれ。けなされても気ぃ遣われても、マジでどっちでもキツいって!」

「リカ!」

「!」


 本心をはっきりと伝えた。


「ヤンキーだろうが、不良だろうが……。お前は、かわいい女の子だっ!」


 言った瞬間、かぁーっと赤くなる。その熱は、言われた少女にも伝わったようだ。


「か、かわ…………! な、な………!」


 羞恥心の限界を超えて、今にも湯気が立ちそうだった。火照ほてる顔を両手で押さえて、必死に興奮を鎮めようとしている。


 おじさんの男らしい告白に、シノはぽつりとつぶやいた。


「なんだ……。やればできるんじゃないですか、おじさん……」


 これですべては平和に終わるはずだった。しかし、寧には嫌な予感がしたようだ。


「……まずいかもしれないです」

「「え?」」


 シノとおじさんは揃って振り向いた。寧は切羽詰まった様子で助言する。


「おじさん、一応逃げるじゅんびをしておいてくださいです」


 シャッターを切っていた時のご機嫌な空気は、どこかへ消え失せていた。


「に、逃げる? なんで?」

「姉には、とくい体質があるんです」

「特異体質?」

「はい。顔が赤くなりすぎると……。あっ」


 寧の視線の先を、おじさんが辿ると――。


「あ」


 ツー。


 興奮のあまり頭に血が上ったリカから、鼻血がひと筋垂れていた。


「だ、大丈夫か? リカ」


 ポケットティッシュでも渡そうかと、おじさんは近寄ろうとした。


(特異体質って、ただの鼻血のことか?)


 そう思ったが、すぐに寧が割って入る。


「それは寧がやるですから! おじさんは逃げてくださいです!」


 寧はいつになく必死だった。


「ど、どうして?」


 混乱するおじさんに説明した。


「鼻血が恥ずかしい姉は、それをごまかすために人をおそうんです! なぐられた人が出した血だとごまかすんですよ!」

「な、何だってー⁉」

「リアクションとかいいですから! 急いでここから……」


 言い終わる間に、おじさんは異様な気配を感じた。視線をリカへと戻すと――。


 ぞわり。


 ただならぬ空気を纏った幼稚園児が、ゆらりと近づいてきた。赤みがかった瞳が、鋭く光っておじさんをとらえる。


「……オレに、血を付けたな、おっさん」


 言うまでもなく、リカが自分で出した鼻血である。が、本人はその事実を認めたくないようだ。力づくでごまかそうと近寄ってきた。


「あ……あ……」


 あまりの恐怖に言葉を失うおじさん。すっかり膝が笑ってしまい、後ずさりすることもままならなかった。


「うおおおおおおおーっ!」


 リカは容赦なく飛びかかった。


「ま、待て――」


 バコーン!


 渾身のパンチが、おじさんの鼻っ面にクリーンヒットする。サングラスをチンピラシノに貸していたのは不幸中の幸いだった。


「ぐ、ぐふぅっ……!」


 スローモーションで倒れ込む。おじさんの鼻からもやはり、リカの狙い通りに鼻血が出ていた。

 

 どさっ……!


 その場に倒れる彼を見下ろすリカ。自分の鼻血を、親指でピッと払った。


「この血は、おっさんの返り血だ。オレのじゃねー」


 無茶苦茶な主張を、おじさんは遠のく意識の中で否定しようとする。


「で、でも……」


 ギロリ。


「いいな?」

「……は、はい」 


 それ以上何も言えなかった。力尽きたおじさんは、鼻血を流したまま気絶するのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る