12リカ「よーし寧、キャッチボールだ!」

 セーラー服姿の李花りかを、ねいは夢中で撮影していた。そのギャラリーに、リカの服を着たシノも加わる。


「いやあ、頑張った甲斐がありました。リカさん、こんなに素敵なお嬢さんだったんですね」


 更衣室の中とあって、シノは写真を撮る気はないようだ。感慨深そうに頷いていた。


「あ、ああ。助かったよ」


 それまでリカとやり取りしていたおじさんは、改めてシノの姿に目を留めた。


 赤いパーカーのフードにかからないショートカットが、男装ルックによく似合う。喉仏のない長い首がきれいだった。


 リカがそうしていたように、上に着る学ランの前は開けている。黒いズボンがつくる縦長のシルエットは、スマートな体型を強調した。


 雰囲気の変わったシノと目が合って、おじさんは思わずドキリとした。シノはからかうようにして覗き込む。


「どうしました? もしかして、私の不良スタイルに見惚れちゃいました?」


 まごつくおじさん。シノのペースに乗せられまいと、無意味な抵抗をみせた。


「は、はあ? 別に、見惚れてなんかねえし。なんとなく見てただけだし」

「『し』が多いですね。隠さなくていいんですよ?」

「か、隠してねえし。ていうか、隠すの意味が分からんし」

「素直じゃないなあ。そんなだから女の子にモテないんですよ」

「な、なんで分かるんだよ⁉ あ、いや、別にモテなくねえし!」


 顔を真っ赤にして抗う。図星をつかれて冷静さを失っていた。ついうっかり、本音を漏らしてしまう。


「けど、やっぱり何でも着こなすなお前は。セーラー服も学ランも」


 シノはどこかポーズめいたように胸を張ってみせた。


「わ、私にかかればこのくらい、朝飯前ですよ」

「なんか、プロのモデルみたいだ」

「と、当然です。元がいいですからねっ!」


 からかった手前引っ込みがつかなくなった少女は虚勢を張っていた。


(あれ?)


 余裕たっぷりに見えるシノだったが、よく見るとその頬には赤みがさしていた。照れたように、おじさんから目線を外している。


(……シノのやつ、自分で自分の言ったことに照れてちゃ世話ないぜ。まったく、調子のいいやつだ)


 そう解釈しておじさんは、呆れたようにやれやれと肩をすくめてみせた。


 おじさんは今になって、いつの間にか本音を漏らしていたことに気づいた。慌てて発言を修正する。


「って、さっき寧ちゃんが言ってたな! 『モデルさんみたいです』って。外まで漏れて聞こえてたぞ!」


 言われて、シノもハッとなる。


「あ……。ああ、寧ちゃんが! そ、そうでしたね。言ってましたね!」


 互いの知らないところで本心を隠し合う二人だった。自分の名前を出されて、カメラを持った寧がトコトコ寄ってくる。


「シノお姉さんもとりたいです」

「おっ、いいよー。かっこよく撮ってくださいね」


 シノはおじさんのサングラスに手を伸ばした。


「ちょっと借りますよおじさん」

「あっ! まったくどいつもこいつも」


 小道具を追加したかったようだ。奪ったサングラスをかけたシノを見て、寧がアドバイスする。


「とてもすてきですが、目が見えた方がもっといいですね。ここをこうして……」

「なるほど、さすが名カメラマン。勉強になります」


 指示された通り、サングラスを額の方へずらした。寧は本物のカメラマンのように、被写体のポテンシャルを最大限に引き出そうとする。


「いいですよー、最高です。はい、笑って笑って。そう、その顔です。実にいいです」

「わあ、これすごい乗りやすい! 寧ちゃんは一流のカメラマンですね」


 寧が撮りやすいように、シノは少し上体を傾ける。ウインクの隣で横ピースをつくった。


「イェーイ。チンピラシノちゃんでーす」

「来たっ! 今です、いただきストリート!」


 パシャリ!


「デュフフ、ばっちりです。モデルがいいので楽ちんです」

「もう、あんまりからかっちゃダメですよ?」


 仲睦まじく写真を楽しむ二人。寧から解放された女子高生リカは、自分の服を取り戻そうと近寄った。


「なー、もういいだろ? そろそろ元のカッコに着替えさせてくれよ」


 寧とシノ、そしておじさんは素早くアイコンタクトを交わした。代表して寧が応じる。


「そうですね。写真もたくさんとったですし、そうするです」

「よっしゃあ! やっと解放されるぜ」


 やけに物分かりのいい妹に疑問を抱くことなく快哉かいさいを叫んだ。シノは自分のスクールバッグを持つ。


「おじさんはまた出ててくださいね」


 そのバッグを、リカに見えないところでポンポンと叩いてみせた。


「ああ、分かってるよ」


 彼女はかわいい格好がしたいのだと、未だに信じ込む二人。最後の作戦に移ろうとしていた。


「じゃ、後のことは頼んだぞ」


 更衣室の扉を閉めるおじさん。再び音声だけのやり取りが始まった。


『おい青木シノ、オレは脱いだぞ。アンタもさっさと脱いでくれ』


 リカは早くも下着姿になったようだ。


『助かりましたよリカさん。脱がす手間が省けて』

『脱がす手間? 元の服が着れるんだから、脱ぐの当たり前だろ』


 何も知らないリカに、シノと打ち合わせ済みの寧が教えてやる。


『シノお姉さんがおかわりをよそってくれたのです』

『おかわり? どーいう意味だ?』


 扉の外でおじさんは、土手でのシノとの会話を思い出した。


    *


『演劇部の子から、劇で使うかわいい衣装をたまたま預かっていたのを思い出しました!』

『そんなたまたまがあってたまるか! と言いたいところだが……。よくやったぞシノよ。セーラー服以外も試せるとは、これぞ僥倖ぎょうこうだ』


    *


『……というわけです』


 まだ終わっていなかったと知って、リカはショックを隠せなかった。


『う、ウソだろ……。まだ終わらねーのか?』


 再び絶望する彼女に、二人は容赦なく襲いかかる。


『シノお姉さん!』

『了解です!』


 またも着せ替えが始まった。


『くっ、離せ!』

『寧ちゃん、バッグから衣装を!』


 許可を得てスクールバッグを漁る寧。くだんの衣装を引っ張り出した。


『……おお。これはまた、変化球ですね』

『見た目は子供の服ですが、サイズは大人用です。高校の演劇で使う衣装ですからね』

『どんなげきですか……。ちょっと気になるです』


(そういえば、どんな服なのか聞いてなかったな)


 最後のアイテムはおじさんも知らない。寧の反応からすると、少々マニアックな衣装のようだ。これから着せられるリカはギョッと驚いた。


『な、何だよその服⁉ 高校生がそんなの着たら、おかしいだろーが!』

『リカさん、あなたも頑固な人ですね。ずっと着たかったかわいい服ですよ?』

『着たいワケねーだろ⁉ それにこれは、かわいいの種類が、ちょっと違う気もするぞ』

『寧も同感ですが、これはこれでアリです。うおおー』

『やっ、やめろーっ!』



 数分後――。



『はあ、はあ……』


 息も絶えだえのリカ。着せ替えが終わったらしい。


『キャー! かわいいですよリカさん! さっきのセーラー服とは別の意味で!』


 興奮するシノ。寧も満足そうだった。


『まさか、ここまでせんとう力が上がるとは……。寧もまだまだ修行が足りないですね』


 スカウターがあったら爆発しているところだった。


『うう、恥ずかしい……。何の罰ゲームだよこれは』


 羞恥に悶絶するリカの声を聞いて、おじさんもつい好奇心をそそられてしまう。


(シノのやつ、いったいどんな服着せたんだ……?)


 想像力をかき立てられるおじさんの耳に、シノからの合図が入る。


『おじさーん! リカさん……。いえ、リカちゃん、準備できましたー!』


(リカ?)


『開けまーす!』


 更衣室の扉が再び開かれた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る