3おじ「第2章からはちゃんと書くはずじゃ……」

「えっと、何の話してたんだっけ……。あ、服装ナリとかか」


 そう言うと李花りかは、おじさんの顔に突然手を伸ばした。


 ピッ。


「あ」


 おじさんはサングラスを取られた。


「か、返せ! それはおじさんのサングラスだ!」


 ピョンピョン飛び跳ねて頑張ったが、リカはその手を巧みにかわす。奪ったサングラスを、切れ長の目でしげしげと眺めた。


「おっさん、サラリーマンだよな? なんでこんなのかけてるんだ?」

「い、色々あるんだよ」

「ふーん」


 自分の顔にかけて二ッと笑った。


「へへ、もらっちった」

「やらねえよ。何がへへだ」


 ヤンキー風の学ラン姿にはよく似合っていた。


「でもこんなんしてたら、また不審者と間違われるぜ? 紛らわしいったらねーぜ」

「紛らわしいのはお互い様だろ? 金属バット振り回してたやつに言われたくないよ」

「振り回してねーよ。これは忘れもんなの」

「忘れ物?」


 リカはバットを寧に渡した。


「こいつは妹のもんだ。少年野球で使うバットだよ」

「え、そうなの?」


 土手のすぐ近くにはグラウンドがあった。


「これから練習だからな。オレは届けにきてやっただけだ」


 妹のほっぺを軽くつまんでみせる。


「ったく、お前はすぐ忘れんだから」


 餅みたいに伸びる寧のほっぺ。


「むいー。忘れたんじゃないです。野球、興味ないです」

「え、そうなの?」

「あー」


 金髪をかくリカ。寧が野球をすることについては、姉妹でとらえ方に違いがあるようだった。


「ロリコンはオレが追っ払うっつっても、いつもついてられるワケじゃねーからな。スポーツでもやらせて、自分の身を守れるようにしてやりてーんだよ」


 大事な妹を鍛えるための方針らしい。寧は姉の手を払いのけて抗議する。


「よけいなお世話です。寧はインドア派ですから」


 三白眼で恨みがましく睨みつける。黒目がちな瞳でそうしても、しかしいまいち凄みは出なかった。姉にはまったく効いていなかった。


「ほっとくとゲームばっかするじゃねーか。変な本で妙な知識はつけるし……。ちょっとは外で体を動かせ」

「変な本じゃないです。しゅみはあきらめなくていいって、おじさんも言ってたです」


 余計なことをと言いたげな視線を送るリカ。諦めなくていいと言った手前、おじさんは寧のフォローに回った。


「ま、まあ、よその方針に口出しする気はないけど。でも、本人の言い分もあるんじゃないか?」


 我が意を得たりとばかりに頷く寧。


「そうです。スポーツじゃなくて、本当は家でエ……ギャルゲーとかしたいです」

「そう、本当は家でギャル……。ちょ、ちょっと待って寧ちゃん」


 味方からの爆弾発言をくらったおじさんは、慌てて援護射撃を中断した。


「さ、作戦会議だ!」


 二人してしゃがみ込むと、リカに聞こえないボリュームでひそひそ話を始めた。


『ええと、おじさんの聞き間違いかな? ギャルゲーしたいって言ったの?』

『言ったです。聞きまちがいじゃないです』

『乙女ゲーじゃなくて? だとしても早いと思うけど』

『ちがうです。金パツの不良ヒロインを攻略したいんです』


(なぜ姉とかぶるヒロインを⁉)


 動揺は激しかったが、相手は小学生であるため心の叫びに留めた。


『そ、そうかあ。最近の小学生は、何というか……。進んでるね』

『それほどでもないです』

『別に褒めてないからね』


 おじさんにはもう一つ気になることがあった。


『あと、さっき言いかけたのは、何だったのかな? 『エ……』ってやつ』


 痛いところを指摘されて、寧の目はダイナミックに泳いだ。冷や汗を浮かべる。


『な、何のことか分からないです。分からないですが……。寧の持ってるゲームはどれも、ぜんねんれい対象です』

『うん。何かもう、語るに落ちてるよね』


 リカの苦労がちょっと分かったおじさんだった。

 

「おーい。さっきから何こそこそやってんだ?」


 立ち上がったおじさんは敵陣に寝返った。


「まあ、あれだな。たまには運動も悪くないってことだな」


 寧は予想外の裏切りにショックを受けていた。精一杯のジト目をつくる。


「……おじさんのうそつき」

「うっ……」


 小学生に非難されて心が痛んだ。


「サンキューおっさん。ほら寧、サラリーマンのおっさんもああ言ってるぞ?」

「ううっ……」


 実際には無職のおじさんは、さらに良心の呵責かしゃくさいなまれた。


「むー」


 おじさんの心変わりに翻弄されつつも、寧はまだ孤軍奮闘している。


「だったらせめて、とうかこうかんです。野球の代わりに見返りを求めるです」


 どうやら、分が悪いと認めたうえで和平交渉に移ったようだ。リカは呆れたようにため息をついた。


「ったく、分かったよ。またお菓子つくってやるから」


 途端に目を輝かせる寧。平和条約に満足したらしい。


「おかし!」

「現金なヤツだなー。今日はねーからな? また今度だ」

「わーい」


 リカがおじさんに目を戻すと、彼はスーツの袖で目を擦っているところだった。


「あれ? おっさん、なんか涙目になってねーか?」


 百衣ももい姉妹の両方に罪悪感を抱いて、我が身の不甲斐なさを痛感していたのだった。


「別に……。ちょっと、目にゴミが入っただけだ」

「元気出せよ。オレのグラサンやるからさ」

「俺のだよ」


 奪ったサングラスを外すリカ。返す前に、おじさんをじっと覗き込んだ。


「もったいねーな。おっさんいい目してるぜ?」

「ランバ・ラルかお前は。見た目はハモンさんっぽいけど」


 リカは褒めたが、本人はただのお世辞だと捉えたようだ。


「おじさんをからかうものではないよ」

「素直じゃねーな。そんなんじゃねーってのに」


 自分の言葉が受け入れられず不服だったのか、おじさんの手をヒョイとかわした。


「やっぱやるのやーめた。寧にやろう」

「あっ、こら!」


 サングラスを妹にかけてやる。


「うんうん。強そうだぞ寧」


 強化に成功してご満悦だった。小学生には大きすぎるため、寧はサングラスのつるを持っている。


「いったんバット預かるか」


 一度渡したバットをまた持ってやった。寧は慣れないアイテムに戸惑いつつも、大人っぽい背伸びを楽しんでいるようだ。


「寧ちゃん、おじさんに返してもらえるかな?」


 しかし、寧はやけにいい声でかたくなに断った。


「……今の寧は、クワトロ・バジーナたいいです。それ以上でも、それ以下でもないです」

「以下だよ」


 子供を修正するわけにもいかず、おじさんは攻めあぐんだ。


「返してくれると嬉しいなぁ~。ねっ、いい子だから」


 寧はやたら悲壮感を漂わせて必死に抵抗した。


「まだです! まだ終わらんですよ!」


 そんなスペースオペラを繰り広げている時だった。3人のもとに新たな人物が現れた。


「あれ? おじさんじゃないですか」


(この声は……)


 声の主は、下校中と思しき大食いガール――青木シノだった。セーラー服姿で、小脇にはスクールバッグを携えている。


 戦いに必死なおじさんは、とりあえず顔だけ向けて挨拶した。


「ようシノ。奇遇だな」

「どうも。おじさん、こんなところで何やって……。あっ」


 おじさんと寧がたわむれている様子を目撃した。

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