エピローグシノ「分かってますよ、フフフ」
「……そういえば、なんでサングラスしてたのか、まだ聞いてませんよ?」
話題を変えたシノに並んで、おじさんも歩き出す。知人に気づかれないよう変装している経緯を明かした。
「ああ、あれか。昼間からプラプラしてるってバレたらまずいからだよ」
「昼間からプラプラ? 働いてないみたいな言い方ですね」
「みたいじゃなくて、働いてないからな」
「…………え?」
シノが目を丸くしたことに、鈍感おじさんは気づかない。さっきの自分語りのままに
「だから無職なんだよ、大学出てからの1年間。この4月で2年目に突入したことになるな」
不定期のアルバイトなどはしていたが、基本的には言葉の通りだった。
「家族や知り合いには、サラリーマンってことにしてる。家には母親がいるからな、公園とかでやり過ごしてるんだよ」
今まで語ったことがないだけに、かえって歯止めが利かなかったのかもしれない。恥ずべき情報をだだ漏れにしていた。
「それで、平日昼間はサングラス。いやー、この間半ドンの
そこまで喋って、シノがついてきていないのに気づいた。
「おーい、どうかしたか。……なんか遠くないか?」
立ち止まった彼女は雰囲気が変わっていた。
「……今日は色々とありがとうございました」
やけに他人行儀な挨拶をすると、そのまま
「では、私はこっちなので。失礼します」
「嘘つけ。そっちは今来た道だぞ」
「引っ越したんです」
「この帰宅中にか⁉」
歩み寄ったが、シノはすぐに同じ分だけ距離をとってしまう。決しておじさんを近寄せなかった。
「ここまで来たら送ってくって!」
「絶対に結構です」
まるでゴミを見るような目つきで、シノは吐き捨てるように言った。
「ついて来たら通報します。それでは」
「……っ!」
本気の圧を感じて、おじさんは引き下がるしかなかった。
(あいつ、本当に引き返しやがった……)
離れゆく少女の背中を未練がましく眺める。吹く風が冷たかった。
「……つい喋りすぎてしまったな」
人に本当のことを言えばどうなるか、予想できなかったわけじゃない。世間から爪弾きにされる存在だという自覚くらいはあるつもりだった。
その一方で、おじさんはシノを信頼しきっていた。絆が芽生えたものだと信じていたのだ。
しかし、シノはあくまで、ちょっと多めに食べるだけの普通の女子高生だ。元から住む世界が違ったのだと、そう再認識させられた。
(これが当然。寄りかかりすぎたな)
偽りの革靴で、自分の家へ帰ろうと踏み出す。
「おじさん」
離れていたが、確かにシノの声がした。沈んだ顔を上げて、おじさんは振り向いた。
(あ……)
彼女は帰っていなかった。遠くから小さく手を挙げている。距離はあったのに、おじさんの目にははっきりと映った。
シノは笑顔だった。
「またね!」
「!」
てっきり帰ったものだと思っていたからか、不意打ちの笑顔に胸がドキッとした。シノからおじさんへの、それは励ましのサインだった。
「お、おう!」
ぎこちなかったが、おじさんも手を挙げて返した。思わず挙げたその手をゆっくり下ろすと、自分の掌に視線を落とした。
(……こんな風に応えたのも、ずいぶん久し振りな気がする)
再び顔を上げると、もうシノはいなかった。
「だからそっちじゃないだろ!」
自分がこの道に留まっていてはシノが帰れなくなると思い、おじさんは家路を急いだ。もう行ったかどうか、今もその辺でこっそり
(とりあえず、明日はハロワにでも行ってくるか)
大食い少女とおじさんは、きっとどこかでまた出会う。
『第1章 女子高生フードファイター⁉』 -完ー
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