7おじ「真面目に書いている方に恥ずかしいじゃないか」

「……無念です」 

 あと並盛1食分というところで、シノのギブアップ宣言。結果は残念だったが、勝負は勝負。受け入れるしかなかった。


 おじさんはシノの肩に手を置いた。

「よく頑張りましたわ。顔を上げてください」


 シノは涙目になっていた。

「どうしよう、つーちゃん。僕……」

「泣くことなんてありませんわ。シノくんの雄姿は、ここにいる全員が見届けました」


 店主、店員、客……。皆が頷きあった。

 デカ盛りで芽生える絆。それに気づかせてくれただけで、シノは皆のヒーローだった。


「雄姿なんて……」

 シノの肩は震えていた。

「……そんなことは、どうでもいい」

「え?」


 感動のフィナーレかと思われたが、どうもシノの様子がおかしかった。

「僕は、大バカ者だ」

 チャレンジ失敗のショックで、自暴自棄になってしまったのだろうか。


 挑戦権を得るために男装までして、ここまでよく健闘したものである。シノが何を言っても、おじさんはシノを否定する気はなかった。

 今は負けを噛み締めればいい。それでシノが落ち着くのであれば、好きにさせてあげようと思った。


「僕は……。僕はっ」

 シノの涙声が響いた。



「おいしさのあまり、カレーだけ先に食べてしまったんだ!」



「……………え?」

(食べ?)

 何かニュアンスがおかしい。食べ切ってはいけなかった、という文脈になってしまう。


 かすかな恐怖を感じつつ、おじさんは確認する。

「ど、どういう意味ですの?」

「……桶をよく見てほしいんだ」


 量は、最初の10分の1ほど。カツとライスの比率は、1:3くらいだろうか。

「カレーは終わったではありませんか」


 桶から消えたカレー。おじさんはもちろん、シノをたたえる意味でそう言った。だが、シノは別の意味で受け取ったらしい。


「そうなんだ! せっかくカツカレーが食べられる理想的な状況を、僕は――」

 悲痛な声で振り絞る。



「ふいにしてしまったんだぁー!」



 推理物の犯人のような叫びがこだました。


 数分前のシノの食レポ。

『ご飯の中にあったのに、衣が立ってます』


 勝敗を相分かつカツあいわかつ(ライスの下に埋まっていたトンカツ)に、ソースはかかっていない。サクサクを維持するため。また、メインがカレーであるためだ。


 トンカツを埋める際の店主の構想では、カツカレーとして仕上がるはずだった。そのため、下味はほとんどつけていない。カレーとセットになるのが前提だったのだ。

 だが、想定外の技が繰り出されてしまう。


 彼のシャツを着た彼女カレシャツ・アザトース――唐揚げにカレーをまとわせることで、ご飯のおかずを二重に消費してしまったのだ。

 加速したシノのカレー欲は留まることを知らず、唐揚げなき後も夢中で浪費を続けた。


 そして今、帳尻が合わなくなっている。これが今回の、カレー消失事件の真相だった。


(なんて……。なんて悲しい事件なんだ……)

 おじさんは色々な意味で心が折れそうだった。


 だが、シノがピンチであることに変わりはない。抜けた気力を奮い立たせ、葬式ムードに一石を投じた。


「……店主さん」

「何だい、お嬢さん」

 それは禁断の提案だった。


「厨房に、まだカレーはありまして?」

「? ちょっとなら、鍋に余ってたような……」

 おじさんの考えに気づいた店主はハッとした。


「そ、そんな……。そんなことが」

「挑戦者サイドからの申し出なら、ルール違反にはなりませんわよね?」

「た、確かにそうだが……。こんなことは、前代未聞だ!」


 おじさんが血迷ったわけではない。信じているのだ。シノはやる、やってくれると。


「……つーちゃん?」

「シノくんを、この事件の犯人にはさせませんわ」

 おじさんは立ち上がった。



「挑戦者側は、追いカレーを要求しますわ!」



 追いカレー。

 すなわち、カレーのおかわり。家のカレーでよくやる、あれである。

 が、今はデカ盛りチャレンジの真っ最中。それも最終局面だった。この土壇場どたんばでの増量など、正気の沙汰ではない。本来であれば、発想すら浮かばない禁じ手のはずだった。


『し、信じられません……。追いカレーを召喚するようです!』

 実況も動揺する中、それでもおじさんは言い放った。シノを追い込んだのではなく、弁護したのだ。


『しかも、彼女さんの口から飛び出そうとは! よもやよもやです。相手にとって不足なし! ここまで来たら、見てみたい!』

 女性店員だけでなく、誰もがそう思った。


「よし。すぐに持ってくる!」

 店主は鍋を取りに行った。


 失意のどん底にいたシノはというと。

「その手があったか!」

 ポンと手を打って感心していた。涙は一瞬で引っ込んだようだ。


「ありがとう、つーちゃん。もう止まったりしないよ」

「わ、わたくしは別に……。提案しただけですわ」

 照れたおじさんは席に着いて、自分のレディースサイズにがっついた。


「あったぞ! おたま3杯分ほどだが」

 店主が鍋を持って戻ってきた。


『余ったカレーがすべて、器の桶へ移されていきます! カレー・トンカツ・ご飯……。この欲張りなわんぱくっぷりは、そう』


(来た!)

 おじさんはもはや楽しみになっていた。



幸福しあわせの茶色いオカワリです!』



幸福しあわせの茶色いオカワリ~⁉」

 おじさんはひと仕事終えた。ギャラリー説明。


『冒頭のラーメン・カツ丼セットは、確かにわんぱくだったな』

『あれは飯テロすぎる』

『名作だ』

『みんな大好きです!』


(だから何に気をつかってるんだ?)

 できあがったのは、普通の1食分のカツカレーだった。


「ありがとうございます。改めて、いただきます」

 最高の比率で復活したカツカレーを、シノは頬張った。


(……しかし、うまそうに食べるな)

 シノは終始幸せそうだった。大袈裟なリアクションこそとらないが、文字通り噛み締めているのが伝わる。小食のおじさんの目には、その姿は憧れとして映った。

(これが若さか)


 食を楽しみながらも、シノのスプーン使いは器用で、食べ方も綺麗だった。食べ終えた箇所かしょを見ても、どこにも米粒などが残っていない。

『時間は、開始から25分経過。あと5分です! 果たして、間に合うのでしょうか⁉』



「ごちそうさまでした!」



「「『早っ!』」」

 終わりは唐突に訪れた。

 丁寧に手を合わせて、シノは華麗に完食した。


 店主は慌ててストップウォッチを止める。

「タイムは……。25分10秒だ!」


 勝敗を相分かつカツあいわかつ幸福しあわせの茶色いオカワリがあったことを考えると、驚嘆すべき記録だった。もしそれらがなかったら、確実に20分は切っていたと思われる。


『お兄さん、見事時間内に完食しました! チャレンジ成功です!』

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