おじさん「内容の紹介とかだろうここは!」第3話

「通ったね、注文」


 店内。シノはおじさんの目論見通り、デカ盛りチャレンジの挑戦権を得た。女性より多く食べる男性――かつ大人を装うことで、完食の見込みアリと分からせたのだ。


「通ったな」


 同じテーブルに、おじさんも着いている。


「つーちゃん」

「あっ! と、通ったわね、シノくん」(裏声)


 おじさんは慣れない言葉遣いに苦戦中だ。


「うう、恥ずかしいですわ。知り合いに見られたら、どうしましょう」

「大丈夫。不慣れなのはも同じだよ。一緒に乗り切ろう」(イケボ)


 店の中はそこそこ混み合っていた。二人で話す時でも、声は周りに届くものと考えた方がよさそうだ。女性客の中には、シノを指すひそひそ話をしている人もいた。


『ねえ。あのお兄さん、かっこよくない?』

『芸能人とか? でもスーツだから、イケメンサラリーマンか』

『一緒にいる子、彼女かな?』

『あの子も、結構かわいいかも』


 最後の発言は、おじさんは聞かなかったことにした。


「でも、サイズまで演技しなくてもよかったと思うよ?」


 おじさんが注文したのは、カレーライスのレディースサイズだった。


「演技じゃなくて、もう入らないんだよ! ですわ。水だけというのも、気が引けますし」


 そもそも、おじさんがシノの事情を見聞きしたのは、この店で食事をしていたからである。つまり、既に一食終えている状態。


 おじさんの食は細い。レディースサイズでさえ、完食できるか怪しかった。


「入るよ」


 おじさんの懸念をよそに、シノは平然としていた。彼女のシャープな輪郭を見て、おじさんはぽつりと呟く。


「……、お店の方が最初は断ったのも、正直分かりますわ」

「?」

「シノくん、そのズボンのウエスト、ブカブカでしょう?」

「ベルトの一番きつい穴でも、まだ緩いね。丈はツンツルテンなんだけど」

「そこまで訊いてませんわ!」


 脚の長さマウントまで取られて、おじさんは内心へこんだ。


「本当に大丈夫なんですの? 疑うわけではありませんが」


 シノの線の細さを見て、おじさんは不安になった。小顔で、手と脚が長くて。


 胸も……。


(控えめというか、慎ましいというか……。平ら、まではいかないか?)


「ちょ、ちょっと! さっきからどこを……」


(しまった!)


「い、いやその……。急場だったのに、よく用意できたな。じゃない、できましたわね、と思って」

「用意? 何のこと」

「だからあの、サラシ的な? わたくしには、よく分かりませんが」

「サラシなんて持ってないけど」

「え? でも、それにしては、割とたい――」


 その瞬間。


 驚異的な速さで、シノはおじさんの口を押さえた。


「!」


 おじさんは凍ったように動きを止め、やがて静かに震えた。


「つーちゃん」


 このトーンの低さは、おそらく演技ではない。


「平らじゃない」


 おじさんは『たい』としか言っていない。


 平らと言われる前にそう言ってしまっては、平らだという自覚があることになってしまうのだが、無論おじさんは指摘しない。おじさんだって、命は惜しいからだ。


 シノは言葉を訂正した。


「大器晩成型だ」

「たい……大器晩成型……!」


 手の下でもごもごと呟く。極限のやり取りの中で、おじさんは思った。


(……たいして違わないんじゃないか?)


「全然違う」


(思考を読まれた⁉)


「前者は永遠の0だけど、後者には希望が存在するからね」


(希望。まあ、可能性くらいは)


 きっと色々あるのだろうと、内心で理解を示すおじさん。


(そうだよな。夢くらい見たっていいよな)


 少女の気持ちに寄り添ったが、当の本人はとんでもないことを言ってきた。


「つまり、実質あるのと同じなんだ!」


(いや、そうはならんだろ!)


 心の叫びも虚しく、シノは独自の理論を展開する。


「先か後かの違いでしかないよ。過去・現在・未来。いつでも、本質的にはあり続けるんだ」


 おじさんは、力なく頷くしかなかった。それを確認したシノが、口から手を引っ込めた時だった。


 店員がやって来たので、二人は慌てて警戒した。大学生くらいの女の子店員だった。


(やばい。今のやり取りで不審がられたか?)


 しかし、二人の心配した事態とは、どうも違うようだった。


「お客様。すみませんが、そちらのテーブルに移っていただいてもよろしいでしょうか?」


 現在二人が座っているのは、二人掛けの狭いテーブルだった。店員が指示したのは、四人掛けのテーブルである。


 どういう意図かは分からなかったが、断る理由もなかったので、疑問に思いつつも、二人は広いテーブルに移動した。店員が去るのを確認する。


「……何だったんだろう」

「さあ。バレなかったのは、ひとまず安心しましたわね」


 しばらくすると、さっきの店員が戻ってきた。


「お待たせしました。カレーライスのレディースサイズです」


 先におじさんのカレーが届いた。ザ・カレーライスな見た目。町の洋食屋のシンプルなカレーだった。量は、名前の通り控えめである。


(よかった。レディースサイズも大盛りというオチはない)


 チャレンジメニューを置く店ならば、ほかのサイズも軒並み上振れするかと危惧したおじさんだったが、ほっと胸を撫で下ろした。


 冷静に考えれば、常識的な量で提供されることは、一食目を利用した時点で確認できていたのだが、それに思い当たらないくらい、おじさんはすり減っていたのだ。


「では、お先にいただきま……」


 スプーンを入れようとした時、店の奥から、妙な音が聞こえてきた。


 ゴロゴロゴロゴロ……。


(な、何だ?)


 音の出所は、ワゴンだった。店主自ら、たくましい腕で二人の方へ押してくる。ワゴンの上の段には、何かが載っていた。


「桶……?」


 載っていたのは、木の桶のようである。寿司職人が酢飯を仕込む際に使うような、業務用の木桶だ。


 それが厨房ではなく、なぜかホールに出てくる。その異様な雰囲気を察して、店内はざわついた。


『何だあれは』

『まさか、桶を器に⁉』

『高さもあるぞ』

『あの桶のすり切りを、はみ出しているだと……⁉』


「よい、しょ……っと!」


 通常の配膳では使われないであろう掛け声とともに、店主はテーブルにそれを置いた。


 ゴトン……!


「お待たせしました。『店主の気まぐれカレーライス』、3キロです」


 心なしか、店主の声は喜色に溢れていた。


(ぐがっ……! な……)


 それとは対照的に、おじさんは激しく動揺し、自分の目を疑う。視界がぐにゃあと歪むような衝撃を受けた。


(なんだこの……圧倒的量はっ……!)

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