ある日、突然幽霊が部屋にいた

kao

第1話


 幽霊なんて信じていない。今まで見たことなかったし、これからも見ないと思っていた。

 だけど今わたしの部屋の隅に髪の長い女の子が立っている。棚と壁との間に丁度よく入ってる彼女は顔は髪の毛で隠れていて、ホラー映画に出てくる幽霊そのものだった。最初は不審者かと思っていたけど違った。明らかに足が透ている。

わたしはサッと視線を逸らした。人は本当に驚いた時は悲鳴すら上げられないんだなってことを実感する。

 わたしは幽霊から背を向けながら鞄を机の上に置いた。深呼吸をしたら少しだけ落ち着いた。

思い返してみても幽霊に取り憑かれるような心あたりはない。いつも通り学校へ行って、いつも通り帰ってきた。だから心霊スポットに行った覚えも事故や事件現場に行ったわけでもない。それなのに家に帰ってきたら既に幽霊がいる……。

 そもそもこの子は誰? 同じ学校の制服を着ているようだけど、こんな子知り合いに亡くなった人はいないはず。

 わたしはスマホをいじり幽霊に気づいてないフリをしながら、ちらりと幽霊の様子を伺う。部屋の隅でブツブツとなにか言っているようだった。よく聞き取れない。呪いの言葉じゃないよね……?

 心霊番組でこういう時は目が合わせない方がいいと言っていたなぁ。そもそも怖くて視界に入れたくないんだけど。

 正直に言うとめちゃくちゃ怖い。色々冷静に考えられてる自分を褒めたいくらいよ。今までは信じてないからホラー映像も平気だっただけで、実際に存在するとなると怖いものは怖い。得体のしれないモノに恐怖を抱くのは当たり前だと思う。

 幽霊にわたしが見えてることを気づかれたりしたら取り憑かれそうで、家族にも言い出すことができなかった。わたしと妹は同じ部屋なんだけど、妹は見えてないようだから怖がらせたくなかったし。

 その日はできるだけ幽霊を視界に入れないようにした。幽霊から背を向けて妹を起こさない程度の音量で音楽を流し眠りにつく。睡眠不足は美容の敵。幽霊を気にして寝れないなんてことになったら困る。

 いつの間にか寝ていたようでスマホのアラームで目を覚ます。気づけば朝になっていた。意外とすんなりと寝れたことに自分でも驚く。わたしって結構図太いかも?

 朝になればさすがに消えていると思ってたけど、その認識は甘かった。

 昨日のことは夢や幻覚だと信じたかったけど、昨日と同じ場所を見ると"ソレ"に目が入ってしまう。

「はぁぁぁぁ…………」

 思わず深い溜息がもれた。

 なにをしてくるでもない、ただそこにいるだけ。驚かしてこないから実害はないけど、気味が悪い。

 わたしは彼女を視界に入れないようにして部屋を出て洗面台に向かった。

 よく幽霊って鏡に映り込んでくるとはいうけど、

身だしなみを整えないで学校行くなんて想像するだけで幽霊見るよりも怖い。わたしはかわいい自分が好きだ。だからかわいくあることはわたしの中で一番重要なことだった。幸い幽霊は鏡に映ってくることはなかったけど。

 わたしは部屋に戻りいつも通りの準備を終えると、カバンを持つ。部屋を出ていくときに幽霊をチラリと見た。幽霊はずっとそこにいた。動くことはないのかもしれない。

 そのことに少し安堵し、わたしは朝食を食べて学校へ行く準備し家を出る。しばらく歩いていると視線を感じてピタリと足を止めた。視界の端に彼女が映り、ぞくりと寒気がする。

 わたしに着いてきてる? 

 自分以外の足音がする。得体のしれないモノに纏わりつかれている恐怖はあるけど、視界に入れなければ問題ないと自分に言い聞かせながら早足で学校へ向かった。

 教室に入ると既に半分のクラスメイトがいる。

 いつもの光景を見てなんだか安心する。

瑠菜るなおはよー」

「おはよー」

 みんながわたしを見て挨拶してくる。

 わたしはいつものように人当たりのいい笑顔を浮かべて、挨拶を返した。

友希ゆき真由美まゆみおはよー」

 落ち着いた清楚系美人が友希ゆきでギャルっぽい方が真由美まゆみ二人とも顔がいい。基本的にわたしはこの二人と一緒にいる。

 クラスの中でもカースト上位のグループだ。わたしは理想の自分を作り、この立ち位置を手に入れた。

 可愛くて、明るくて、みんなに好かれるようなそんな人。だから幽霊が見えるようになったなんて口にしない。

 席に着くと真由美が最初に口を開いた。

 一番話のネタが多いのが真由美だから、いつも色んな話のネタを持ってくる。

「最近事件が起きてるらしいよ。女子高生が行方不明になってるって」

「物騒だね。しかもこの近くだし」

 友希は変わらない表情で答えた。

 わたしも会話に入ろうと思ったところで気がつく。……気がついてしまった。視界の端に幽霊がいる。だんだん近づいてる?

「そういえば隣のクラスの子が――ってどうしたの? 後ろばかり見て」

 真由美が不思議そうな顔で私を見てくる。

「え!? な、なんでもないよ!」

 幽霊に気を取られてよく聞いてなかった。これはいけないと意識を幽霊から切り離す。わたしは何も見ていない。何も見えない。

「てかさー瑠菜は恋人とかいないの?」

 ︎︎いつの間にか話題は変わっていて、わたしは話に集中することにする。

「えーいないって」

 ︎︎わたしは笑いながら当たり障りのない返答をする。恋愛話は度々話題に上がり、わたしはこう答えている。

「瑠菜、かわいいのにね」

「ほしいんだけどね」

 嘘だ。恋人が欲しいなんて思ったことは一度もないし作る気もない。しかしここでこう言わないと空気が読めないやつって思われる。スクールカースト上位でも……いや上位だからこそ、場の空気は大事だ。

 本当に嫌ことがあるなら嫌というけれど、必要以上に空気を悪くする必要はない。そもそもわたしは自分のために人にいい顔をしているんだから、こういう嘘は沢山つく。

 その後二人といつものように何気ない会話をし、チャイムが鳴ると授業が始まる。

 いつも通りの生活。幽霊はずっと教室の隅にいるようで常に視線を感じる。除霊してもらった方が良いのかな……。

 この調子で幽霊に付きまとわれていたら気になって仕方がない。ホラー映画みたいにポルターガイストやいきなり目の前にいるなんてことはないだけマシだけど、常に後ろにいるなんて怖すぎる。

 近くにお祓いできるお寺はないかスマホで調べているとあっという間に放課後になった。

 わたし達三人は途中まで帰路が同じだ。だから今日も一緒に帰る。

 分かれ道が見えてくると、真由美が口を開いた。

「どうする? 今日遊んでく?」

「いいよ」

 私も友希と同じく『いいよ』って言いたいところだけど……。

「あーごめん……わたし用事がある」

「デートかぁ?」

 真由美がからかうように言ってくる。私は苦笑いしながら否定する。

「だから違うって」

「最近この辺物騒だし、瑠菜はかわいいんだから気をつけて」

 友希は私と違ってお世辞を言うタイプではない。だからかわいいと言われると素直に嬉しい。

「それはこっちのセリフだって。二人ともかわいいんだから気をつけてよ?」

 そんな軽口を言いながら二人と別れた。

 一人になると余計に視線を強く感じようになった。なんだかじっとりと見つめられてるようで気持ちが悪い。

 確か近くにお寺あったよね?と探していると、曲がり角で人と遭遇する。死角になってて突然現れたからびっくりしたけど足が透けてないところ見ると人のようだ。しかし全身黒い服でサングラスとマスクというあまりにも不審な格好にわたしは後ずさる。

 びっくりして固まってたせいで反応が遅れた。わたしが逃げる前に不審者が先に動く。

「うぐ……」

 口を塞がれる。必死に抵抗するが、力が強くて動けない。すると目の前で鋭く光ったナイフを突きつけられた。

 目の前にあるのは鋭く光ったナイフ。あまりの恐怖に足の力が抜けていく。

 ――誰か助けて!

 そうは思っても口は塞がれていて声が出ない。塞がれてなくても恐怖で声は出せなかったかもしれないけど。誰も助けにこない……そんな絶望を感じて怖くて目を閉じた。

「私が絶対に守ります」

 そんな頼もしい声が聞こえて目を開ける。いつの間にか幽霊がわたしの隣にいた。

「な、なんだこれ」

 彼女の髪の毛が不審者の腕に絡みついている。その力は男よりも強いらしくビクともしない。

「くそっ!」

 不審者は必死に髪の毛を振り払おうとしているが、抵抗虚しく男は引きずられていく。不審者から解放されたわたしはその場にへたりこむ。

「なんなんだこれは!? な、お前は……」

 不審者は今初めて彼女を目にしたように驚いたような声をあげた。彼女のことが見えている?

 幽霊は不審者にゆっくりと近寄った。

「ゆるさない」

 そうハッキリと聞こえる。

「そんなはずは……お前は殺したはずだ!! ありえない……」

 不審者は逃げるようにその場を走り去る。

「絶対呪ってやるから!! ばーか!」

 幽霊は悔しそうな声で叫ぶ。彼女が不審者を追えなかったのはわたしに憑いているからだろう。

 だけど地面からはい出るような声を想像してただけに、幽霊の明るい声に怖さよりも安心感を覚えた。助けてもらったからかもしれない。

 安堵からか涙が流れる。

「だ、大丈夫?」

 幽霊は困ったようにオロオロとしている。いつものブツブツとした小声じゃなくて、きちんと聞き取れる優しい声色だ。

 その優しい声を聞いてさらに涙がでてくる。

 ひとしきり涙を流したあと、ようやく落ち着いた頃には夕方になっていた。その間、幽霊はずっとそこにいてくれた。

「ありがと」

「えっ!?」

 まるで幽霊でも見たような驚きっぷりだ。なんで幽霊の方が驚いてるのよ。

「あ、えっと」

 なにを思ったのか幽霊はキョロキョロと辺りを見渡す。よく確認してからもう一度私を見て、恐る恐る自分を指さす。

「え、えっと……私?」

「他に誰がいるの?」

 わたしは呆れ顔で彼女を見る。

 幽霊はオロオロとした様子で「あ、えっと……そのぉ……見えるんですか?」と小さな声で言った。

 彼女の様子を見ていたら、なんだか今まで怖がっていたのが馬鹿みたいに思えてくる。

「最初から見えてたわよ」

「えっ!? ぜぜぜ全部みて……えっ」

 何言ってるのか分からないけど恥ずかしがってるのは伝わった。それにしてもわたしが見えてることに気づいてなかったとは……。

「名前は?」

「そ、そんな名乗るほどの者ではございません」

「わたしは成瀬なるせ 瑠菜るな。わたしが名乗ったんだから、あんたも名乗らないと」

笹川ささかわ 結花ゆいかです」

 聞いたことがない名前だった。さすがに違うクラスの人まで覚えてはいない。有名な人ならともかく。

「どうしてわたしの部屋にいたの?」

「それは……あの(自主規制)野郎があなたを狙っていたので」

「それでわたしに憑いていたのね」

「え、あ、そうですね」

 さっきまであいつへの殺意を抱いていた彼女が急にしおらしくなる。

「それより、あなたを守れて良かったです」

 彼女はニッコリと微笑む。なんだ笑うとかわいいじゃん。まぁわたしほどじゃないけど。

「あなたじゃなくて、瑠菜でしょ」

「あ、そうですね……る、瑠菜さん」

 彼女は照れたようにわたしの名を呼ぶ。いやいや名前を呼ぶのにそんな照れなくても……わたしまで恥ずかしくなるじゃん。

「本当にありがとう、結花」

「い、いえ……」

 しばらく妙な雰囲気が漂っていたが、ようやく冷静さを取り戻し警察に連絡した。

 結花は警察が来てわたしの安全を確認したら、去ってしまった。別れ際、また来たら次は呪い殺す!とか物騒なこと言ってたけど。

 その後、私の証言からすぐに捕まったようで一安心だ。

 なんだか今日色々あって疲れたな。わたしはベッドに倒れ込む。

 たった一日という短い間だったけど、結花がいなくなった部屋は寂しいなと感じてしまう。そんな自分をおかしく思う。除霊してもらおうとしてたのにね。

 私はみんなにいい顔してるけど、本当は他人なんて興味なんてなかった。だけど今は結花の顔が頭から離れない。なんだか今もそこにいるような気がする……ああ彼女の幻が――

「って、なんでいるのよ!? 成仏しないの!?」

「え!? じょ、成仏したくないです!!」

 結花は食い気味に答える。

「なんで!?」

 まさか男を呪い殺さないと成仏できないとか? でもその場合って悪霊になるんじゃ……。

「だって幽霊になれば好きな人と合法的に同棲できるじゃないですか」

 思った理由と全く違った。

「思考回路がストーカーなんだけど!?」

「す、ストーカーじゃないです。ボディガードです!」

「そもそも好きな人って誰よ」

「あ、それは……」

 結花は自分が失言してしまったと今気づいたようで顔を赤らめる。幽霊って顔赤くなるんだ……。

 何この空気……え? 本当になに? しかしわたしもここまで言われて察せないくらい鈍感ではない。

「まさか好きな人ってわたし?」

 これで違ったら恥ずかしすぎる。

「…………」

 結花はわたしから視線を逸らしてモジモジしている。数十秒の間があって、やがてコクリと頷いた。

 わたしはかわいいけどかわいすぎるのがいけないのか、実は告白されたことがない。どうしよう……

 まさか初めての告白が幽霊からだなんて思わなかったよ。思ったより照れるね!?

「どうしてわたしを好きになったの?」

 自分でも性格はいいとは言えないことは自覚している。でも周りにはそれを見せていない。だからきっと彼女は本当のわたしを知らない。

「半年前にわたしが無くし物して困ってるときに声をかけてくれました」

「それだけ?」

「あなたにとってはそれだけかもしれない。でも私にとっては凄く嬉しかったんです」

「あのさ……ごめん、わたし覚えてない」

 わたしが覚えてないことでそんなに嬉しそうな顔で話されても困る。それにわたしは結花の思うような優しい人じゃない。

「たまたまだし。それにわたしは自分のために人に優しくするの。人に良く思われたいから。褒められたいから優しくしただけ」

「そうですか? 優しくてそうすることが当たり前だから覚えてないんですよ」

 ネガティヴそうな雰囲気出してるのに、どうしてそんなにポジティヴな思考してるのよ。

 なんだかこの空気に耐えられなくなってわたしは話題を逸らす。

「どうしてあの男がわたしを狙ってるって分かったの?」

「それはあいつが瑠菜さんをストーカーしてることに気づいて、問い詰めたら殺されたので」

 あまりにもあっさりと言うものだから呆気に取られる。彼女はそのまま軽い調子で続ける。

「あいつを見張ってても良かったんですけど、あいつに取り憑くの嫌だったし」

「なにそれ……結花が死んだのはわたしのせいじゃん……」

「あ、気にしないでください! あいつのせいで私は死んだんです。瑠菜さんのせいじゃないですよ」

 そんなこと言われても気にするに決まってる。わたしに関わらなければ彼女は死ななかったんだから。

 結花は暗い表情をしてる私を見て、ゆっくりと口を開いた。

「私、生前はどこにも居場所なくて……両親は出来た妹のことばかりで私はいない者扱いでしたし、クラスでも馴染めずに友達も出来ませんでしたから」

「なにそれ……そんなの分からないでしょ! それに悲しむ人なら……」

 ――ここにいる!と言いたかった。でも今こうして話して結花のことを知ってるから死んでほしくなかったと言えるけど、私は彼女を知らなければ悲しむことはなかったはずだ。

 なによりわたしのせいで死んでしまったのにそうなこと言う資格わたしにはない。

 結花はそんなわたしを見て優しく微笑む。

「ほらやっぱり優しいじゃないですか」

「……別に優しくないって」

 結花はわたしのことを良く思いすぎだ。

「本当に気にしないでください。生前よりエンジョイしてるんですよ!だから幽霊になれてよかったです。それに守護霊になれて瑠菜さんの側にいられるので、むしろ死んでラッキーです」

「え、あんた守護霊だったの!?」

 部屋の隅でブツブツ言ってたから最初悪霊かと思ったのに……。

「普通の霊が取り憑いてしまうと生気を吸い取ってしまうので、側にいるために守護霊の座をいただきました!」

 嬉しそうな顔をしているけど、引っかかる言葉がある。

「守護霊の座……? そんなのあるの?」

「ええ、すでにあなたのおばあちゃんがいたのですが、私が説得したら『それじゃああなたに任せたわ。おばあちゃんは天国見守っているからね』と言い残し、守護霊を引退していきました」

「おばあちゃん!?」

 え、守護霊って引退できるの!? というか交代できるものなの!?

 気になってたのが馬鹿らしくなってくる。もしかしたら結花なりの気遣いなのかもしれないけど。

「とにかくありがと……」

「これからも末永くよろしくお願いします」

「末永くはちょっと……成仏してくれると嬉しいんだけど」

「私は守護霊なんですよ!? あなたが寿命尽きるその日まで護り続けます」

「チェンジで」

「なんでですかぁぁぁ!?」

「プライバシーの侵害が怖い」

 最初と違う意味で怖いよ、この子。

「大丈夫です! お風呂やトイレは覗かないので」

「覗いたらぶっ飛ばから!」

 幽霊との生活はまだまだ続くみたいだ。

 少しだけ楽しみにしてるっていうことは秘密にしとこう。



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