第71話 フィセル入場
隊商は間もなく目的地のフィセルに到着するという地点で、停止していた。
そしてブリューは、各馬車の馭者を集めるとフィセルに入場する順番を指示していた。
それによると途中で出会った詐欺師がこの町で何か悪さをしていた時の用心のため、私の乗った馬車を最後尾にするためのようだった。
普段はチャラい男だが、尊敬するラッカム伯爵からの要請に真剣に取り組む姿勢は、評価されるべきものだろう。
そして私達は、何かあった時は直ぐに回れ右して逃げる手筈になっていた。
この旅で仲良くなった隊商の人達を置き去りにするのは正直本意ではないのだが、隊商の人達は皆、私の盾になれる事を名誉だと言って喜んでくれているのだ。
ブリューに教えて貰った情報では、このフィセルはタバチュール山脈の麓にある町で、冒険者がツォップ洞窟から獲得してくる素材を求めて商人達がやって来るようになって大きくなったそうだ。
そしてこの地を支配するターラント子爵は、その商人達から税を取る事で裕福な暮らしが出来るのだとか。
ラッカム伯爵の隊商も、この町でメタル百足の素材等を求めてやって来るそうだ。
馬車が止まったので窓から外を見ると、丁度隊商の先頭の馬車が門に到着した所だった。
そして隊商の隊員は、門番と何やら話し込んでいた。
詐欺師がラッカム伯爵家の名前を騙って悪さをしていたら、この時点で何か動きがあると思われていたが、私のそんな心配をよそに先頭の馬車は何事も無かったかのように門の中に入って行ってしまった。
そしてそれに続いて隊商の馬車は、1台また1台と町の中に入って行くのだ。
あれ、何もないの?
なんだか肩透かしを食らった気分だが、何もない方が良いのだ。
やがて私達の馬車の番になると、門番が手を出して止まれの合図を送ってきた。
あれ、何で私達の馬車だけ止められるの?
一瞬私達の中に緊張が走ったが、エイベルは見事なポーカーフェイスで門番と対応していた。
だが、門番の感心事はどうやら私とエミーリアのようで、荷馬車の中を覗き込むと私達に話しかけてきた。
「お前達は商人なのか?」
私は自身の左手首の冒険者プレートを見せて、首を横に振っていた。
「いいえ、隊商に雇われた冒険者です」
すると門番はさも残念そうな顔をしていたが、そのまま行っていいと手を振ってきた。
止められた時はどうなる事かと思ったが、呆気なく通行を許可された事で今は弛緩した空気が支配していた。
どうやらエイベルが言った通り、詐欺師はこの町には来なかったようだ。
だが、ここは第二王子派の貴族が支配する町であり、第二王子派は動向が不明なので注意が必要だ。
この町は小さな集落から発展したためか道幅も狭く入り組んでいるので、反対方向から馬車が来るたびに馬車が止まり相手側を先に行かせていたので、集合場所としていた広場に到着するのに結構な時間がかかってしまった。
その場所に隊商の全馬車が集合すると、ブリューはターラント子爵に挨拶に行き、隊商は取引相手の商人の元に行くことになったので、ここでお別れすることになった。
そのはずが、ブリューは先程から私の手を握ったまま放してくれないのだ。
「ああ、僕のハニー、僕と離ればなれになってしまうが、悲しみで涙にくれないでおくれよ」
「いえ、いえ、私の事はお気遣い頂かなくて大丈夫ですよ」
「ああ、そんな心にも無い事を言わなくてもいいんだよ」
ブリューはなんだかとても名残惜しそうな顔で別れを惜しんでいたが、終いには隊商の人達に引っ張られていった。
別れ際、手の甲にキスをしてきたのは言うまでもないが。
ブリューの事はどうでもいいのだが、他の隊商の人達とは道中でとても良くして貰っていたので、お別れの時は少し涙ぐんでしまった。
そして私達はツォップ洞窟の情報を求めて、冒険者ギルドに向かった。
冒険者ギルドはどこも同じで、必ず剣と盾の看板があるので直ぐに分かった。
私がその扉を開けると建物の中の匂いが、一気に私の鼻に襲い掛かってきた。
「うっ」
私はその匂いを嗅いで思わず足が止まっていた。
すると後ろに居たエミーリアが何事かと声を掛けてきた。
「ミズキどうしたの?」
「物凄い男臭さよ。この中に入るには勇気が要るわね」
私がそう言うとエミーリアも「うっ」と言って顔を顰めていたが、一歩中に入って周りを見回していた。
「本当に男ばかりです。ここは得意の潰鼻草を使いましょうか?」
ちょっと、それではまるで私があの匂いが好みと言っているように聞こえるわよ。
そこで私は、何も変装していないことに気が付いて、匂いと男達の視線を遮るため、黒いマスクとゴーグルを付ける事にした。
「それではエイベルを盾にして中に入りましょう」
そしてエイベルを先頭にしてギルドの中に入って行った。
すると直ぐに中に男達からの鋭い視線が、私とエミーリアに突き刺さり、その視線は専ら私達の胸と腰に向けられているようだった。
その好奇に満ちた視線をあえて無視して受付カウンターに進んで行くと、ギルド職員も全員が男であることに気が付いた。
冒険者ギルドの間取りは王都もアインバックも同じだったので、既視感を覚えるのだが、そこに居る職員が全員男というのはどうも違和感しかなかった。
そして受付カウンターの男性は白髪で貧相な体付きをしていた。
「ほう、女冒険者が来るとは珍しいね」
「あの、ツォップ洞窟に関する情報はありませんか?」
「なんだ、君達もツォップ洞窟が目的だったのか。てっきりどこかの商人の護衛かと思ったよ」
まあ、門を通り抜ける時に、隊商の護衛という名目だったから、あながち間違っていませんけどね。
「それでツォップ洞窟に入るにしても、事前情報無しに行くのは危険でしょう。だから、ギルドに情報がないかと思いまして」
「ああ、成程ね。ツォップ洞窟に入る時は、入口にある魔法陣に冒険者プレートを翳すと入口が開くからね。それと素材集めは第2層がお薦めだよ」
「あの、ツォップ洞窟には反対側の出口があると聞いたのですが、どうやって行ったらいいのか分かりますか?」
「ああ、それならガイドブックがあるから買うかい? それに反対側までの通路も載っているよ」
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