第70話 襲撃された村
シュネッケを出発した私達は、フィセルに向けてタバチュール山脈に沿って北東に進んでいた。
山沿いの道は交易街道に比べるべくもない悪路で、ちょっとしたアトラクションにでも乗っているような気分になっていた。
既に私の胃は反乱を起こしていて、今にも胃の中の物が逆流しそうだった。
悪路で話も出来ない状況を事前に察知していたのか、ブリューはこちらの馬車に来ることは無く、自分の馬車で隊商の指揮を取っているようだ。
今の酷い状況の中では、それが唯一の救いだった。
そしてこれ以上我慢出来なくなった所で、馬車が減速してきた。
完全に止まった所で馬車の窓から外を覗いてみると、馬車が進む先の方から黒い煙が立ち昇っているのが見えた。
「エイベル、あれは何?」
「あれは・・・火事ですね」
いや、それは見れば分かるんだけど。
聞きたかったのは何故燃えているのかという事だったんだけど、まあそれはいいとして、どうやら隊商はあれが気になっているようだ。
すると指揮車からブリューが、こちらにやって来るのが見えた。
「ジェ・・・ミズキちゃん、これから火事の現場に向かうから、君たちの馬車は一番後ろに回ってくれるかい」
また私をジェマと呼びそうになっていたので睨んでやると、焦った顔で言い直してきた。
あの煙は、この先にある村が焼かれていると思われる事と、まだ残党が居るかもしれないとの事で、隊商の護衛が対処するまでの間、私達は一番安全な最後尾に移動してくれという事だった。
ブリューには私を安全にフィセルまで送り届けるという使命を受けているので、それを尊重したいようだ。
私も彼の仕事を邪魔するつもりは無いので、ここは大人しく彼の言うとおり最後尾に移る事にした。
そして隊商の車列が動き出すと、エイベルがその最後尾に馬車を誘導していった。
隊商は周囲を警戒しながら進んでおり、先程までのおよそ半分程度に減速していた。
そして私達がその村に到着した頃には、火事は一部燻っている所があったが概ね消し止められていた。
その村は魔物から身を守るための壁は無く、木で作った腰までの高さの柵があるだけだった。
柵の中には、家の一部と思われる黒い炭となった木材が、あちこちにその無残な姿を晒していた。
そして周囲からは色々な物が燃えた嫌な匂いが漂っていて、思わず顔を顰めた。
その村にあった家の残骸は大体30軒位で、4人家族としておおよそ百人強といったところだろう。
その村人達が、皆殺しになっているという事だった。
隊商の人達は転がっている死体を中央の広場に集めていた。
私は血を見るのが嫌いだ。
地面を引きずった後に残る赤い痕跡を出来るだけ見ないようにしていたのだが、気の毒な人達に手を合わせたくなっていた。
隊商の人達が、集めた死体に燃える土を振りまいて火葬の準備をしている所にやって来ると、私はその場でしゃがみ込み、両手を合わせて冥福を祈っていた。
そして目を開けると目の前の死体と目が合ってしまった。
「うっ」
思わず仰け反ると、後ろに倒れそうになったところでエミーリアが支えてくれた。
「お嬢様、大丈夫ですか?」
「ええ、ありがとう」
今はそっと体を支えてくれるエミーリアの温かさが心地よかった。
そして先程目が合ってしまった死体に一瞬覚えた違和感が何なのか確かめるため、もう一度しっかりと見ることにした。
その死体は防具を付けていて、あちこちに切り傷や刺し傷があったが、違和感を覚えたのはその手なのだ。
本来なら剣を握っているはずなのに、何も持っていない手を固く握っているのだ。
それはよく本やテレビのミステリーで見た、被害者が犯人に繋がる手がかりを握っているというケースにそっくりなのだ。
死体の手を触りたくなかったので、私はエイベルに頼んでその握られた手を開いて貰った。
死体は死後硬直をしているようで、固く閉じられた手を開くのにエイベルも相当苦労しているようだったが、ようやく開いた手の中にあったのは布の切れ端のようだった。
エイベルが広げたその切れ端には、鳥の首を握り締め雄叫びを上げている熊の姿をモチーフにした紋章が描かれていた。
それは前にも見た事がある物だった。
お父様の話では、ブレスコット辺境伯領には度々アンシャンテ帝国軍が侵入してきては、威力偵察という行為を行うそうだ。
それは、こちら側の防御態勢がどの程度なのか調べるためちょっと攻撃してみるというもので、ルヴァン大森林内を巡回するこちらの偵察隊や周辺の村等で被害が発生する、非常に迷惑な行為だった。
その帝国軍が使っている部隊章が、この鳥の首を握り締め雄叫びを上げている熊の姿なのだ。
お父様はこれを我が家の紋章が鷹なので、それを打ち取るという意味があるのだろうと言っていた。
するといつの間にか傍に来ていたブリューが、最近は他にも襲撃された村がある事を教えてくれた。
アンシャンテ帝国軍は、ブレスコット辺境伯領だけではなく、こんな所にも入り込んで破壊工作を行っているようだ。
何だか嫌な予感がして仕方が無かった。
これはお父様にお伝えしなければいけませんわね。
中央に集められた死体は、隊商の人達に手によって荼毘に付された。
あの人もこの村を守ろうと最後まで戦ったのだろうと思い、どうか安らかにお眠り下さいと祈っていた。
最後に消火のための土を被せると、改めてフィセルに向けて出発したのだ。
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