第64話 噂話

 ラッカム伯爵家の隊商は、順調にターラント子爵領の領都フィセルに向けて進んでいた。


 隊商の馬車は、先頭が護衛の馬車で2台目が指揮車、3台目が私達の馬車、その後に商品を乗せた馬車が続いていた。


 アインバックのラッカム伯爵館を出る時は、伯爵が直々に見送りをしてくれており、別れ際お父様によろしくと言われていた。


 それから私達がずっと待機だったのはやはりあの馬車が原因だったようで、私達が伯爵家の倉庫にあった馬車を選んだ事でようやく準備が整ったようだ。


 そしてブリューが用意した馬車からせしめてきたフカフカなクッションに座り、心地よい振動に揺すられていると自然と瞼も重くなってくるのだが、それを邪魔する存在が馬車の中に居た。


 隊商の責任者がこんな所で油を売っていても良いのだろうかと思うのだが、何故だか分からないがサディアス・ブリューはさも当然といった感じで私達の馬車に同乗していた。


 そしてこの男はやたらと話しかけてくるので、うたた寝も旅の醍醐味である車窓を楽しむことも出来なかった。


 適当に相槌を打っているととんでもない誤解をされそうなので、せっかくだからカルルの実について聞いてみる事にした。


「ねえ、ねえ、好きな花は何? 宝石なんかはどう?」

「ブリュー様、カルルの実は」


 そこまで言うとブリューがすかさず私の言葉を遮ってきた。


「へえ、ジェマちゃんはカルルの花が好きなのかぁ。意外だねえ」


 いや、そうじゃなくて、って、え、また私の事をジェマと呼びましたね。 


「ブリュー様、前にも申しましたが、私の事をジェマと呼ぶのは止めてくださいませ。そして、今の私はD級冒険者ミズキです。間違わないでください」

「うん、うん、大丈夫、大丈夫。ちゃんと人が居る所ではそう呼ぶね。ところで僕の事はサディアスと呼んでね。ね、ジェマちゃん」


 こ、この男は絶対分かってない。


 それに隣に居るエミーリアの機嫌が、とても悪くなっているのだ。


 いや、今はそう言う事ではなくてカルルの実だ。


「ブリュー様、おふざけはこれぐらいにして、カルルの実の事を教えてください」


 私がしつこく聞いていると、ブリューはしぶしぶと言った顔で教えてくれた。


 それによるとカルルの実とは、現代日本でいうところの麻薬のようだ。


 常用性があり中毒になると全財産をつぎ込んでしまうので、生活が破綻するそうだ。


 そしてカルルの実の影響で善悪の区別がつかなくなり、最終的には盗賊に落ちていくそうだ。


 そして盗賊達は、街道を走る商人の馬車を襲うのだとか。


 このためラッカム伯爵家等商業に力を入れる者達からすると、この実を売りつける売人は憎むべき相手という事になるのだ。

 

 隊商は、アインバックを出発して暫くは交易街道を北上するルートとなり、整備された街道では馬車の速度を上げることが可能だった。


 そして交易街道では商人達が野営に使う馬車寄せにいつの間にか宿が立ち、即興の市が出来るようになると、今度は人が住み着いて自然と町が形成されていった。


 おかげで街道を利用する商人も、宿で休める機会が増えて助かっているようだ。


 今日はそんな宿場町の一つに泊ることになった。


 そして私は、昼間の馬車内でのストレスを発散するため、宿の食堂で酒を楽しむつもりでいた。


 私の相手をしてくれるのは、いつもの2人だ。


 王都の辺境伯館を逃げ出して以来、ずっと傍らに居てくれる2人はもはや家族同然の存在だ。


 エイベルは今部屋からそっと扉を開いて、ブリューの居る部屋の様子を窺ってた。


「エイベル、どう?」

「大丈夫です。ブリュー様は部屋から出てくる気配はないようです」

「よし、それじゃ食堂に行くわよ」


 なんだかこっそり抜け出そうとしていると、林間学校とか修学旅行で教師の目を盗んで遊びに行く学生に戻ったようで、ちょっぴりスリルを感じるわね。


 私達が1階の食堂にやって来ると、そこにはこの宿に宿泊している商人達が酒を酌み交わしていた。


「ミズキ、奥のテーブルが空いてるぜ」


 そう言ってエイベルが席を確保して私達に手招きしてきた。


 私とエミーリアが空いている椅子に座ると、早速給仕の女性が注文を聞きにやって来た。


 この宿で提供する酒は、ワインにシードルそれにビールだ。


 早速ビールと串焼き、サラダ等を頼むと乾杯をした。


「エミーもエインもお疲れ、それじゃ乾杯」

「「乾杯」」


 今はD級冒険者なので、その名前に合わせて呼び合っていた。


 そしてビールを片手にサディアス・ブリューの悪口で盛り上がっていると、隣の席の商人が声を掛けてきた。


 その商人は、恵比寿様のようなふくよかな顔で垂れ下がった眉が特徴の初老の男性だった。


 その人のよさそうな童顔を見ていると、警戒心が薄れてくるようだ。


「嬢ちゃん達、もしかしてラッカム伯爵家の隊商に雇われた冒険者かい?」

「ええ、そうですよ」

「これから何処に行くんだい?」

「フィセルまで行商に行くんですよ」

「へえ、奇遇だねえ。僕たちも同じなんだよ。あ、そうだ、その串焼き1本と噂話を交換しないかい?」

「噂話ですか?」

「ああ、俺もここに来る前にラッカム伯爵家の悪い噂を聞いたんだよ。嬢ちゃん達も隊商の悪口を言っていたから話しが合いそうだし、どうだい?」


 悪い噂というと、詐欺師の件だろうか?


 まあ串焼き1本なら安いわね。


「では、これをどうぞ」


 そう言って串焼きを1本渡すと、商人はそれを手に取るとそのままぱくりと食べてしまった。


「もぐもぐ、それで情報というのは、もぐもぐ、西のフーガスという町で、もぐもぐ」


 ちょっと、食べるか喋るかどっちかにしてほしいんですけど。


 そしてその商人から聞いた噂というのは、ここから少し西に行ったフーガスという町でラッカム伯爵家を名乗る詐欺師が現れて、何人も被害者がでているという内容だった。


 私としては、詐欺師と間違われて捕まった経験があるので、詐欺師にはあまり良い感情を抱いていなかった。


 翌朝、ブリューに昨晩の事を話すと、それまでのニヤケ顔が嘘のような真顔になりフーガスに寄り道すると言い出した。


 どうやらラッカム伯爵家の人間は皆、詐欺師は許せないらしい。


 それは私も同じだったので当然賛成だ。

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