第63話 出発準備
商人達との夜会があった翌朝、朝食の席で会ったラッカム伯爵は渋い顔をしていた。
昨晩、商人達との夜会会場から姿を消した伯爵は、部隊を率いてプレトリウス商会の倉庫を急襲して、アーベル・バルリングが仕掛けた罠にまんまと引っかかったようだ。
倉庫は火事になったが、捕縛隊に死人が出るような損害が無かったのは不幸中の幸いといえた。
ラッカム伯爵は、食事をしながら昨日の作戦のあらましを話してくれた。
それによると、自身が主催する夜会を開くことで商会側の油断を誘い、その隙をつくというものだったそうだ。
そこでホスト役が途中で消えても騒ぎにならないように、言葉巧みに誘導して参加者達の感心を自分から私に移していったそうだ。
全くもっていい迷惑である。
そしてこっそり抜け出した伯爵は、そのまま部隊を率いてプレトリウス商会の倉庫に押し入ったのだ。
そこで見つけた樽に入っていたのは、カルルの実ではなく燃える土だったという訳だ。
発火には種火の元というマジック・アイテムを使っていたようだが、これは野営に便利だから私のマジック・バッグの中にも1つ入っていた。
普段捕り物の段取りはアップルガースが行っていたのだが、今は私への不敬の罪で牢の中なので、他の者が代行したそうだ。
その結果が今回の失敗だったようで、私に文句を言う訳にもいかず、まんまとしてやられたことでとても不機嫌な顔をしているという訳だ。
商人との夜会にプレトリウス商会のアーベル・バルリングという人物が出席していて、罠にかかった伯爵達を笑っていたという事は黙っておいた方がよさそうね。
「ああ、クレメンタイン嬢、今日はサディアス・ブリューが面会を求めてきているそうだ。会ってやってくれないか」
げっ、あの男か。
あまり会いたくは無いが、食客状態の今の私に拒否権はないのだろうなあ。
部屋で休んでいると使いの者がやって来て、ブリューが到着して館の裏にある倉庫に来てくださいと伝えてきた。
伯爵家には家族が住んでいる本館の他、商品を取り扱うための倉庫が幾つもあり、その中の1つはマジック・アイテムを使った冷凍倉庫だった。
だが、私達が向かっているのは商品を保管している倉庫ではなく、運搬用の道具を収納してある倉庫の方だ。
私が倉庫に入ろうとすると、エミーリアが引き留めてきた。
「お嬢様、お待ちください。何があるか分かりませんので、エイベルを先に入らせて様子を探らせましょう」
え、そんな危険な事は無いと思うんだけど、エミーリアの真剣な表情を見るとひょっとしたらと思ってしまう自分がいた。
「え、ええ、分かりました。では、エイベルお願いしますね」
「承知です」
エイベルが入ると、すかさず「パン」という音がして、エミーリアは直ぐに反応して私を庇う位置に移動していた。
そして倉庫の中から、頭からゴミをぶら下げたエイベルが出てきたのだ。
「エイベル、何ですその恰好は?」
エミーリアが声を掛けると、エイベルはゴミを払いながら何か話そうとしたのだが、実際に声を出したのは後ろから姿を現したブリューだった。
「せっかくジェマちゃんを驚かせてやろうとしたのに、なんで野郎が入ってくるんだよ」
そう言って不満をあらわにした彼の手には、円錐形の物体が握られていた。
それは現代日本のパーティーで見かける、音が鳴って中から紙片やら巻いたテープやらが飛び出して来るクラッカーと呼ばれる物ではないでしょうか。
それを見て大体の事は察することができたが、今はそれよりももっと重要な事があった。
「ブリュー様、今私の事をミドルネームで呼びましたね?」
「うん、それが何か?」
私のジェマというミドルネームは、ブレスコット家のご先祖様にジェマ・ブレスコットという人がいて、その女性にあやかったらしい。
その女性は、貧乏だったブレスコット家を一人で支えた女性で、色々と武勇伝が伝わっている女傑でもあった。
クレメンタインは、その名前の由来を聞いてお父様が自分にどれだけの期待をかけているかが分かり、天狗になっていたらしい。
だが、高月瑞希としては、そんな重たい期待に応える自信はないので、その名前で呼ばれるのは嫌なのだ。
「私の事をミドルネームで呼ぶことは禁止です。よろしいですね?」
「ええ、なんで?」
「どうしてもです。いいですね?」
するとなんだか口の中でもごもご言っていたが、理解はしてくれたと思いたい。
それから、ようやく本題に戻り、倉庫の中に入って行くと、そこには1台の馬車があった。
その馬車は、馬車本体は豪華な彫刻が施されていて、その表面には金箔が貼ってあった。
そして黒く塗装された車輪は、とても艶があって目立っていた。
まるで、王族やそれに連なる人物が乗るような豪華さだ。
そしてその馬車の前には、ブリューが満面の笑みを浮かべていた。
「どうだいこれ、素晴らしいだろう。そしてこいつには路面からの衝撃を吸収する機構が付いているんだよ。移動中の乗客の負担をかなり軽減してくれる優れものなんだ」
「・・・はあ」
「中も結構いいんだ、ささ、こちらに」
そう言ってブリューは馬車の扉を開け、私を手招きしていた。
私は何故馬車の品評会に呼ばれたのか分からないまま、馬車の中に入って行った。
中のスペースは広く、4人が座ってもゆったり出来るスペースがあり、座席はフカフカのクッションが付いていて、尻への負担も随分と軽そうだった。
そして内装はレースをふんだんに使った贅沢な仕様になっていた。
私のチェックが終わったあたりで顔を出したブリューは、それこそ得意満面といった感じだった。
「どうです。凄いでしょう」
「ええ、そうですね。ところでこれは何に使うのですか?」
私がそう質問すると、ブリューは「え、なんで」とでも言いたげな顔で驚いていた。
そう言いたいのは私の方なんですけど。
「しょうがないなあ。これはジェマちゃんをフィセルまで送っていくための馬車じゃないか。気に入ってくれた?」
「な・・・」
なんですとぉ。
もしかして、私がこの地にずっと留め置かれていたのは、この馬車を作っていたからとか言わないですよね?
こんな目立つ馬車に乗っていたら他領に入った途端、止められて捕まってしまうだろう。
私は怒りを抑えながら持ち上げた右腕をプルプルさせていた。
「ブリュー様」
「なんだい。あ、僕の事はサディアスと呼んでね」
「言いたい事は色々あるのですが、まず、今の私は冒険者ミズキという事になっているのを分かってますか?」
「え、商人じゃないの?」
「では商人でもいいですが、こんな王族が乗るような馬車に乗ってたら明らかにおかしいですよね?」
「いやあ、頑張りましたよ。凄いでしょう」
駄目だ、全くかみ合っていない。
話が平行線になる前にきっぱりと断ってしまいましょう。
「とにかく、これは使えません」
「ええっ」
ブリューは、まるで雷にでも撃たれたように驚いていた。
そんなやり取りをしていると、倉庫の中を調べていたエイベルが声をかけてきた。
「お嬢、こちらに手頃なのがありますよ」
そう言われて振り向くと、そこには幌のある荷馬車が置いてあった。
ラッカム家の紋章が入っているので、それを削り取れば冒険者の馬車と言い張れる代物だった。
「いいわね。これにしましょう」
「ええ~っ」
ブリューが不満そうな声を出しているが、ここは無視しておきましょう。
あ、そうだ。
「せっかくですので、クッションは使わせてもらいますね。それから私の事をミドルネームで呼ぶことは禁止ですからね」
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