第62話 商人達との夜会2

「やあ、君かい。クラーラ・マレットという娘は?」


 振り返ると、そこにはどこか軽薄そうな男が私に微笑みかけていた。


 一体誰だろうと思っていると、男は自己紹介を始めていた。


「僕は叔父上に頼まれて、君をフィセルまで送り届ける役を仰せつかったサディアス・ブリューだよ。よろしくね」


 この男は私達の事を知っているようだったが、彼の言葉から私以外目に入っていないようなのでエミーリアを紹介した。


 彼はエミーリアになおざりな挨拶をすると、私に対してパーティーに出ている出店について色々教えてくれた。


 その態度にはエミーリアも面白くなさそうだったが、それを口にすることは無かった。


 彼は常に私の事を見ていた。


 それは話している間中ずっとだった。


 そして別れ際に片足を付いて私の右手を取ると、その甲に口づけをしてきた。


 手の甲へのキスは敬愛を意味するというのは、このゲームの世界でも同じだった。


 だが今はマレット商会の会員という立場なので、その挨拶は止めて欲しかった。


 彼が離れて行くと、すかさずエミーリアが寄ってきて私に小言を言ってきた。


「お嬢様、お気を付け下さい。あれは危険な男です」

「でも、私達をフィセルまで送ってくれる相手ですよ。少しは敬意を示さないと」

「いいえ、それは私がやりますので、お嬢様は近寄らないでください」


 エミーリアはかなり怒っているようで、フィセルまでの道中が少し不安になってきた。


 そこで周りの商人達が、好奇な目でこちらを見ているのに気が付いた。


 ああ、ブリューさんがこの席では似つかわしくない挨拶をするから皆、私が何者かと噂になってしまっているようね。


 するとその人だかりの中から、一人の男だか女だか見た目では分からない美人が私の傍にやって来た。


「やあ、君は、本当はラッカム伯爵家の人ではないのかい?」

「私はクラーラと言います。マレット商会の商会員です。一応ラッカム伯爵からは家紋に天秤を使う事を許されていますが、それだけですよ」


 話しかけてきた声はハスキーな感じだが、その声の質感を聞いても男なのか女なのか分からなかった。


 胸は絶壁だが、顔は女性よりなのだ。


 私がそんな事に悩んでいるとは思ってもいない相手が、自己紹介をしてくれた。


「俺はアーベル・バルリング。こう見えて武器商人なんだ」


 ああ、一人称が俺という事は男性なのですね。


 黙っていると女性にしか見えないので、早めに正体を明かしてくれてありがとうございます。


 疑問が解消されてすっきりした私は、武器商人という単語で王都のイーノック・ラティマーを思い出していた。


「武器商人というとイーノック・ラティマー様をご存知ですか?」


 その名前を聞いた相手の顔は、何やら渋いものに変わっていた。


「ああ、彼は商売敵なんだ。ブレスコット辺境伯に売り込みをしたくても、彼が邪魔をするんだよ。ところで君はブレスコット辺境伯のご令嬢に会った事はあるかい?」


 そう聞いてきた彼の顔は、何やら探るような感じに見えた。


 今の私は髪の毛は茶色に染めて伊達メガネをかけているが、それ以外は特に変装をしていなかった。


 ラッカム伯爵領で私の正体を知っている者がいるとは思えないが、ここはきちんと否定しておいた方が安全だろう。


「まさか、そんな天上人に会える訳ないでしょう。どうしてそう思うんですか?」


 そう言った彼の顔にはまだ疑念が浮かんでいるようだったが、この話はこれで終わりのようだ。


「ふうん、ところでクラーラさんも武器商人なんですか?」

「いえ、私達が扱っているのはマジック・アイテムですよ」

「へえ、それは是非見せて貰いたいですね」

「え? ああ、それなら、これもマジック・アイテムなのですよ」


 そう言うと私は左手中指に嵌めている指輪を見せた。


「これは、毒耐性のマジック・アイテムなのです」


 それから暫くアーベル・バルリングとマジック・アイテム談義を行っていたのだが、話が盛り上がっていたところで、見せたいものがあると言ってテラスに移動したのだ。


 テラスからは町の夜景が一望できた。


 昼間のそれはとても調和のとれた美しさがあったが、夜のそれは光の芸術だった。


 明かりがあるほど豊な象徴と言われているので、この光景を見た外国の商人達もきっとそれを感じるのだろう。


「まあ、素敵ですね。この景色を私に見せたかったのですね」


 私がそう聞くと、アーベル・バルリングはにやりと笑ったのだ。


「いや、そろそろだと思いますよ」

「え?」

「しっ、ほら、あそこ」


 そう言われて町の夜景に目を向けると、突然ぱあっと周囲が明るくなり、それは建物が燃え上がったのだと分かった。


「あれが、面白いものなのですか?」


 私がそう尋ねると、アーベル・バルリングはさも可笑しそうに笑い声を上げていた。


「ああ、そうだよ。あそこはプレトリウス商会の倉庫がある場所なんだ。今晩は賊がやってくることになっていてね。ああやって罠を仕掛けておいたんだよ」

「え? 貴方はプレトリウス商会の関係者なのですか?」

「ああ、そうさ」


 アーベル・バルリングはそう言うと、可笑しそうに笑いながらテラスを出て行った。


 私はその後姿を見送りながら、急いでラッカム伯爵の姿を探したが、見つけることが出来なかった。

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