第61話 商人達との夜会1
ラッカム伯爵の館に戻ってくると、付いてきた護衛が港での出来事を伯爵に報告していた。
私達が見つけた木の実は「カルルの実」という規制品だそうだ。
それがどんなものなのか知りたかったのだが、貴族令嬢には全く関係が無い物ですと言ってはぐらかされてしまった。
ただ、車輪の紋章を使うのが、プレトリウス商会という事は教えて貰った。
なんでも彼らは前々から密輸の噂があったらしい。
私はまだ隊商の準備が整わないという理由で、この町に留め置かれていた。
そんなある日、私は伯爵に呼ばれると、そこにはニコニコ顔の伯爵が待っていた。
「クレメンタイン嬢、今晩商人達を招待した夜会があるのですが、是非参加してください」
出席が前提のお誘いに聞こえますが、これは断れないという事でしょうか?
まあ、仕方がない、伯爵のお金で遊ばせてもらっているのだから少しくらいは協力して差し上げましょう。
商人達を招いた夜会と聞いて、最初に思い浮かんだのは密輸の疑いのある商会を呼んで探りを入れるというものだった。
伯爵にそう尋ねてみると、伯爵からは「楽しんでください」と言われただけだった。
どうやら悪徳商会の方は、伯爵が何とかするらしい。
という事で私は、パーティーを客として楽しむことにした。
それにしても、いつになったら隊商の準備が整うのでしょうか?
ラッカム伯爵が主催する夜会には、マレット商会員のクラーラ・マレットとして参加していた。
当初はイブリン嬢の代わりをと頼まれたが、ここが王都から離れた場所であっても逃亡中の令嬢が呑気に夜会に参加しているのもどうかと思ったので、丁重にお断りしたのだ。
私は、クラーラ・マレットという架空の人物に変装するため、髪の色を茶色に変えてサイドテールに纏め、伊達メガネを装備していた。
そして左手首の冒険者プレートが見えないように長袖のワンピースという恰好だ。
あの後伯爵から私が作った家紋とマレット商会という名前を事後承諾してもらったのだが、この地を離れたらあまり活用する場はなさそうだ。
伯爵はこれでクレメンタイン嬢もラッカム伯爵家の一員ですねと言って笑っていたが、どのような意味があるのかは分からなかった。
だが、少なくともマレット商会という名前を使っても良いと、お墨付きを貰ったことだけは確かなようだ。
まあ、もう使う事は無いと思いますが、何かあったら遠慮なく利用させてもらいましょう。
商人達を相手にした夜会は、貴族相手のものと比べるとかなり趣が異なっていたが、現代日本の企業が開催するパーティーに接待側として参加したことがある高月瑞希にとっては、とても馴染み深いものだった。
間隔を開けて置かれたテーブルの上には大皿が置かれ、その上に小皿が沢山置かれていた。
その小皿にはナッツ類の乾き物や薄い皮で具材を巻いた物、クラッカーの上に具合が盛ってある物等が入れられており、参加者はその小皿を取って摘まめる仕組みになっていた。
その見た目は、とてもよい色合いをしていて食欲もそそられた。
部屋の片側にある簡易屋台では、料理人達が出来たての料理を提供しており、参加者達は熱々の焼き物や麺類等に舌鼓を打っていた。
そしてその中には、この国では珍しい蕎麦のようなつけ麺や押し寿司のような物も並んでいた。
こうやって参加者に自身の財力を見せつけることも、この夜会の一つの目的なのだろう。
私も後で懐かしい味を楽しんでみるつもりだった。
私達の服の胸には商会名と名前を書いた名札が付いていて、それを見て客達が挨拶を行う仕組みになっていた。
ラッカム伯爵の関係者は名札の色が赤、招待客は青と色分けされており、私の名札は赤色になっている。
この席には外国の商人も呼ばれていて、国によって挨拶の仕方は当然異なるため作法を知らずにトラブルになるのを防ぐため、この場では共通挨拶として少しお辞儀をするだけの簡易な物に統一してあった。
ラッカム伯爵は見事なホスト役に徹していて、次から次へとやって来る商人達に笑顔で相手をしていた。
私は伯爵が楽しんでくださいといったのを真に受けて早速並んだ料理を楽しむことにしたのだが、私の所にも次々と客がやって来ては挨拶をしていくのだ。
何故だろうと伯爵の方を見ると、目が合った伯爵が悪い笑みを浮かべてウィンクしてきた。
もしかして、伯爵は私に挨拶に行けとでも言っているのだろうかと勘繰っていると、目の前にやって来た人のよさそうな商人が理由を教えてくれた。
「クラーラ・マレットさんですね。私は王都のエイリー商会のクレイグと言います。それにしてもあのラッカム伯爵が、貴女の事をべた褒めしておりましたよ。何でも新進気鋭の新人で、その商才から伯爵が特別に紋章に天秤を使うのを許した商人だとか。是非私共とも懇意にしていただければ嬉しい限りです」
うっ、あのウィンクはそういう意味だったのか。
これでは料理を楽しむことが出来きそうもなかった。
ようやく挨拶の列が解消した頃には、随分と時間が経った後だった。
早速料理人が作っている屋台に足を運ぶと、そこには海産物をふんだんに使ったマリネを提供する屋台だった。
料理人から直接皿を貰うと、近くに居た商人が話しかけてきた。
「これは私の国の民族料理なのです。感想をお聞かせいただけますかな?」
「ええ、とっても美味しいですわ。私も暫く海鮮を食べていなかったのでとても嬉しいです」
「ほう、それは嬉しい感想ですな。そうそう私の国ではこのような海鮮が豊富なのですよ。輸送の時間があるので空間保冷のマジック・アイテムを使う必要があるので、値段が上がってしまうのが難点なのですがね」
そう言うと商人はにこやかに笑っていた。
次に向かったのは菓子のコーナーだった。
エイベルは菓子には興味がなかったようで他の屋台に行ってしまい、私とエミーリアの2人で楽しむことにした。
そこで久しぶりに甘いお菓子に舌鼓を打っていると、後ろから声を掛けられた。
「やあ、君かい。クラーラ・マレットという娘は?」
振り返るとそこにはどこか軽薄そうな男が私に微笑みかけていた。
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