第60話 伯爵達の会談2

 サイラスはクレメンタイン嬢との晩餐があると知ると、どうしても同席したいと要請してきたのだ。


 まあ、同じ被害を受けた家同士情報は多い方が良いだろうし、何よりどうしてクレメンタイン嬢だけ逃げきれたのか、その理由を知りたかったようだ。


 そしてクレメンタイン嬢は一言紹介しただけで、サイラスの正体を見抜いたようだ。


 度胸のあるお嬢さんだと思っていたが、実は聡明でもあったようだ。


 そしてアレンビー侯爵家の者がどうしてここに居るのかを考え、出た答えを確かめるため一番失言しそうなシーラに狙いを定めて質問してきた。


 シーラはまだまだ公式の場に同席させるのは早いと思い知らされた。


 シーラの受け答えを聞いて、少なくともアレンビー侯爵家と我が家の娘が王都で何かあった事を察したのだろう。


 だからあの被害者の会とかいう遠回しの言い方をしてきたのだ。


「サイラス殿、私はブレスコット辺境伯から同盟の誘いがあれば、それを受けるつもりです。アレンビー侯爵殿はどうなさるおつもりですかな?」


 私がそう聞くと、サイラスは眉をつり上げた。


「おや、伯爵様ともあろうお方が、駆け引きも無くこのような重大事を軽々に口にしてよろしいのですか?」


 まあ、普通なら自らの本心を相手に直接伝える事は無いだろう。


 だが、今回はブレスコット辺境伯家からの提案である。


 常に準備を怠らない辺境伯なら王都で拘束されている娘の奪還も容易であろうし、辺境伯家の武力があれば第一王子派からの圧力も跳ね除けられるだろう。


「サイラス殿は、ブレスコット辺境伯家の武力をどの程度と思われているのです?」

「耳に入る噂では、辺境伯の兵士1人を相手するには3人でかかれというものですかね」

 

 バーボネラ王国内で言われている噂話だ。


 つまり辺境伯の軍隊を相手にする場合は、3倍の兵力で当たれという事だ。


「私も密輸船を追いかける時、彼我の戦力差が必ず優勢になるようにしているのだ。すると相手は戦意を失って逃げるか降伏する」

「それは普通でしょう?」


 サイラスの顔には困惑が浮かんでいた。


 当たり前の事を今更何故質問してくるのだと顔に書いてあった。


「それが通用しないのが辺境伯の兵士なんだ。あいつ等は数的に劣勢でも決して諦めない。それどころか逆に奮い立つんだ。私ならあんな連中相手にしたくない」

「ああ、それが辺境伯の兵士1人を相手するには3人でかかれという意味になるのですね」


 サイラスの顔には納得の表情が浮かび、それから自分達の領軍と比べているのだろうなにやら考え込んでいた。


「4家の中で第一王子派の追及から逃げおおせたのは、クレメンタイン嬢だけなのだ。あの家は常に準備が出来ていて、家の者も常に最適な行動が出来るのだろう。敵にしたら恐ろしいが、味方ならこれ以上頼もしい相手はないぞ」

「確かにそうですね」

「サイラス殿も主家が娘を人質に取られて困っているから、私のところまで探りを入れに来たのだろう? クレメンタイン嬢のあの提案は魅力的だと思わないのか?」


 そう質問するとサイラスは私の目をじっと見てからニヤリと笑うと、一つ大きく頷いた。


「いえ、あの発想はありませんでした。被害者の会と言うのがどうやら同盟締結の隠語であると言うのは理解できましたし、4家が力を合わせるというのはいい考えだと思っております。元々、貴族と言う人種はお互い足の引っ張り合いしかしませんからね。私もあの提案を侯爵様に勧めてみるつもりです。それでレドモント子爵には誰が?」

「それは私の方から連絡しよう」


 ラッカム伯爵の隊商は何処にでも行けるので、こういった秘め事を伝えるには向いているのだ。


 私達4家が力同盟を組めば、第一王子派も我々をないがしろには出来ないだろう。


 そんな動きを察知されたら潰しに来るのは必定。


 ここは密やかに動かなければならないのだ。


 そこで第一王子は、よくクレメンタイン嬢に面と向かって婚約破棄が言えたものだと

 感心していた。


 そんな事を言ったら間違いなくクレメンタイン嬢は父親に言いつけるだろうし、それを聞いたブレスコット辺境伯が黙っていないだろうことは明白なのだ。


 そこでふっと、これはブレスコット辺境伯の仕掛けではないかという考えが浮かんできた。


 直接会ってみたクレメンタイン嬢は、その度胸も頭の切れも次期辺境伯となれる器だった。


 だが、第一王子との婚約が進めば王家に取られてしまう。


 そこで一計を案じたのではないかと。


 婚約破棄されれば、後は辺境伯の意に沿う相手を見繕って跡を継がせれば辺境伯家は安泰なのだ。


 下手に養子をとるよりも確実だろう。


 そう思うとクレメンタイン嬢の悪評も、もしかしたら辺境伯自らが撒いたのではないかとすら思えてくるのだ。


「恐ろしい、親子よ」


 そこでラッカム伯爵は、家の家訓を思い出していた。


 それは「手ごわい相手は味方に引き入れてしまえ」というものだった。


 敵だから厄介なのだ。


 それが味方なら頼もしい限りである。


 それは当然ブレスコット辺境伯家も、その対象になるのだ。


 そこで伯爵家の縁者で、クレメンタイン嬢と釣り合いそうな者がいないか考えを巡らせてみた。


 だが運の悪い事に、よさそうなのは皆相手が決まっていた。


 困ったな。


 良いのが居ないぞ。


 完璧な令嬢とは、意外に悪食だったりするものだ。


 そうだ、クレメンタイン嬢をフィセルに送って行く役をあいつに任せよう。


 上手くすれば道中で口説き落とせるかもしれない。


 そうしたら大金星だ。


 いや、棚から牡丹餅ってところか。


 そう思うとラッカム伯爵は、くつくつと笑い声を上げるのだった。


 その顔を見たサイラスもニヤリと笑っていた。


「伯爵様は悪巧みがお好きな様ですね。クレメンタイン嬢は手ごわいですよ」

「ふふ、やって見なければ分からないだろう? それに賠償金をたんまりふんだくられたのだ。少しくらい困らせてやっても罰は当たるまい」

「そんな事をしているとアレンビー侯爵が横から攫って行きますよ」


 ラッカム伯爵とサイラスは、そう言ってお互い笑いあったが、その目はどちらも笑っていなかった。

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