第55話 伯爵VS悪役令嬢2

「鷹ですわ、ラッカム伯爵。私はダグラス・ガイ・ブレスコットが娘、クレメンタイン・ジェマ・ブレスコットと申します。どうぞお見知り置き願います」


 私が自己紹介すると、目の前の男はぽかんと口を開けて固まっていた。


 それ程、私の言ったことが荒唐無稽だとでも思っているのだろう。


 それに力を得たのか、頬に傷のある男が大笑いを始めた。


「ぶははは、選りにもよって国の英雄を貶めるとは、もういい黙れ。お前は直ぐにでも吊るしてやる」


 その声に反応したのか目の前の男はニヤリと口角を上げていた。


「ほう、今度は上級貴族の令嬢を騙るのか? それにしても選りにもよってブレスコット辺境伯の名前を騙るとは大胆な奴だ。ひょっとして俺に気に入られたくて態とやっているのか?」


 そう言うと私の返答を待たずに、直ぐに頬に傷がある男に向けて話しかけていた。


「ぶははは、これは愉快。今度は自分が貴族だと抜かしておるぞ。アップルガースよ、お前の報告のとおりとんだ食わせ者だったようだな」

「はい、それはもう。捕まえた時からピンと来ておりました。こいつが天才的な詐欺師であると」


 そう言った頬に傷のある男は得意げな顔だった。


 私は全く信じられていないこの事態に、仕方なく次の行動をとる事にした。


 自己紹介だけでは信じてもらえないのは仕方がないですね。


 それでは爆弾を落としてみましょう。


 私が咳払いをして真剣な表情でじっと伯爵を見つめていると、それに気が付いた伯爵が笑うのをやめてこちらをみてきた。


 よし、このタイミングだ。


「イブリン様はジャイルズ・ガイ・ロンズデール様に婚約破棄を言い渡されて、本当にお気の毒様でした。その後、お変わりありませんか?」


 私がそう言うと目の前の男の顔にはそれまでの馬鹿にしたような笑いが消え、目を大きく見開き一瞬固まると、次の瞬間には焦りの表情が浮かんできていた。


 だがそんな雰囲気をぶち壊したのは、またもあの男の大声だった。


「この無礼者、イブリンお嬢様の名前をどこで耳にしたかは知らないが、婚約破棄されたなんてそんな荒唐無稽な話、一体誰が信じるというんだ」


 卒業パーティーに出席していた人達は、全員知っていますよ。


 尤も、ラッカム伯爵は出席していませんので、果たしてどうなるでしょうか。


 私は頬に傷のある男を無視して、じっとラッカム伯爵の目を見ていた。


 もし、まだ伯爵に卒業パーティーでの一件が耳に入っていなかったら・・・


 だが、私の心配は杞憂だったようだ。


 伯爵の次の言葉は、私を安堵させるものだった。


「おい、クレメンタイン嬢の手枷を外せ」


 それを聞いた頬に傷のある男が、信じられないという表情で首を横に振った。


「伯爵様、騙されてはいけません。この小娘は嘘つきの詐欺師です」


 それを聞いたラッカム伯爵は手に持った煙管の先を頬に傷がある男に突き付けると、相手を窘めるようなキツイ口調になっていた。


「馬鹿者。このお方はブレスコット辺境伯のご令嬢だ。イブリンが婚約破棄されたことを知っているのは、あの現場に居た貴族だけだ」


 それを聞いた頬に傷のある男は、大きく目を見開いて伯爵と私を交互に見ては何か言いたそうに口を開いたが、そこから言葉が漏れる事は無かった。


 ようやく人間として認められた嬉しさを噛みしめていると、私の内なる部分から今までされていたことに対する怒りが沸々と湧き上がってくるのが分かった。


 それは最早自分の理性では、とても押さえつけておけなかった。


 そして私はやらかした。


 足をやや開き左手を腰に置き、右手を目の前のラッカム伯爵に指を突き付ける何時ものポーズを取った。


 だが、実際は手枷があるので両腕を突き出しただけだが。


 そして告げ口令嬢の本領を発揮した。


「ラッカム伯爵。上級貴族であるこの私、ブレスコット辺境伯令嬢に対する誘拐」


 私が発した「誘拐」と言う部分に、ここまで護送してきた隊商の関係者が皆ピクリと反応した。


「および非人道的な扱い」


 この部分で、今度は頬に傷のある男がピクリと反応した。


「並びに私をこの茶番に付き合わせた事に関して、正式な謝罪と賠償を要求します」


 この時点で、伯爵の隣に居た年かさの丁稚の手から木箱が落ちた。


「速やかに私が満足する結果が得られない場合、この事はお父様に言いつけますわよ」


 そこまで言うと、今度は伯爵がピクリと動くのが分かった。


 最後まで言い終わると、この場に居た関係者全員が青い顔になって押し黙っていた。


 それはそうだろう、たかが伯爵風情が公爵家に準じる辺境伯家の令嬢に無体を働いたのだ。


 その罪は重い。


 伯爵本人は、その事を十分理解できるだろう。


 そして凍り付いた場の空気を破ったのはラッカム伯爵だった。


 伯爵は縁側から降りてくると、私の目の前まで近寄ってきた。


 そして頭を下げたのだ。


「クレメンタイン嬢、この度の事は全て私の責任だ。この通りである。本当にすまなかった。賠償金は言い値で払うから辺境伯殿には内密に願いたい」


 やった。


 どうやら今回はゲームフラグに勝ったようだ。


 すると目の前に1人の男が現れると、私が突き出していた手枷に鍵を差し込むと枷を外してくれた。


「あ、ありがとうございます」

「いえいえ、どういたしまして」


 私が思わずお礼を言うと、鍵を外してくれた男は腫れものを触るように顔を引きつらせながら一礼すると、エミーリアとエイベルの手枷も外してくれた。


 私は苦笑いを浮かべると、再び伯爵の顔を見た。


 すると伯爵は、素早く次の行動に移っていた。


「クレメンタイン嬢に無体を働いた罪で、アップルガースを牢屋に入れておけ。別途、事情聴取を行い相応の罰を与える」

「「「はっ」」」


 諦めの悪い頬に傷のある男は、伯爵が頭を下げて謝罪したことに驚愕の表情を浮かべながらも、これは何かの間違いだと叫んでいた。


 だが、今まで味方だった者達に身柄が拘束されると、ガックリとうなだれながら大人しく連行されていった。


 その惨めな姿を見たエミーリアの顔には、満足そうな笑みが浮かんでいた。


「クレメンタイン嬢、お詫びといっては何だが、我がラッカム伯爵家の歓待を受けて貰えないだろうか」


 私はエミーリアとエイベルの顔を見てから伯爵に顔を向けると、胸を少しそらしながらにっこり微笑んだ。


「ええ、謹んでお受けいたしますわ」

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