第54話 伯爵VS悪役令嬢1

 光の先にあったのは法廷ではなく、荷台に檻を乗せた護送馬車だった。


 アレに乗れと言うの?


 私は立ち止まり戸惑っていると、直ぐに背中を押された。


 どうやらアレに乗らないと駄目らしい。


 私は促されるままその檻の中に入った。


 護送馬車の周りには既に野次馬が集まっていて、皆犯罪者を見るきびしい目つきをしていた。


 そして一部の者からは罵声も聞こえてきた。


「ラッカム伯爵様の商会を騙る愚か者は吊るされてしまえ」


 その声を発した野次馬にエイベルが厳しい視線を送ったが、エミーリアはそっと私を庇ってくれていた。


 今はエミーリアのその優しさが嬉しかった。


 護送馬車はわざわざ町中を通って、私達を晒し者にしながら目的地に向かってゆっくり移動していた。


 その移動中、私達はアインバックの住民達の好奇な視線を浴び続けていた。


 そしてようやく目的地に到着したのか馬車が停まると、待ち構えていた警護官に連れられて、あぜ道を丘の上に見える建物まで歩かされた。


 息を切らしながらも何とか登りきるとそこは玉砂利を敷いた敷地に、縁側がある日本風の建物があった。


 そして崖側には学校の校庭に設置してある幅が広い鉄棒があり、その手前には等間隔で木の杭が打ち込んであった。


 きっと死罪の判決が出た囚人を、その場で吊るすロープを支えるものだろう。


 私達は腕に拘束具を付けられたままその敷地の引き出されると、直接地面に座らされた。


 それは時代劇のお白洲の場のような感じだった。


 そして縁側で胡坐をかく御仁はかの大岡越前かと勝手に妄想していたが、そこに居たのは良く日焼けした顔をした体にぜい肉が一切付いていない中年男性だった。


 彼の右手には、馬車寄せで出会った行商人も持っていた長い煙管があった。


 ひょっとしてこの男も商人なの?


 そして商人という人種は、長い煙管が標準装備なの?


 そしてその男の隣には、旦那様の脇に控えて用事を言いつけられるのを待つ丁稚のような男が控えていた。


 いや丁稚と言う程若くは無いが。


 その丁稚が顔を上げて開廷を宣言すると、早速頬に傷のある男が場に響き渡る声で、私の身に覚えのない罪状を並べ立てていた。


 その内容を聞くとどうやら国内でラッカム伯爵の名前を騙る詐欺師が居て、あちこちで被害が出ているようだ。


 そして被害者が皆ラッカム伯爵に騙されたと言いふらすので、伯爵の信用がガタ落ちになっているらしい。


 罪状の読み上げが終わると、証拠として私の馬車から切り取ってきた天秤に4枚の葉をあしらった紋章を高らかに掲げていた。


 それを見た周りのギャラリーは、敵意に満ちた唸り声を上げていた。


 そしてその証拠品を、裁判長ともいうべき立場の煙管を持った男に渡していた。


 証拠品を渡された男は、煙管を置くとその紋章をしげしげと眺めていた。


 頬に傷のある男は既に勝利は確実だと思っているようで勝ち誇った顔になると、最後に犯罪者に与える罰を口にした。


「これらの理由から平民が伯爵様の名を騙る罪と、詐欺行為により死罪が妥当だと判断します」


 名誉を重んじる貴族が、平民が自分の名前を騙る事など到底許せるものではないだろう。

 

「この家紋はお前の家の物か?」


 煙管の男が最終確認のためか、私にそう聞いてきた。


 頬に傷のある男が演説したとおり、それは私が勝手に想像で描いた物だ。


 それが分かっていてわざと聞いていた。


「それは緊急通報をしてきた冒険者を助けるため、スクリヴン伯爵家に入り込むのに必要だったのです。勿論、ラッカム伯爵家の家紋に似せた事は謝罪いたします。ですが」


 私がそこまで言うと目の前の男が煙管の先端を金属製の灰皿に打ち付けると、「カチン」という音が周囲に響き渡ったので思わず口を閉じていた。

 

「聞かれたことだけに答えろ」

「・・・違います」

「ではお前達が、我がラッカム家の名前を騙る詐欺師で間違いないな?」


 人の話を聞かないのはこいつもか。


 あのアップルガースという男は、伯爵本人が直接罰を言い渡すと言っていたが、この男が本当にラッカム伯爵なのだろうか?


「どうした? 図星を差されて言い返せないか?」


 そう言うとニヤリと口角を上げると煙管から煙を吸い込いこみ、ふうっと私の方に向けて吐きだした。


 距離的に離れているのでその煙が顔にかかる事は無かったが、意図は十分に分かるものだった。


「組織のトップとは高所から物事を俯瞰し、決断を下す事が仕事ではないのですか? それを人の話を聞かず結論ありきの質問しか出来ないとは、貴方もラッカム伯爵を騙る偽物ではないのかしら?」


 私がそう言うと、頬に傷があるあの男が声を荒げていた。


「無礼だぞ、小娘。こちらのお方はラッカム伯爵様だ。お前のような下賤の者が意見するとは何様のつもりだ」


 ああ、いけない。


 会社の上司に理不尽に怒られた時の事を思い出して、思わずその時言いたかった事がつい口をついて出てしまいました。


 今の私の立場は非常に危ういというのに、これでは相手を怒らせるだけで却って逆効果になってしまう。


 ああ、私の馬鹿。


 これで問答無用で首が飛んだらどうするのよ。


 私は冷静を装いながらも、背中には嫌な汗が流れ落ちていた。


「俺が貴族ではないと、どうしてそう思う?」


 やった。


 どうやらいきなりゲームオーバーにはならなかったらしい。


 でも、まだ首の皮一枚ってところね。


「貴方が王国の貴族だというのなら、クラウンを付けているはずよ」


 私がそう言うと、男は手に持った煙管から煙草を吸い込むとゆっくりと煙を吐き出した。


 そしておかしそうに笑い声を上げると、隣に控えていた男に一つ頷いていた。


 すると隣の男が何かを差し出したのを受け取り、それを私に見えるように突き出してきた。


「これの事か?」


 だが、男が突き出しているのは船の船首像にも使うマーメイドが両手でもった天秤というラッカム伯爵家の家紋だった。


 どうやら試されているようだ。


「それはラッカム伯爵家の家紋で、クラウンではないわ」


 私がそう言うと、「ほう」と声を漏らした後再び横に居る男に頷くと、今度は掌サイズの木箱を取り出してその蓋を開けて恭しく煙管を持った男に差し出していた。


 男は空いている方の手でその木箱の中にある物を鷲掴みにすると、そのままその手を私の方に突き出してきた。

 

「これはなんだか分かるか?」


 それは伯爵位を示す王冠が3つ付いたクラウンだった。


「はい、それはクラウンです。私のお父様に見せて貰いました」

「お父様、だと?」


 するとすかさず、頬に傷のある男が罵声を浴びせてきた。


「ふざけるのもいい加減にしろ。お前のその左手首に付いているのは冒険者の証だ。冒険者ギルドで、お前の名前はミズキだというのはバレているんだぞ。貴族令嬢を騙るなんて詐欺師としても最悪だぞ。それとも最早それも分からないくらい頭がおかしくなったか?」


 私は、頬に傷のある男の事は無視して目の前の男に意識を集中していると、男の顔にあざけりの表情が見えた。


「ほう、先ほどの家紋は違うと言ったな。では、お前の本当の家紋は何だか言ってみろ」


 私は痛む体を何とか動かして立ち上がると、手枷でスカートの裾を摘まむことが出来ないが、足を動かしてなんとかカーテシーぽいのをしてみた。


「鷹ですわ、ラッカム伯爵。私はダグラス・ガイ・ブレスコットが娘、クレメンタイン・ジェマ・ブレスコットと申します。どうぞお見知り置き願います」

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