第53話 牢屋

 馬車の床に転がされ時折背中を踏まれる状況の中、頬に傷のある男が珍しく声を掛けてきた。


「もうすぐアインバックに到着だ。これでお前の命運も尽きたな」


 ラッカム伯爵家の領都アインバックに到着した頃には、体中が痣だらけで、節々が痛みまともに立っていられない状態だった。


 馬車が停まり頬に傷のある男から乱暴に馬車から降ろされると、目の前には王都で御馴染みだった剣と盾を模した看板が掲げられた建物があった。


 そして私を引きずって中に入ると、まっすぐ受付のカウンターに向かって歩いていた。


 私の引きずられる姿を見ても殆どの冒険者は感心を示さなかったが、ごく一部の者は私の哀れな姿を見て同情の表情を浮かべていた。


 受付の女性は何事かと怪訝そうな顔をしていたが、頬に傷のある男の名前は知っているようだった。


「アップルガースさん、一体何事ですか?」

「おい、こいつの冒険者プレートを調べてくれ」


 受付の女性はそう言われると一瞬顔を顰めたが、頬に傷のある男に顔を近づけると小声で話し始めた。


「ちょっと、冒険者の情報を他の方に見せられる訳ないでしょ」

「規則がなんだ。こいつはラッカム伯爵の名前を騙る詐欺師なんだぞ。どうせ冒険者の肩書が欲しかっただけの似非冒険者だ。調べてみれば直ぐに分かる。ちょっとだけこいつの冒険者プレートを翳すだけだ。な、頼むよ」


 どうやらこの2人は知り合いで、頼み事ができる間柄のようだ。


「本当にもう、これっきりにしてよね」


 頬に傷のある男は、私の左手を掴むとそのままカウンターの中に差し出していた。


 どうやら私の冒険者プレートを調べるらしい。


 確かに、私はブレスコット辺境伯領に帰るために冒険者になったので、冒険者としての活動は殆どやっていない。


 これは曲解されそうね。


 馴染みのあるマジック・アイテムに無理やり左手首を引っ張られると、そのまま解析が始まったようだ。


 そして出た結果は、Dランクに上がる最低数とうち2件はギルドマスターの特別措置となっていた。


 それと緊急通報を1件完了、1件未完了を示していた。


「ふん、大方ギルドマスターに大枚を積んで2件分を買ったんだろう。騙した相手の金でも使ってな。それよりもこれだ。こいつが無視した緊急通報は商人からの物か?」

「これは・・・ちょっと変ね。でも発報したのは冒険者とはちょっと違うみたい」

「という事は、やはり商人という事だな」


 まるで鬼の首でも取ったような顔で私を見ると、蔑みの視線を送ってきた。


「ぶははは、馬脚を露わしたな。ラッカム伯爵は商人を保護しておられるのだ。お前のように商人を騙り、商人を見殺しにするような屑には容赦なされない。お前は吊るされて終わりだ」


 そう言うと再び引き摺られるようにして冒険者ギルドを出ると、そのまま馬車に放り込まれた。

 


 目が覚めると、私の目の前にはエミーリアの心配そうな顔があった。


 そして後頭部には柔らかい感触があった。


 あれっ、これって男連中が女子にされて喜ぶアレではないの?


 私が気が付いたのを見てエミーリアが声を掛けてきた。


「お嬢様、お気づきになられましたか。それにしてもこの酷い仕打ちは、旦那様に申しつけてお仕置きしてもらわなければなりませんわね」


 これは、私にお父様に告げ口をしろと言っているのね。


 思わずニヤリとしたところで、口の周りが痛み顔を顰めた。


 私は痛む体でなんとか起き上がろうとしたが、直ぐにエミーリアにそれを止められていた。


「もうしばらく、このまま休んでいてください」


 そこで横を向くとそこには鉄格子のようなものがあり、その向こう側にも同じような鉄格子があり、その中にエイベルが居るのが見えた。


 どうやらここはアインバックにある牢屋のようだった。


 私と同じように、エミーリアやエイベルが酷い目に遭っていないか心配になってきた。


「エミーリア、貴女も酷い目に遭ったのではありませんか?」

「いいえ、私は大丈夫でございます」


 

 この町はイブリン嬢の父君であるエドマンド・バーニー・ラッカム伯爵の領都だ。


 伯爵はイブリン嬢の婚約と同時に第一王子派に入ったようだが、今回の婚約破棄を知ったらどう出るだろう?


 普段の伯爵はこの町で日々行われる外国の商人との取引に忙しく、町から殆ど出ないという噂を聞いた事があった。


 そう言えばあの卒業パーティーでもお姿を見かけていなかったから、噂は本当のようね。


 だからと言って家族に冷たい訳でも無く、イブリン嬢の元には定期的に様々な物が送られてきていた。


 そう言えばイブリン嬢は、婚約破棄された後どうしているのでしょう?


 この町に戻って来ているのでしょうか?


 それともまだ王都に?


 そしてこれがゲーム補正だとしたら、私はこの町で亡き者にされるのでしょうか?


 いけない。


 する事が無いと、ついつい思考が悪い方へ向いてしまう。


 今は少しでも体力を回復する方が良いわね。


 そしてまた意識を手放した。



 再び目覚めると、そこには食事と呼ばれる物が置いてあった。


 殆ど具が無いお湯のようなスープと、固くて歯が折れそうな黒パンだ。


 体力維持のためにはこんな物でも食べないと駄目なのだが、胃が反乱を起こしそうだった。


 それをスープに浸して柔らかくして無理やり食べた。


 ここにきてどの位経ったのだろう?


 ここは常に薄暗く日が当たらないので、時間の感覚が分からなくなるのだ。


 そんなある日、私達が居る牢に向かってくる足音が聞えてきた。


 そう言えば、この牢には牢番が居ないなと思っていたのだ。


 やって来たのは頬に傷のある男だ。


 間接的にこの男がアップルガースという名前なのは知っているが、自分から名乗らない男の名前を言いたくなかった。


 直ぐにエミーリアが敵意をむき出しにした視線を送っていたので、エミーリアもこの男から嫌がらせを受けたか、私が受けた扱いを聞いたのだろう。


 私も痛む表情筋をなんとか動かして、睨んでおくことにしましょう。


 だが、頬に傷のある男は面の皮も厚いらしく全くダメージを与えなかったようで、私達の惨めな姿を見て優越感に浸っているようだった。


 そして見下すような視線を送りながら、私達の運命とやらを教えてくれた。


「おい、伯爵様が直接お前達に罰を下されるそうだ。本当に馬鹿な奴らだな。伯爵様は名前を騙られるのがとてもお嫌いな方だ。それと家業となっている商人をないがしろにするやつもな。まず間違いなく吊るされて御終いだ。ぶはははは」


 それだけ言うと満足したのか、そのまま立ち去っていった。


 私は心配そうな顔で私を見つめるエミーリアに、一言言っておくことにした。


「エミーリア、伯爵には私が話します。貴女は黙って見守っていて下さいね」

「・・・はい、畏まりました」



 そしてその日はやって来た。


 初めて見た牢番がやって来ると鍵を開けて私達を外に出すと、そこには私達を護送する警護官達が何人もいた。


 そして私達は促されるようにして階段を上がって行った。


 筋肉が痛み階段を上がるのも一苦労だったが、階段の先に見えた明るい光がとても懐かしくほんの少しだけ涙が浮かんできた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る