第52話 ラッカム伯爵家の隊商
スクリヴン伯爵領から出て道を西に進んでいると、ちょうど南北を走る交易街道とぶつかる地点までやって来た。
交易街道の由来は、この道が王都ルフナと南の港湾都市アインバックを結ぶ道であり、外国との交易で手に入れた珍しい商品を王都に住まう王族や貴族達に運ぶための馬車が、頻繁に往来しているのでそう呼ばれていた。
今も、北の方角から交易街道をまっすぐ進んでくる馬車の土煙が見えていた。
遠見のマジック・アイテムでその煙を調べて見ると、それは隊商の車列だった。
護衛を乗せた幌無し馬車を先頭に、その後を商品を運ぶ幌馬車が何台も続いていた。
私達は面倒事に巻き込まれないように交易街道の手前で止まると、その隊列が通過するのを待つことにした。
やがてやってきた馬車隊はかなり大きな隊商で、荷物を運ぶ馬車が10台以上もあった。
その姿は壮観だったので、馬車の中からのんびりと見物させてもらっていた。
だが、その馬車隊は通り過ぎる事は無く、私達の前まで来ると突然停止したのだ。
私は商人が郊外で冒険者に会った時に行うやり取りを知らなかったが、馬車寄せで会った行商人のように情報交換でもするのだろうかと相手の出方を見守っていると、馬車から降りてきたのは商人ではなく武装した護衛だった。
その護衛は、私達の馬車を1周ぐるりと回って何かを調べているような感じだったが、剣呑なその雰囲気に思わず身構えてしまった。
すると護衛の一人が、馭者台にいるエイベルに話しかけてきた。
「この馬車はお前達の物か?」
「ああ、そうだ」
護衛の頬には魔物にでもやられたのか4本の酷い傷跡があり、見た目は物凄く恐ろしかった。
その護衛が問い詰めるような口調で聞いてきたものだから、エイベルも思わず売り言葉に買い言葉というやつで、ぶっきらぼうに応えていた。
もう少し言い方というものがあるだろうと思っていると、隊商の護衛達が私達の馬車を取り囲んできた。
余りにも剣呑なその行動に苦情を言おうとすると、先程の頬に傷のある男が手で制してきた。
「動くな。お前達をアインバックまで連行する」
え、何で? その疑問には直ぐに回答を得ることが出来た。
「お前達が、我がラッカム伯爵家の名前を騙る詐欺師だという事は、その家紋が動かぬ証拠だ」
「「あ」」
私とエイベルはお互いの顔を見あいながら、馬車に描いていたあの家紋を消し忘れていた事に気が付いた。
今更遅いのである。
そして荷台に乗り込んできた護衛が私のマジック・バッグの中を覗くと、大声で周りの護衛達にその中身を伝えていた。
「おい、こいつ等大量のマジック・アイテムを持っているぞ」
それがどうかしたの?
だが、その疑問に答えてくれる人はいなかった。
私達3人はそれぞれ別の馬車に乗せられて護送されていた。
あの後武器を持った護衛達に取り囲まれ、無駄な抵抗をして怪我をするのを避けるため大人しく捕まったのだ。
そしてスクリヴン伯爵領での出来事を説明したのだが、頬に傷跡がある男はその部分には全く反応せず、殊更ラッカム伯爵家を示す天秤を使った偽紋章の事をしつこく質問してきた。
そして私がそれを知っていて使った事を認めると、まるで鬼の首を取ったような顔をするとそれ以上何も聞く耳を持たなくなったのだ。
それから私達の左手首にある冒険者プレートを見て、「冒険者に成りすました詐欺師め、アインバックの冒険者ギルドで調べれば直ぐに分かる事だ」と言っていた。
そして今私は、手足を拘束されたまま馬車の床に転がされていた。
あれから何とか誤解を解こうと頬に傷跡がある男に事情を説明しようとしたのだが、その度に黙れと言って脇腹を蹴られたのだ。
馬車はかなりの速度を出しているようで、整備された交易街道といえどもその振動は直接体に伝わってくる。
少しでも楽な姿勢になろうともぞもぞ動くと、その度に背中や頭の上に足を乗せられた。
上から押さえつけられると余計に馬車の振動が体に伝わり、あちこちが痛くなってきた。
そしてちょっとでも抵抗すると、脇腹を蹴られて息が止まりそうになった。
どうしてこんな目にあうのかと思ったところで、またあのテロップが頭の中に浮かび上がってきた。
そう「帰りの馬車を何者かに襲われて死亡する」というあれだ。
そう言えば捕まったのは馬車に乗っている時だったことを、今更ながら思い出していた。
ようやく馬車が停まるとそのまま拘束具を引っ張られて馬車から降ろされたが、あちこちが痛みとてもまともに歩けなかった。
しかも、トロトロ歩いていると遅いと言ってまた蹴られるのだ。
それでも何とかエミーリアとエイベルの姿を探してみたが、何処にも姿が見えなかった。
地面に座らされていると、隊商の人達は馬車寄せで食事の支度をしていた。
竈を囲んで楽しそうに酒を飲みながら食事をしている場所からは美味しそうな匂いが漂ってきたが、私の事は完全に忘れ去られていた。
お腹がクークー鳴っていると、頬に傷がある男がやって来て一欠けらの黒パンを私の前に転がしてきた。
「ほらお前の分だ。隊商はな、働かざるもの食うべからずだなんだ。お前のような囚人にはこれで十分だぜ」
そう言うと笑いながら再び竈の方に戻っていった。
私は枷が付いた手で何とかそれを拾うと、それを食べた。
それはとても固くてそのままではなかなか噛めなかった。
そのあまりの惨めさに涙が零れるのだった。
ラッカム伯爵家に似せた家紋を使った事が、それ程の重罪になるというの?
だが、その疑問に答えてくれる者は誰もいなかった。
ラッカム伯爵領への護送中で唯一の救いとなったのが、バーシーという名の料理人助手と親しくなった事だ。
彼はまだ幼さが残る少年で料理人の見習いをしていて、彼からはちょっとした食べ物を貰うことが出来たので、何とか耐える事が出来ていた。
そして私への待遇に怒ってくれたのだ。
そう言えば王都のラティマー商会でも、年若い少年達に色々面倒を見て貰いましたね。
バーニーは、私を苦しめるあの頬に傷跡がある男についても教えてくれた。
それによると、彼は元B級冒険者のデイミアン・アップルガースというらしい。
道理で私の冒険者プレートが本物と分かったうえで、冒険者ギルドで記録を調べると言い出した訳だ。
もしかして王都を出て直ぐに緊急通報を無視した事が、まずい事態になるのだろうか?
それにしても、ブレスコット辺境伯領からどんどん遠ざかっているのは、これもゲーム補正なのでしょうか?
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