第51話 クラウン

 ちょっとしたハプニングはあったが、ようやく食事をする態勢が整ったので、改めてスクリヴン伯爵が場を仕切り直した。


 そして正装をした伯爵の胸には、貴族達が「クラウン」と呼ぶ貴族章が誇らしげに飾られていた。


 この貴族章は細長い長方形をしていて、左側にはバーボネラ王国の国章である龍を模った紋章があり、その右側には黄色の王冠が3つ横並びで記されていた。


 何故クラウンと呼ばれるかというと、貴族章に爵位を現す王冠が付いているからだ。


 日本でいうところの軍隊の階級章みたいな物だ。


 この貴族章が生まれたのは、アンシャンテ帝国がこの国に侵攻して一部の部隊が王国深く入り込み破壊活動を行った時、相手が敵か味方かが分からず混乱してしまった反省から、識別するために作られたのだとお父様が言っていた。


 そして帝国を追い出した後は、今度は国内の貴族達から自分達のステータスとするため、爵位に応じた印を付けて欲しいという要望が出され、それを王家が受け入れたのだ。


 その結果、公爵家は黄色の王冠を5つ、侯爵家は4つ、伯爵家は3つ、子爵家は2つ、男爵家は1つと言う具合で付けることになっていた。


 ちなみに一代限りの準爵位には王冠は付かなかった。


 そして我が辺境伯家は、公爵家に次ぐとのことで王冠5つを付ける事を許されていた。


 とはいえ、お父様は王都の社交には殆ど出席されないので、社交の場でそれを自慢するようなことは無かったらしい。


 ああ、それと婚約破棄で今はどうなっているのか知らないけど、第一王子が王太子に任命された場合、現王から王太子章を与えられる事になっていたはずで、その王太子章には赤色の王冠が6個付くという話だった。


 王太子が国王になる時はその王太子章を外し、代わりに王冠を被るという儀式が行われるのだ。


 貴族達はたとえ相手が誰であろうと、来客を迎える時はこの貴族章を付けて自分が王国貴族であることを誇らしげに示すのだ。


 見栄っ張りな貴族には、とても大事な記章だった。


 食事が終わったところで、3人の冒険者には報酬が迷惑料を上乗せして支払われることになった。


 そして私は地下室で消費した魔石の代わりを貰えることになった。


 これからも野営はあるのでとても助かった。


 冒険者達からは今回の緊急通報の報酬について相談されたが、伯爵やお爺ちゃんが魔物や盗賊と言う訳にもいかず、相手の冒険者もそれほどお金を持っているようには見えなかったので、こちらから救助のみで良いという事にしておいた。


 マーリーンは渋っていたが、2人の仲間に説得されてそれで落ち着いた。


 そして私達がツォップ洞窟に向かう事を知ったマーリーンは、そこで冒険者をしているマルコム兄さんに何かあったら助けて貰えるようにと、髪を結わえていたリボンを渡してくれた。


「兄は、がっちりした大男で、茶髪に黒目で私に似ているから直ぐに分かりますよ。このリボンは兄から貰った物なので、これを見せれば兄はすぐ分かると思います」


 なんでもマルコム兄さんはマーリーンを溺愛しているそうで、妹の頼みなら何でも聞いてくれるそうだ。


 ツォップ洞窟で何か困った事があったら、助けてもらう事にしましょう。



 伯爵達との食事が終わり出発することになると、スクリヴン伯爵預かりとなったお騒がせ少年が泣きべそをかきながら私に突撃してきた。


「うわぁ~ん、お姉ちゃん、行っちゃうのぉ?」


 ぐはっ、こ、これは、私はそんな少年を抱きしめると、後ろから2人の声が聞こえてきた。


「こんのぉ、色ボケ野郎がぁ」

「エイベル、早く、そのインキュバスを引き剥がすのです。どうもミズキはこのインキュバスの前ではポンコツになるようです」


 ぽ、ポンコツってそれは言い過ぎではないでしょうか。


 いくら、今逃亡中で身分を隠しているからと言って、それはあまりにも酷いってもんですよ。


 そしてお騒がせ少年がスクリヴン伯爵の使用人に引き取られていくと、少年は名残惜しそうにこちらを振り返っては手を振っていた。


 私はそんな少年にお別れの挨拶として、手を振り返していた。


 そしてスクリヴン伯爵の館を出ると、私は1つ残っていた疑問を解消させることにした。


「エイベル、一つ聞きたいんだけど」

「何ですかい?」

「私があのお爺ちゃんの注意を引いている時、あの食獣魔樹が出す甘い香りを感じたんだけど、貴方何か知らないかしら?」


 するとエイベルは、さも当たり前と言った顔で平然と言い放ったのだ。


「ええ、お嬢が、商人のような営業トークが出来る訳無いでしょう。だから、ちょいと手伝ってあげましたぜ」


「やっぱり犯人はお前かっ」

「ぎやぁぁぁぁ」


 私はエイベルのお尻に飛び膝蹴りを食わらしてやった。


 その光景を見ていたエミーリアはさも当然ですねといった顔をしていたが、初めて見る3人の冒険者は目が点になっていた。


 あ、しまった。


 何とか誤魔化さないと。


「オーホッホッホッ、こんな所に害虫が居ましたわ」

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