第47話 アレの弱点

「ドラキュラ伯爵」


 思わず口をついて出た言葉に、目の前の男は眉間に皺を寄せていた。


「何を言っている? 私はスクリヴン伯爵だ」

 

 この状況での最善は、唯一の出口を塞いでいる敵を排除して脱出することだ。


 私はエミーリアとエイベルに目配せすると、2人とも武器を手に持って臨戦態勢を取った。


 それを見たドラキュラ伯爵もといスクリヴン伯爵は、何やら呪文のようなものを口ずさむと、目の前の床に魔法陣が現れそこに召喚獣が現れた。


 その姿は、悪魔といった感じで黒い翼と尻尾が付いていた。


「え? コウモリじゃないの?」


 私は信じて疑わなかった物を外されて、ちょっとガッカリだった。


 だが相手が召喚されて万全の状態になるまで、待ってやる程お人好ではないのだ。


 早速エイベルが動き、その陰に隠れてエミーリアも動いていた。


 エイベルは両手で構えた剣を上段から振り下ろしていた。


 それは剣道で言う所の見事な面だった。


 だが、エイベルの動きが停まった。


 悪魔はその両手剣を片手で受け止めていたのだ。


 そして一瞬ニヤリと笑ったような気がした後で、エイベルは後方に吹き飛んでいた。


 その悪魔の態勢から、どうやら足で蹴られたようだ。


 悪魔は相変わらず気持ち悪い笑みを浮かべていたが、エイベルが吹き飛ばされる瞬間、その体の陰に隠れていたエミーリアがすうっと横にスライドして前に出ると、悪魔の喉笛に両手に持った短剣で切りかかっていた。


 決まったかに見えたその攻撃は、悪魔に到達する前にエミーリアの体が僅かにぶれると後方に吹き飛んでいた。


 何が起こったのかと悪魔を睨みつけると、そこにあったのは悪魔の尻尾だった。


 僅か一瞬のうちに2人が戦闘不能にされてしまった事に驚いていると、黒と赤の物体が前に進み出て、床に落ちていたエイベルとエミーリアの武器を拾い上げていた。


 そこに居たのは助けた2人の冒険者だった。


 戦闘経験のある2人の冒険者は、パニックで頭が真っ白になる事も無く素早く行動が出来るらしい。


 床に落ちていた武器を拾うと悪魔と対峙していた。


 そして先程の戦闘を見ていた2人は不用意に近づかず、一定の距離を持って悪魔を牽制しながら、後ろで魔法詠唱を行っている魔法使いの姿を悪魔から隠していた。


 悪魔を牽制している2人には、仲間の魔法使いが呪文の詠唱が終わるタイミングが分かるようで、すっと射線上から外れると同時に魔法使いが魔法弾を発射した。


「風の螺旋」


 魔法使いの手元から発射された風の渦巻きが悪魔に到達すると、その体を引きちぎり黒い破片を四方に吹き飛ばしていた。


 王都のマジック・アイテム店で魔法を封じ込めたスクロールを選んでいる時、今の魔法を封印した物も見かけていた。


 だが、私はその前に冒険者から聞いていた3人のA級冒険者の魔法が気になっていたので、炎と氷それに空間の魔法を封じた物を選んでいたのだ。


 だからと言ってミーハーなんかじゃないんだからね。


 すると冒険者から、どこかで聞いたフレーズが聞えてきた。


「やったか」


 あれ? これって言ってはいけない言葉では?


 懸念は当たり、それを合図にしたかのように、四方に飛び散った黒い破片が集まり出していた。


 よく見るとそれはコウモリのように見えた。


 それらが合体すると元の悪魔が復元されていた。


「わーっはっはっはっ、そんなショボイ魔法が通用するか」


 こちらではドラキュラ伯爵が、勝ち誇った顔で大笑いをしていた。


 その笑いが悪魔にも移ったのか、大笑いをするかのように口を大きく開けていた。


 だが、それは笑うためではなく口から衝撃波を発射するためだった。


 その直撃を受けた3人の冒険者は、両手で耳を塞いで蹲ってしまった。


 直ぐに脳裏に浮かんだのは、コウモリが獲物を捕まえる時に使う超音波だ。


 だが、あれは距離を測るためのもので攻撃に使う物では無い。


 だがここはゲームの世界なのだから、なんだってありなのだろう。


 そこで私は重大な事実に思い至った。


 それは、既に5人が戦闘不能にさせられているという事だ。


 あれ、残っているのは私だけ?


 これは非常に拙い事態になったのではないかと思っていると、私が丸腰なのを見て非戦闘員と見て取った伯爵がニヤリと笑みを浮かべながら近寄ってきた。


 その姿は、若い乙女の血を求めるドラキュラ伯爵の姿そっくりだった。


 何度でも言おう、高月瑞希は自分の血を見るのが大嫌いなのだ。


 そして目の前には、私の血を求めて牙をむき出しにしながら迫って来るドラキュラ伯爵。


 焦った私は思わず後退りながら、何かこの場を逃れる方法は無いかと懸命に考えていた。


 その姿が捕食者から逃れようとする兎にでも見えたのだろう、伯爵は薄笑いを浮かべながらじりじりと近寄ってきていた。


 その笑う口からは、先程から乙女の血を求める牙が突き出しているのだ。


 この絶体絶命の場面で何とかする方法は無いかと、必死に持ち物を探っていた。


 すると私の背中に冷たく固い感触が当たり、それ以上後ろにさがる事が出来なくなった。


 パニックになりかけていた私の頭にあったのは、映画で見たドラキュラ伯爵の苦手な物だ。


 そうニンニクとか木の杭とかだ。


 そして見つけたのだ。


 アレを。


 私はそれを手に取ると迫って来るドラキュラ伯爵の顔めがけて、絶叫と共に突き出していた。


「いやあぁぁぁぁぁ、来ないでぇぇぇぇ」


 ゴチィン


 それは物凄い音と共に伯爵にぶつかると、相手からも悲鳴が聞こえてきた。


「ひぎゃぁぁぁぁぁ」


 現場は一時悲鳴合戦になっていたが、恐る恐る目を開いて相手の顔を見ると、頬にぶち当たった十字架から、黒い霧のようなものが伯爵の体から抜け出している所だった。


「え、黒い霧?」


 そして私が伯爵にぶつけたのが、解呪のロザリオというマジック・アイテムだったことに初めて気が付いた。


 私は単にドラキュラ伯爵が嫌いな十字架を見つけただけだと思っていたのだが、思わぬ効果を上げたようだ。


 伯爵から黒い霧が出て行くと共に、召喚されていたあの悪魔も忽然と消えていた。


 誰かが、この伯爵に呪いをかけていたようだ。


 私は倒れている5人を助け起こした。


 幸いな事に5人とも直ぐに意識を取り戻し、大きな怪我はしていないようでなによりだ。


 意識が戻ったスクリヴン伯爵は、まるで狐につままれたような顔をしていた。


「ここは何処だ? 私は一体・・・おい、お前達は何者だ?」


 どうやら正気が戻っても質問の多い男のようね。


 伯爵の赤い瞳は緑色に変わり、口から飛び出していた牙も無くなっていた。


 やれやれ、どうやらこれで解決したようだと人心地付いていると、再び声が聞えてきた。


「やれやれ、余計な事をしてくれたようじゃな」

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