第45話 スクリヴン伯爵館

 スクリヴン伯爵の館に向かう1台の幌馬車があった。


 その幌には交易で有名なラッカム伯爵家を示す天秤と、その後ろには4枚の木の葉が中心からX字の方向に放射状に配置された家紋が描かれていた。


 それにしてもエイベルは実に器用だ。


 私がイメージした家紋を、いともたやすく幌に描いてくれたのだ。


 たったこれだけで今まで使っていた馬車が商人の馬車に見えるのだから、不思議な物である。


 馬車は宿屋を出て、そのままスクリヴン伯爵館に向かって走っていた。


 館に1つだけの門は開いていて、門の両側には武器を手にした門番が居て、自分達に向かってやって来る馬車を注視していた。


 エイベルが門の正面で馬車を止めると、門番は素早く動き幌に描かれている家紋をチェックしていた。


 それから馭者台に座るエイベルに声を掛けてきた。


「お前達はラッカム伯爵家の商人なのか?」

「私達はラッカム伯爵家ゆかりのマレット商会である。本日は伯爵殿に珍しいマジック・アイテムをご覧入れようと参った次第。早々に取り次ぎ願いたい」


 だが、そう簡単にはいかなかった。


 門番は詰め所からバインダーを取り出すと、そこに書いてあることを確かめているようだった。


「そんな予定は聞いてないぞ。伯爵様の了解の無い者は通すわけにはいかん」


 さて、ここからがエイベルの演技力が試される場面だ。


 するとエイベルは門番の男に手に持ったステッキの先端を突き付けると、堂々と言い放った。


 そしてその攻撃力は高く相手を打ちのめしていた。


「我々は伯爵殿の崇高な研究に少しでもお役に立てるように国中を走り回り、とても貴重なマジック・アイテムを持って来たのだぞ。これは貴族の間でも人気が高く奪い合いになっていると聞く。そんな貴重品を手に入れる機会を、お前の薄っぺらい自己保身のせいで失っても良いのか? 後でこの事実を知った伯爵様に叱責されても知らないぞ」


 エイベルに堂々と言い切られた門番は、明らかに挙動不審になっていた。


 きっと此処で追い返した時の譴責と、通した事による譴責のどちらがより被害が大きいのか考えているのだろう。


 そして逡巡すること数分、男の顔にうまい答えが見つかったようで、激しく動き回っていた目玉がぴたりと止まると、脇に居た部下に命令を伝えた。


「おい、こちらの商人をオーダムさんに会わせろ」 

「へい」


 オーダムという人物が何者なのかは分からないが、どうやら第一関門は無事通過出来たようだ。


 案内を任された兵士は、まっすぐ館の正面に鎮座する本館に向かって行ったが、途中からわき道にそれると別館の間を通り過ぎていった。


 そしてその先には石造りの平屋があった。


 どうやらあの建物に向かっているようだ。


 私の左手首の冒険者プレートの振動が更に強くなっていたので、どうやら緊急通報をした冒険者達もその建物に居るようで好都合だった。


 その建物の中はいかにも錬金術師の研究室といった感じで、棚には色々な薬草が種類別に収納されており、テーブルの上には薬瓶が散乱し錬金釜のような物まであった。


 そしてそこに1人の男がいた。


 その男は、酷い猫背で白髭を長く伸ばした老人だった。


 扉の横にある木製のコートハンガーに架けられている黒色のローブととんがり帽子を見て、魔法使いのイメージ通りで思わず吹き出しそうになっていた。


 その男に、ここまで案内してくれた兵士が話しかけた。


「オーダム様、珍しいマジック・アイテムを売りに来た商人を連れてきました」

「珍しいマジック・アイテムだと? そんなガラクタのために部外者を中に入れたのか?」


 そう言って、猫背の老人は白いもじゃもじゃの眉毛の下から僅かに見える目で私を睨みつけてきた。


 皺だらけの顔にある大きな鷲鼻と相まって、なかなかの迫力だ。


 だがここは3人の冒険者の命がかかっているので、迫力に負けるわけにはいかないのだ。


「あら? 見もせずにガラクタだと言い切るなんて、透視の力でもあるのかしら? それともマジック・アイテムが何かも知らない、ただの田舎者なの?」


 私がちょっと挑発すると効果は覿面だった。


 白い眉毛に隠れて見えなかった目をかっと見開くと、罵声を浴びせてきたのだ。


 あ、瞳の色は緑色でした。


「なんじゃとぉ、この生意気な小娘がぁ。そんなに言うなら見てやるわい。これでガラクタだったらタダで帰れるとは思うなよ」


 ええ、ええ、勿論ですとも。私も救援を待っている冒険者という手数料を貰うまでは帰れませんとも。


 それにしても沸点がやけに低いお爺ちゃんだこと。


 そのうち血圧が上がって、ぽっくり逝っちゃうんじゃないかしら?


「ええ、問題ありませんよ。では少し準備がありますので後ろの2人は中座させます」


 私はそう言うと、2人に合図した。


 エミーリア達は僅かに頷くと、手筈通り出て行った。


 その時エミーリアがエイベルの陰に隠れて、こちらに見えないようにこっそりと眠りの香炉を置いて行くのを見逃さなかった。


 後はこの男が眠りに落ちるまでの時間を稼ぐのが私の役割だ。


 せいぜい頑張ってみる事にしましょう。


 私はマジック・バッグの中から天秤の型をしたマジック・アイテムを取り出して、テーブルの上に置いた。


 これは王都のマジック・アイテム店で貴族買いをした物の一つだ。


「自己紹介がまだでしたね。初めまして、私はクラーラと言います。マレット商会の一員で、そしてこのマジック・アイテムですが、これは粉末や丸薬等の物質を鑑定出来る優れもので・・・」


 私は営業トークを行っていると、目の前のお爺ちゃんは何故か商品を見ようとせず、ずっと私の顔や胸を見ているのだ。


 白いもじゃもじゃの眉毛の下から僅かに見える目が、怪しげに光っていたりもした。


 そしてなんだが息遣いも荒くなったような気がしてきたような。


 すると、すうっと椅子から立ち上がると、そのままゆらゆらと私の方に寄って来た。


 何事だろうと様子を見ていると、お爺ちゃんが手を伸ばしてきて私の頬を両手で挟むと動かないように力を込めてきた。


 そしてそのまま顔が近づいて来て。


「ちょ、何をするんですか」


 私は座った椅子から片足を上げると、そのままお爺ちゃんの股間を蹴り上げていた。


 あああ、なんだかこの行動が常態化してきましたね。


 すっかり不良さんです。


 だが、その攻撃は何の効果ももたらさなかったのか、私に覆いかぶさってくるとそのまま押し倒されてしまった。


「え? ちょ、え?」


 萎びたお爺ちゃんだと思っていたが、意外と重く、しかも力があった。


 私は何とかこの下敷きの状態から抜け出そうと悪戦苦闘していると、お爺ちゃんが先程からブツブツ言っている言葉が耳にはいってきた。


 それは「私の女神様」とか「やっと出会えた儂の理想の美女」とか言っているようだった。


 これって、前にもどこかで・・・


 そこでやっと食獣植物に誘われた男達を思い出していた。


 でもどうして?


 ここにはアレは無いはずなのに。

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