第44話 深夜の発報

「ひゃぅ」


 私はベッドから跳ね起きると何が起こったのか分からず一瞬頭が真っ白になったが、やがて左手首の冒険者プレートが振動していることに気が付いた。


 それは隣で眠っていたエミーリアも同じだったようで、既に発報があった方角を調べている所だった。


「お嬢様、大体の方角は分かりました。町の東側です」


 どうして町中から緊急通報が入るの?


 緊急通報とは町の外で魔物や盗賊に襲撃され、助けが必要な時に発報されるんじゃないの?


 それにしても、どうしてこんなに頻繁に緊急通報を受信するの?


 この世界は一体どうなっているのよぉ。


 想定外の事態にちょっと毒づいていると、エミーリアが私をじっと見て指示を待っている事に気が付いた。


 そこで一つ大きく深呼吸して落ち着くと、この発報について考えてみた。


 まず、緊急通報を発報できるのは冒険者か一部の商人だ。


 そして商人は皆この宿屋で休んでいる。


 発報先が東側ということは商人でないことは確実だ。


 そこでようやく昼間、門の所で会った3人組の冒険者を思い出した。


 あの3人組は確か領主に会いに来たと言っていた。


 という事は、町の東側に領主の館があるということ?


 領主の館だと護衛も沢山いるはずで、事前に準備して上手く立ち回らないと飛んで火にいる夏の虫になってしまう。


 そうなったら他に助けに来てくれる冒険者は居ないのだ。


「調べてみましょうか?」


 私が悩んでいるのを慮ったエミーリアがそう提案してきた。


 だが、うら若き女性をこんな深夜に外に出すわけにはいかない。


 そこでエイベルはどうしているのかと思い当たった。


「そうね、でも貴女は駄目よ。ここはエイベルに任せましょう」

「畏まりました。では叩き起こして命令を伝えてまいります。大体、緊急通報が入っているのにグースカ寝ているなんて信じられません」


 そう言うとエミーリアが部屋を出て、エイベルの部屋のドアを派手に叩いている音が聞えてきた。


 エイベルが調べに行って暫く経つが、左手首の冒険者プレートは相変わらず振動していて、発報者がまだ生存している事を示していた。


 やがてエイベルが偵察から帰ってきた。


 彼の報告によれば、緊急通報が発報されている場所は、やはり伯爵家の敷地内で間違いないらしい。


 こうなってくると緊急通報を発報したのは、十中八九門で見かけた3人の冒険者で間違いないようだ。


 そして、この町には私達以外冒険者は居ない。


「はぁぁぁぁぁ」


 私は思いっきり息を吐きだすと、覚悟を決める事にした。


「エミーリア、エイベル、恐らくそこに居るのは昼間会った冒険者達よ。そしてこの町に居る冒険者は私達だけのようね」

「「はい」」


 そう答えた2人の顔には、どうしたいのか全く表情に現れていなかった。


 恐らくは私の判断に従うという意味なのだろう。


「では、助けに行きますよ」


 私がそう宣言すると、2人の能面のような顔にやる気と言う物が満ちてくるのが分かった。


 貴方達のやる気ス〇ッチはそこにあったのね。


「「はいっ」」



 スクリヴン伯爵館は、その広い敷地を囲うように石壁が張り巡らされていて、町を囲う板張りとは雲泥の差だった。


 昼間店主に聞いた不老不死の薬をここで研究しているのなら、この厳重な壁も納得だった。


 こうなってくると中の警備も厳重なんだろうと想像がついた。


 そしてもっと厄介なのが、館へ入るに入口が西側にある正門しか無いという事だ。


 侵入口がここしか無いという事は、入ればすぐに見つかってしまう事を意味していた。


 しかも今は深夜という事もあり閉じられていた。


 念のため忍び込める場所がないか館の周りを1周してみたのだが、壁の裂け目も秘密の扉も無くお手上げだった。


 こうなったら昼間堂々と中に入るのが早道だろう。


 宿に戻ってくると、早速作戦会議を開くことにした。


 それと言うのも早朝屋敷に行くとすれば、その前に準備をしておく必要があったからだ。


 それに左手首の冒険者プレートが振動しているから眠れそうもないしね。


「お嬢、それでどうやって辺境伯館に入るんで?」

「そうですよ、お嬢様。あの要塞のような館に潜入するのは大変そうですが?」


 2人が心配そうな顔でこちらを見て来るのを、手で制して私が考えた案を2人に提示した。


「商人に化けて中に入ります。ここはそうですね。イブリン様の実家の名前を使わせてもらいましょう」

「と言うと、交易で有名なラッカム伯爵家の名前を勝手に使うんですかい?」

「ちょっとエイベル、その言い方だと、私が人を騙すために勝手に他人の名前を使うように聞こえますよ。ここはラッカム伯爵家と少なからず関係のある商人を装うのです」


 バーボネラ王国一の交易都市を領都に持つラッカム伯爵家は、家を継がない兄弟姉妹は他家の者が騎士団等を目指すのに比べ、商人になって財を成すことを目指す珍しい家だった。


 実際、幾つもの商会がラッカム伯爵家を源流としていた。


 そしてラッカム伯爵家は、外国との交易を手広く行っていて物珍しい商品等も沢山取り扱っていることから、その商人がいきなりやって来ても門前払いをする貴族は殆ど居ないという事実があった。


「いい、今から私達は商人よ、そしてエイベルはネイトと名乗りなさい。エミーリアはカーラね。そして私はクラーラと名乗るから」

「それってあの時の」

「そうよ、どうせ一度名乗ったのだから、最後まで使わせてもらいましょう」


 それはブレスコット辺境伯領で兵士をしているネイト・マレットと、その妻カーラと娘クラーラの名前をちょっと借りるのだ。


 エイベルに教えてもらったが、ミッシュという辺境伯領の町にクレメンタインのミドルネームの元となったジェマ・ブレスコットの事を調べに行った時に、護衛として付いてきてくれたようだ。


 そして今から私達はマレット商会という架空のラッカム伯爵家に少なからず縁のある商会の社員で、珍しいマジック・アイテムを売りに来たという設定で伯爵家に正面から入って行くのだ。


 そして私が伯爵の注意を引いている間に、2人が冒険者の行方を探るという作戦だ。


 エイベルには荷馬車の幌に、ラッカム家ゆかりと分かるように家紋を描いてもらうことにした。

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