第43話 コロンバ

 街道を左に曲がりスクリヴン伯爵の領地に入ってから、ガタガタ道を進んでいた。


 それにしても交易に潤っている領にしては、何故道路を整備しないのだろうと不思議に思っていた。


 商人に来て欲しいのなら、道を整備するのは基本なのではないの?


 だが、実際は王都から出てきて最悪の道路状態だった。


 早いとこ町に辿り着かなければ、私のお尻が心配だった。


 ようやく目の前には、町の城壁と思しきものが見えてきた。


 それは王都で見た石造りの頑丈な壁ではなく木製だった。


 野営で出会った行商人の話では、スクリヴン伯爵領には魔物が出ないと言っていたので、このような簡単な壁でも十分なのだろう。


 そして壁の前までやって来ると、そこには日本の戦国時代にあった空堀のような窪みが壁の前をぐるりと巡っていた。


 門の前の空堀の上には木製の橋が渡されており、城門は空堀の内側にあった。


 そこには観音開きの門が開いており、暇そうにしている門番達が私達の方をじっと見ていた。


 どうして分かるかと言うと、町に入る人間が私達だけだったからだ。


 他に誰も居ないというのは何だが不安になるもので、もしかして今日は来てはいけない日だったのかとちょっと焦っていた。


 だが、そんな心配は皆無のようで、門番の兵士は私達がなかなか中に入ってこようとしないのに痺れを切らしたのか、手招きを始めていた。


「おい、早く来い」


 どうやら通行止めではないらしいので、馬車から降りて門番の所に行き冒険者プレートを見せた。


 そのプレートを見た兵士は一瞬目を見張ったが、直ぐに私の顔をまじまじと見てきた。


「お前達が領主様に呼ばれた冒険者なのか?」


 おや、誰だか知りませんが、私達とは違う冒険者が領主に呼ばれているようですね。


 間違われて領主館に連れて行かれるのも困るので、私達では無いと否定しておきましょう。


 ついでに、宿と市場の場所を教えて貰うことにしましょうか。


 宿や市場は、道をまっすぐ入って行けば簡単に分かるとのことだった。


 どうやらあまり大きな街ではないようだ。


 門番は町中に入ろうとすると私達を再び呼び止めると、本当に領主に呼ばれた冒険者じゃないのかと聞いてきた。


 その兵士が何故そこまでしつこく聞くのか分からなかったが、違うときっぱりと答えた。


 それでも領主館に挨拶に行けと言われていると、後ろから他の訪問者が来たようだった。


「おい、早くしてくれ。こちらは領主様に呼ばれて来たんだぞ」


 私が振り返ると、そこには3人の冒険者が居た。


 声を上げたのは、黒髪のがっちりした体形の男で腰に剣を差していた。


 他の2人は、1人がひょろりとした男で黒色のローブを着ていることから魔法使いのようだ。


 フードからちらりと覗く髪の毛は金色で、青い目をしていた。


 そして最後の一人はふくよかな女性で、茶髪に黒い瞳をしており、背中に戦斧を背負っていた。


 そして髪の毛を、クリーム色のリボンで結んでいた。


 門番の兵士はその3人組を見て、喜色を現していた。


 そして用は済んだとばかりに、私に向けて手を振って追いやる仕草をしてきた。


 行っていいという事なので、私達はそのまま門を抜けると町中に入って行った。


 コロンバという町は、寂れた地方都市といった感じで道に人は歩いておらず、商店も閉まったままの店が散見された。


 そして開いている店も、客がおらず店主も暇そうにしていた。


 だが、この町の特産品ともいうべきたばこと香料の販売店は真逆で、取引に来た商人達が店主と値段交渉でもしているのか、身振り手振りを交えて何やら熱いバトルを展開していた。


 そして私達が向かった先は、商人風の男が買い物をしている店だ。


 この町に買付に来るような商人なら、贔屓にしている店があると踏んだからだ。


 そういう店なら外れないだろうという、高月瑞希の知識を元にしていた。


 店に着くと、丁度商人が買い物を終えて店を出て行くところだった。


 店主は直ぐにこちらに気付き、笑顔で対応してくれた。


「へい、いらっしゃい。保存食だね。うちはいろいろ揃えているから気軽に見ていってね」


 店の商品は、干し肉や乾燥野菜等おなじみの物が沢山あり、王都から出てここまでの旅程で消費した食材を購入した。


 そして特産品もあるのに、何故この領はこんなにも貧しく見えるのか質問してみる事にした。


「ご主人、この町にはたばこと香料を買いに来る商人も多いのに、他の店が閑散としているのはどうしてなの?」


 私がそう尋ねると、それまで笑顔だった店主は急に深刻そうな顔に変わり黙り込んでしまった。


 これはまずい質問をしたのではないかと後悔を始めたところで、店主は小声でそっと教えてくれた。


「ここの領主様は、昔は領民思いの良いお人だったんだが、何でも不老不死の妙薬を作ると言い出して莫大な金をつぎ込み始めたんだ。おかげで、俺達にかかる税金も天井知らずでな、誰も物を買えないんだよ」


 なんと、ここの領主は領民思いの良い人ではなく、とんでもない浪費家だったということなの?


 いや、待って、そう言えば大昔の中国を統一した皇帝も、不老不死の薬を追い求めていたわね。


 結局は体に毒な水銀を服用して亡くなってしまったけど。


 もし、現代の日本に不老不死の薬があれば、世界中の金持ちが薬を求めてやって来そう。


 宇宙に僅かな時間行くだけで、莫大な金を払うような人達なのだ。


 きっと全財産をつぎ込んでも欲しがるだろう。


 そう考えると、スクリヴン伯爵という人物は先進的なのかもしれなかった。


 所詮貴族にとって平民の命など空気よりも軽いのだから。


 買い物を終えると、この町にある宿屋に泊まる事にした。


 案の定というか、宿屋の利用客は私達を除くと全て商人だった。


 そのせいか、併設された食堂で夕食を食べていると、物珍しい冒険者を一目見ようと商人達が集まってきた。


 そして私の左手首を見て、数人の商人が似たような物を見せてきて、これが商業ギルドで委託金を支払うと契約できるプレートだと教えてくれた。


 そう言えば冒険者ギルドで、緊急通報の機能を商人に使わせていると言っていたが、どうやらこれがそうらしい。


 商人達の中には冒険者に助けてもらった人もいるらしく、私達にとても好意的で、料理やら酒をご馳走して貰った。


 そしてその夜、宿屋の部屋で眠っていると突然緊急通報を受信した。

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