第40話 行商人との野営

 私達の馬車は、二股道を左に曲がりスクリヴン伯爵領に向けて進んでいた。


 伯爵領へ行く道は余り整備されておらず、馬車が揺れるたびに舌を噛みそうになっていた。


 そして最も被害が大きいのはお尻で、そろそろ皮がむけるのではないかと心配になってきたところで、私の惨状に気が付いたエミーリアがエイベルの背中を叩き馬車を止めさせてくれた。


 私が馬車から降りるとそこは丁度馬車寄せとなっており、竈を作る場所や水場があった。


 少し早いが今日はここで野営をすることにして、またエイベルが竈を作り、エミーリアが薪を拾い私が馬車で待機というおかしな役割分担が行われ、スープが出来上がったところで私は馬車から降りて行った。


 野営における保存食の定番は、干し肉に乾燥野菜それに固パンだ。


 今回は炒り豆も用意していた。


 エミーリアはそれらをうまく組み合わせて、飽きが来ないように調理してくれていた。


 そして3人で食事をしていると、スクリヴン伯爵領から行商人の荷馬車がやって来て私達の馬車の隣に止めてきた。


 この馬車寄せは公共の施設なので、利用者はお互いを尊重しながら場所を共有することになっている。


 荷馬車から降りてきた商人はまだ若い男性で、行商を始めたばかりといった初々しさがあった。


 その恰好はカウボーイのようなベストを着て、腰にタオルを巻き、頭にはターバンを巻いていた。


 そして顔には口ひげがあり、手には長い煙管のようなものを持っていた。


「あのう、商人の方ですか?」

「いいえ、冒険者です」

「え、そうだったのですか。てっきり・・・」


 そう言うと私の顔をじっと見つめてきたので、今マスクとゴーグルを外している事を今更ながら気づいていた。


 まずい、バレたか?


 そう思ったところで、それが勘違いであることをその商人が教えてくれた。


「すみません。商人の娘さんにしか見えなかったもので」


 それを聞いた私はほっと一安心した。


 そして使い終わった竈を貸して欲しいと言われたので、快く貸してあげる事にした。


 日本で行商と言えば、江戸時代とかだと富山の薬売りとかガマの油売りというのがあったようだが、この世界はどうなのだろう?


 同じ釜を使った仲なので聞いてみる事にした。


 うん、同じ釜の飯じゃないかって?


 そんな細かい事はどうでもいいのよ。


 彼の場合は、幾つかの町を巡る行商をしており、Aで仕入れた物をBで売り、Bで仕入れた物をCで売るというやり方のようだ。


 これは彼の師匠が行っていたもので、師匠に弟子入りして暫くは師匠と一緒に行商をしていたが、その師匠が店を持って定住したので、その商権を買い取ったそうだ。


 そして行商人は商業ギルドに口座を持っていて、貴族が魔力手形を使うのと同じように信用状を発行して貰ってそれを現金の代わりにするそうだ。


 この信用状は商業ギルドに行かないと現金化出来ないので、盗賊対策にもなっているそうだ。


 彼はスクリヴン伯爵領の領都コロンバで金属製品を売って、たばこと香料を仕入れてきたそうだ。


 なんでもスクリヴン伯爵領では、領内に鍛冶師が居ないので、包丁や鍋等の調理道具や鎌や鍬等の農機具等が良く売れるそうだ。


 そして領主の方針でたばこと香料の生産が推奨されているらしく、それらを他領で高く売るのだとか。


 そこで父親から聞いている領内の経営を、クレメンタインの記憶から探ってみた。


 ブレスコット辺境伯領は帝国との紛争が頻繁に発生しているので、武器、防具の需要が高く、そうすると修理等の鍛冶仕事も大量にあることから、それを見越して国中から鍛冶師が集まってくる。


 そして技術者が集まると競争が生まれ、より良い製品や副産物も産み出されるのだ。そしてそれを買いに商人がやって来ると金も動くのだ。


 そんな商人の中に、王都でお世話になったイーノック・ラティマーの商会も含まれていた。


 それから当然戦闘で怪我を負うので薬や治癒術師も沢山いるので、その薬を目当てに怪我や病気で引退した貴族も集まるのだ。


 そう言えば療養に使っている温泉もあったっけ。


 おかげで辺境伯領は人、モノ、カネが動いているので経済は好調だった。


 それがこのスクリヴン伯爵領ではたばこと香料という事で、領内の経済対策をするなかなか先進的な領主のようだ。


「それにしてもスクリヴン伯爵領に冒険者が行くなんて、もしかして、あの領地でも村が襲われているのかい?」


 行商人はそう言って、顔色を悪くしていた。


 事情が全く分からないので、そこら辺の事情を行商人に詳しく聞かせてもらうことにした。


 こんな時は若い女性というのは、相手が男であればちょっと困った顔をするだけで色々と教えてもらえるので便利だった。


 まずスクリヴン伯爵領だが、ここは素材が取れる魔物や薬草が殆ど無いらしく冒険者が寄り付かないのだそうだ。


 これはスクリヴン伯爵領に入って何か質問されたら、うまい受け答えを考えていた方がよさそうね。


 そして村が襲われているというのは、最近あちこちの領で村が何者かに襲われて村人が殺されているそうだ。


 盗賊が村を襲う事はあっても、村人を殺してはそこから齎される金や食料が手に入らなくなるので、普通盗賊は村人を殺さないらしい。


 彼らが襲って殺すのは、街道を走る商人の馬車の方だ。


 そちらは生き残りが居ると直ぐに討伐隊がやって来るので、盗賊としても殺さざるを得ないかららしい。


 しかし、最近は商人も冒険者プレートを持っていて緊急通報を使うので、盗賊による被害も少なくなってきているそうだ。


 そんな理由から、村が襲われるのが不自然なのだとか。


 確かブレスコット辺境伯領で軍が常駐しているのは、領都バタールの駐屯地とルヴァン大森林との境にあるバトゥーラ要塞だけだ。


 それ以外の場所では自警団が編成されていて、魔物や盗賊から自分達の身を守っている。


 その中で盗賊に襲われたという話は聞いた事が無かった。


 それでも村が襲われたというのなら、きっと辺境伯領ならバタールから討伐軍が編成されるだろう。


「領主様は討伐軍を出さないのですか?」


 私は素朴な疑問を口にしていた。


「領主様が動いてくれるのは、ブレスコット辺境伯様やラッカム伯爵様等限られた領主様だけさ。他の領主は我関せずというのが殆どだね」


 え? そうだったの。


 という事は、お父様はきちんと領主の仕事というものを熟していたのですね。


 流石です。


 そろそろ休む時間になってきたので、早速マジック・アイテム店で買った特定空間に防御結界を張るマジック・アイテムを起動させることにした。


 店員の話では、これは「安眠空間」という防壁魔法だそうだ。


 なんでも、あのA級冒険者アビーが作り出した魔法の一つなのだとか。


 魔石を必要とするが、この中に入っていれば大抵の攻撃は防ぐことが出来る優れものだ。


 それにしても私にはぴったりな名前だけど、なんで安眠空間なのだろうという疑問は残った。


 いずれにしろこれでマントをハンモックとして使っても、襲撃を心配せず安心して眠ることが出来るのだ。


 ごつごつと固い地面に体が痛くなったり、馬車で縮こまって筋肉が硬くなる事も無く、体を伸ばして爽やかな朝を迎えることが出来るのは最高なのだ。


 せっかくだから2人もどうかと誘ったのだけれど、2人とも火の番がありますからと断られた。


 全くこの良さを分かろうとしないなんて、朴念仁にも程があるわね。

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