第39話 急がば回れ

 王都冒険者門を出て暫く馬車に揺られていると、またあのゲーム補正のテロップ「帰りの馬車を何者かに襲われて死亡する」というフレーズが頭の中で繰り返していた。


 今乗っている馬車に家紋は付いていない。


 という事は、辺境伯令嬢として暗殺者に襲撃される危険はないが、逆に言うと平民を襲う盗賊等からは恰好の標的なのではないか?


 町の人や野営で一緒になった行商人の話では、盗賊は金目の物の他、女子供を奴隷として売り払うという事だった。


 そう考えると、私やエミーリアも明日にはどこかの娼館に売られているかもしれないのだ。


 そう思うと急に怖くなってきた私は、馭者台にいるエイベルに周囲に盗賊の気配が無いか尋ねていた。


 だが、エイベルは至って呑気だった。


「お嬢、どうしました? 天気は上々、道程は順調そのものですよ?」


 ゲーム補正は突然やって来るのよ。


 例え順調に見えても、何か罠があるかもしれないので安心はできなかった。


「この先の道はどうなっているの?」


 私がそう尋ねると、エイベルは尻ポケットから何やら折りたたんだ紙を取り出してそれを広げて見ていたが、直ぐに返事を返してきた。


「ターラント子爵領に行くにはグロシン伯爵領を通過して行くことになるので、次の二股を右に曲がります」


 そこで興味が湧いたので何を見ているのか質問すると、ラティマー商会が自身の交易ルートを記載した地図とのことだった。


 なんでも門外不出の地図なのだが、頼み込んで特別に譲り受けたんだとか。


 ラティマーさん、感謝です。


 そこで先程言っていた事を思い出した。


「ところで、左に曲がるとどうなるの?」

「左だとスクリヴン伯爵領ですから遠回りですよ」


 クレメンタインの記憶ではグロシン伯爵は第一王子派だが、スクリヴン伯爵という人物に心当たりは無かった。


 少なくとも第一王子派の人達から、その名前を聞いたことは無かった。


 ゲーム補正を抜きにしても、素直にグロシン伯爵領に入るのは拙いような気がした。


「エイベル、左に曲がってちょうだい」

「え、左ですかい? スクリヴン伯爵と知り合いでしたか?」

「そんな訳無いでしょう。敵の裏をかくのよ」

「敵って、第一王子の事ですかい?」

「色々よ」


 エミーリアやエイベルに、私がこのゲームのエンディングを話しても理解してもらえるとは思えない。


 そして私がミッシュ山脈で気を失った後の事をエミーリアから聞いた限りでは、私が気を失うと元々のクレメンタインの性格が表面に出てくるらしい。


 2人は卒業パーティーから帰ってきた私が本当にクレメンタインなのか疑っていたようだが、ミッシュ山脈で素のクレメンタインが表に現れたので、今は疑念も払拭されているようだ。


 いや、ほんと、偽物でごめんなさい。


 +++++


 ここは石で出来た地下室だった。


 部屋の中は、色々な実験道具が置かれその中央には石で出来た長方形の台座が3つあり、その上には裸にされた男女が拘束されていた。


 2人とも顔色は青く、これから何が始まるのかと恐怖にかられカタカタと震えていた。


 2人を冷たく見下ろしているのは、黒髪に切れ長の眉こけた頬をした顔色の悪い初老の男と、ひどい猫背の小男で黒いとんがり帽子に黒マントという如何にも魔術師といった服装をした頬のこけた白い髭を長く伸ばした老人だ。


 その後ろには、奴隷の首輪を付けたガリガリに痩せた男が2人控えていた。


「オーダム、今度は期待できるのだろうな?」


 黒髪の顔色の悪い男が、酷い猫背の老人にそう尋ねた。


「不老不死とは、体内の生命力を大きく高めることにより実現されますじゃ。人は年を取るとこの生命力が低下してきますが、この吸命虫から得られる命玉を体内に取り込めば、そこから生命力を得て、再び若々しい体を取り戻すことが出来ますのじゃ」

「おお、素晴らしいぞ。では早速実験を始めよう。おい」


 黒髪の顔色の悪い男が声を掛けると後ろに控えていた奴隷達が立ち上がり、石のテーブルに括り付けられた男女に近づいて行った。


 その姿を震えながら見ていた2人は口々に命乞いを始めた。


「は、伯爵様お願いです。どうか、ご勘弁を」

「家には子供達が居るのです。どうかご慈悲を」


 だがその声もむなしく、奴隷達は2人の口の中に両手を入れるとそのまま力を込めて、大きく開かせていた。


 そしてオーダムと呼ばれた男は、その口の中に親指程の虫を入れて行った。


 その光景を満足そうな顔で見ていた黒髪の顔色の悪い男は、2人に目を向けると口を開いた。


「お前達は、私に買われた実験体だ。この実験が成功すれば私の名は世界に轟くだろう。お前達も実験に協力した者として名誉が与えられるのだぞ。誇らしく思うのだな」


 数日後、黒髪の顔色の悪い男が部屋にやって来ると、そこには変わり果てた実験体の姿があった。


 オーダムの話では、吸命虫の食事に実験体が耐えられず発狂したのだという。


 やはり体力があり、精神力も強い者でないと実験体は務まらない。


 そこでオーダムから冒険者を実験体にする案が出された。


 だが、伯爵領には冒険者が好んでやって来るようなクエストがなかった。


 そこで2人は一計を案じた。


 クエストが無いのなら作ればいいのだ。


 そして高額報酬でおびき寄せることにした。

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