第2章 逃げる令嬢追うフラグ
第38話 スパム
「きゃっ」
王都の冒険者門を出て南西方向にあるターラント子爵領に向け暫く走っていた頃、突然左手首の冒険者プレートが振動したので思わず声が漏れてしまった。
慌てて左手の冒険者プレートを見ると、普段は黒い線になっている部分が緊急通報を受信して黄色に変わっていた。
緊急通報を受けたのは当然私だけではなく、馭者台からはエイベルの「うぉ」という声が聞えてきた。
だが、エミーリアは全くの無反応で、信号を受信していないのではないかと勘繰った程だ。
すわ、誰かが襲われているのかと一瞬思ったが、ちょっと待ってほしい。
まだ王都を出て幾らも経っていないのに緊急通報が入る事自体おかしくない?
これはそう、あれよ、あれ。
携帯とかインターネットとかの契約をしたら、直ぐに山のように訳の分からないメールが大量に届くやつよ。
開いたらウィルスに感染するとか、いきなり金を請求されるとかいうやつね。
誰かが、不慣れな初心者を騙そうとする悪巧みではないの?
それに今私は馬車に乗っているのだ。
ファン・ステージの私の最後を予言する、あのテロップが頭の中を過って行くのだ。
これは間違いなくゲーム補正がかかった罠だ。
助けに行った途端、山賊が現れて殺されるか娼館に売られてしまうに違いないのだ。
それに仮にこの発報が本物だったとしても、この辺りなら他にも救援に行ける冒険者はいるのだから、私達が行かなくても救援は望めるはずだ。
だが、目の前のエミーリアはちょっと心配そうな顔で、自分の冒険者プレートと私の顔をちらちら見ている。
これは何としてでも、エミーリアが一番納得する形で救援要請を拒否しなければならない。
私はじっとエミーリアの目を見つめて、これから如何にも重大な話があるという雰囲気を作り出した。
「エミーリア」
「はい」
「私は誰?」
「ブレスコット辺境伯家のご令嬢クレメンタイン様です」
私がそう聞くと、一瞬の迷いも無く言い切ってきた。
流石、専属メイドである。
「そう、私は高位貴族の令嬢なのよ。私が下賤の者達をわざわざ助ける必要は無いのです。いいですね?」
私は「いいですね」の部分を強調するように語気を強めて、それがいかにも正しい事と思わせるようにした。
するとエミーリアの顔にもその意味が伝わったようで、不安げな表情が一瞬で消えとてもすっきりした表情に変わっていた。
「あ、はい。下賤の者等、お嬢様にとっては地面を這いつくばる虫けら同然です。当然ですね」
「・・・」
なんだろう、誤魔化すことに成功したのにこの嬉しくない気持ちは。
エミーリアは馭者台に居るエイベルに「虫けらを助ける義理はありません。懐かしき我が家がある領都バタールに向けて、とっとと進むのですよ」と声を掛けていた。
+++++
「あの女郎、緊急通報を無視しやがった」
そう言って憤るのは「竜の逆鱗」のイライジャだ。
竜の逆鱗のメンバーは、ここで罠を張って標的をおびき寄せるためタイミングを見計らって緊急通報を発報したのだが、それを完璧に無視されたのだ。
おかげでせっかく用意した罠が台無しだった。
イラついたイライジャは、自分で作った罠を蹴り飛ばして鬱憤を晴らしていた。
それを可笑しそうに見ていたバーニーは、イライジャを慰めてやる事にした。
「なあイライジャ、相手が俺達平民をゴミ虫と思っているのが分かっただけでも儲けものじゃないか。これで心置きなく殺れるだろう?」
「・・・それはそうだが」
「お前もだぞ、ドム。これで分かっただろう。あの女がお前をあの食獣魔樹の幻覚から助けてくれたのは、あくまでもクエスト達成のためであってお前のためじゃない事が」
そう言われたドムはとても嫌そうな顔をしていたが、それは信じていたものに裏切られたという感情から来るもののようだった。
「ああ、分かったよ」
それでも何となく釈然としないドムに、更にもう一言言ってやる事にした。
「相手が心優しいお貴族様なら苦しまないように一思いに殺っちまうが、相手が人でなしなら、裸にひん剥いてたっぷり思い知らせてから殺れるだろう?」
「おお、それはいいな。俺も乗らせてもらうぜ。お貴族様の高慢ちきな鼻っ柱をへし折ってやるのは楽しそうだ」
バーニーがドムを納得させるために言った言葉に、反応したのはイライジャだった。
そこに情報収集に行っていたデズモンドが息せき切ってやってきた。
「おおい、もう殺っちまったのか?」
「いいや、あのお嬢様は平民の命なんぞ虫けら以下だと思っているようで、無視して行っちまったよ」
それを聞いたデズモンドは、ほっと胸をなでおろしていた。
「そいつは良かった」
イライジャはその一言にカチンときたようで、直ぐに反発していた。
「何がいいもんか」
だが、デズモンドはイライジャの言葉を無視していた。
「いや、今朝から騎士団が動いているんでようやく情報が入ったんだが、どうやらあのお嬢さん、ブレスコットの身内らしい」
「ブレスコットというとあの?」
「ああ、王国に侵攻してきた帝国軍を、さんざ打ち負かしたあのブレスコットだよ」
「げ、そいつは拙いぞ。あんな奴に睨まれたら、命がいくつ有っても足りゃあしねえ」
「成程、道理で見事な蹴りだったぜ」
それを聞いた途端、イライジャの顔色が青くなった。
どうやらブレスコットと関わった後の自分の未来を想像したようだが、だがドムは別の反応をしていた。
「じゃあ、どうすんだ? 殺っても、逃げても駄目じゃ、進退窮まったぞ」
「いや、まだある。良いか、俺達の仕業だと思われなければいいんだ。手ならある」
「でも、あいつ等が何処に行ったのか分からないぜ」
「それなら分かるさ。ちょっとは頭を働かせろ、何故貴族令嬢が冒険者なんかに身を落としているか考えれば分かるだろう?」
バーニーがそう言うと、他の3人が考え込んでいた。
そしてイライジャが何か思いついたようで、独り言のようにポツリといった。
「・・・もしかしてツォップ洞窟か?」
「ああ、ブレスコット辺境伯領に帰るとしたら、普通ならルスィコット街道を通るだろう? それをざわざわ冒険者になったのなら他に考えられねえだろ。分かったら、フィセルに向かうぞ」
「うん、フィセル? ターラント子爵領の? なんで?」
全くこいつ等の頭の中には脳みそが詰まっているのかと、本気で疑ってしまうぞ。
「馬鹿野郎、あれだけ用意周到なお嬢さんだ。なんの下準備も無しにツォップ洞窟に入ると思うか?」
そこまで言われると皆ピンと来たようだった。
「そうか、まずはフィセルの冒険者ギルドで情報収集をするという事か」
「分かったなら、先を急ぐぞ、あいつ等より先に到着しなくちゃならねえ」
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