第37話 昔の恩義
ウィッカムは、自身が騎士団から連れてきた兵を連れて指示された家に急いでいた。
それと言うのも、今朝捕縛隊が集合していた場所にベン・キルナーがやって来てどこで聞きつけたのか、あの男は俺達が受けた命令を横取りするなと言ってきたのだ。
おかげで随分と時間を浪費していた。
ウィッカム自身は、捕縛隊の最後尾にある護送馬車を見た。
こうなってくると、あの護送馬車の足の遅さに苛立ちを感じてきた。
周囲は既に明るくなってきており、当初の予定だった未明に寝込みを襲う案が崩れていたのだ。
南門を出発し指定された家に向かっていると、既に通りには人の姿がちらほらと散見されるようになっていて、捕縛隊の姿を見つけると何が始まるのかと興味深げな視線を送ってきた。
ようやくたどり着いた建物は、3階建てで1階部分には跳ね上げ式の大きな扉がありしっかりと閉まっていた。
そして2階と3階の窓も全て鎧戸が閉じていて、中の住民がまだ就寝中であることを示していた。
どうやら行き掛けにトラブルはあったが、何とか間に合ったようでほっと胸を撫でおろした。
偵察に差し向けていた兵士が戻ってくると、この家には出入口はあの大きな跳ね上げ式の扉しかなく、裏手に勝手口も無いという事だった。
隠れ家に使うには脱出路が1つしか無いというのは随分と不用心だと思ったが、捕まえる側からすると好都合だった。
手順通り裏手に数人送り、万が一にも窓から飛び降りて逃げようとしても捕まえられるように手配すると、残り全員を家の正面側に配置していった。
家の正面に跳ね上げ式の扉は丈夫な木で作られており、打ち破るのは骨が折れそうだが、こちらには日頃から鍛えている兵士達が揃っているのだ。
大槌を持った兵士達が正面に集まり、私からの指示を待っていた。
周囲は完全に包囲してあり蟻の這い出る隙も無い状態にある事を確かめると、ウィッカムはニヤリと口角を上げた。
そして標的の捕獲に成功した後の自分の昇進について考えていた。
やがて準備が整うと、合図を待っていた兵士達に大きく頷いた。
「やれ」
ウィッカムの合図に合わせて、大槌を持った兵士達が一斉に跳ね上げ式の扉に襲い掛かり、その扉に手にした大槌を振り下ろしていった。
「ドシン」
兵士達が持った大槌が扉にぶつかると、物凄い音が響き渡った。
その腹の底に響くような音は、ウィッカムに勝利を齎す福音のように聞こえていた。
やがて堅牢な木製の扉は無残に破壊された姿に変わり、その破壊された跡から僅かに中の様子が伺えるようになった。
その時点で大槌の立てる轟音に周りの民家の住民が起き出しては、何事かと扉を開けてこちらの様子を窺っていたが、どういう訳かこの家の住民にはそれをする様子が無かった。
本来であればこの時点でおかしいと気づくはずなのだが、ウィッカムにはそれが部屋の隅で震えているのだろうと考えていた。
ようやく人が入れるくらいに扉を破壊することが出来ると、直ぐに突入を命じていた。
ウィッカムの後ろに控えていた兵士達が一斉に家の中になだれ込むと、中から周囲の捜索をする声や上階に上がる足音が聞えてきた。
やがて2階の鎧戸が開けられ、そこから兵士が顔を出すと眼下のウィッカムに向けて大声で報告してきた。
「2階に人は居ません」
それはそうだろう、寝込みを襲ったのだ。
居るとしたら3階の個室の方だろう。
だが、3階は個室で全ての扉が施錠されているようで、ぶち破るのに時間がかかっているようだった。
ウィッカムは3階の個室の扉をぶち破る音を聞きながら、今朝すれ違った馬車を思い返していた。
その馬車には冒険者が乗っていて、道をすれ違う際にどちらが先かで揉めると思っていたのだが、意外にも馭者台に乗った男は自身の馬車を脇に止め、こちらに先に行けと手で合図してきたのだ。
我が強い冒険者にしては随分と物分かりの良い男だったので逆に疑いを持ったのだが、今朝はベン・キルナーのせいで時間が押していたこともあり、先を急ぐことにしたのだ。
脇を通り過ぎる時、相手の男を見ると、そいつはウィッカムも見た事があり、門を通過する時にいつも警備隊のベン・キルナーと雑談している奴だった。
シルクハットを被ったその男が魔物と戦えるのかと疑問を抱いたが、冒険者の中にはポーターという運搬専門の職業もあると聞いていたので、恐らくはそんな冒険者なのだろうと思っていた。
荷台には他に2人居たが、1人は赤いローブに包まっていて黒いマスクと変なゴーグルをした髪の長い奴で、もう一人は頭から黒いローブをすっぽりと被っていた。
南門であの手のローブを着た奴を何人か見たが、大抵は魔法使いでローブを脱いで顔を見せろと言うと直ぐ口論になり、拗れると魔法弾を撃ってくる非常に厄介な連中だった。
時間が無い時にあんな奴らと関わって任務に支障をきたすわけにはいかないので、見なかったことにしたのだ。
すると3階の鎧戸が開き、兵士が顔を覗かせた。
「隊長、3階にも誰もおりません」
なんだと、そんなはずはない。
そこで一瞬はっとなり、兵士に建物の裏側を見張っている者に使いを走らせた。
まさかとは思うが、裏手に抜け道が無いとも言えないのだ。
結果は、誰も見ていないという残念なものだった。
ウィッカムの脳裏には、再びあの冒険者の顔が浮かんでいた。
だが、それを認めてしまうと、自分のミスになってしまうので直ぐに忘れる事にした。
+++++
私達が乗った馬車が冒険者門に向けて走っていると、こちらに向かってやって来る騎士団が見えた。
こんな早朝にしかも平民街を一体どこに行くのだろうと興味も湧いたが、それよりも今はこの町を出て行くことの方が重要だった。
それというのも昨日は父親の名前で大量のマジック・アイテムを購入したので、直ぐに私の事がバレると思ったからだ。
騎士団とすれ違う時、馬に乗った指揮官らしき男がじっとこちらを見てきたので一瞬息を止めてしまったが、幸いにも何も言われずにすれ違った。
馬車が冒険者門に到着すると、いつの間にか仲良くなった兵士が出てきた。
「今朝も早いな。今日は何処に行くんだ?」
「いつもの南の森ですよ」
追手があの家に向かったのなら、誰も居ない家を見て必ずこの門に来るだろう。
そして門番にどこに行ったのか尋ねるはずだ。
その時の用心のため、行き先を偽っておけば時間稼ぎにはなるだろう。
「ああ、もうアレは取って来るなよ」
そう言って兵士は鼻を摘まむ仕草をしていた。
私は笑いながらそれに答えていた。
「日々学習しているのです。同じ過ちは犯しませんよ」
私は門を通過する時、この門を利用するのがこれで最後だったので、名残惜しく感じて振り返って見返していた。
+++++
ベン・キルナーは冒険者門を出て行くブレスコット辺境伯家の令嬢を見送りながら、昔の事を思い出していた。
彼はアンシャンテ帝国がこの国に侵攻してきた時、あのダグラス・ガイ・ブレスコットに家族を助けてもらったことがあるのだ。
あの男からすれば沢山助けたうちの一人としか認識していないだろうが、俺からしたら命の恩人なのだ。
今朝ウィッカムが捕縛に向かう事は知っていた。
そしてあの男が、物事を全て計画通りに事を進める事を好む頭の固い男で、突発事項を嫌う事も知っていたのだ。
そこでわざと出発直前に苦情を言いに行って、出鼻をくじいてやったのだ。
そうすれば、あの男は出来るだけスケジュールを元に戻そうと焦るはずだし、途中で何か気がかりな事があってもそれを無視するだろうと踏んだのだ。
現に、ブレスコット辺境伯の娘は門に現れ、捕縛隊の姿はどこにも無かった。
「ブレスコットの旦那、あんたの娘は助けたぜ。これで貸し借り無しとしましょうや」
ベン・キルナーはそう独り言ちていた。
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