第36話 捕縛隊

 王城キングス・バレイの自室に閉じこもる第一王子イライアスの元に、ようやく吉報が齎された。


 その日、第一王子の部屋には、イライアスの他、騎士団長の子息であるジャイルズしかいなかった。


 宰相の子息グラントリーや近衛師団隊長の子息クレイグは、父親達から厳しい叱責を受けて自宅謹慎になっているためだ。


 イライアスは長椅子に横になると、目の前のテーブルに置いてある甘くない焼き菓子を摘まんでいた。


 一方ジャイルズの方は、王子に嫌味を言われるのが嫌で少し離れた場所で王都の地図を眺めていた。


 そんな時、当番兵がやって来てクレメンタインを見つけたと報告してきたのだ。


 場所は商業地区東側にある貴族向けのマジック・アイテム店で、若い女性が大量のマジック・アイテムをブレスコット辺境伯の名前で購入していったそうだ。


「ふはははは、馬鹿め、所詮はこの程度か。父親の名前でマジック・アイテムを購入するとは呆れるほど愚かな行動ではないか。これでは私はここに居ますと、大声で宣伝しているようなものだぞ」


 イライアスは、ようやく作戦の最後のピースが見つかった事に大いに満足していた。


 それにしても貴族買いだと? 


 王都で潜伏していても、貴族としての贅沢は止められないらしい。


「それで、奴は何処にいるのだ?」

「平民街の中のようです」


 平民街は道が入り組み建物が密集しているので、隠れる場所がそれこそ無数にあった。


 まさか貴族令嬢がそんな場所に潜伏しているとは、全く想像していなかった。


 クレメンタインには、一度館を包囲しておきながら逃げられた過去がある。


 ましてや、それが平民街となれば、建物が密集し路地が入り組んでいるので逃げられたら再び見つけるのはかなり苦労するだろう。


 本来であれば、狩りで獲物を仕留める時のように騎士団を総動員して包囲網を築き、そこからじわじわと包囲網を縮めて追い詰めて行くのが常道だ。


 だが、そんな事をしたら確実に父親である現王にバレてしまうので、その手が使えないのだ。


 この手足を縛られて狩りを強要されているような、不自由さに苛立ちを感じていた。


 ではどうすればいいのか?


 一人で考えても埒が明かないので、窓際で図面を見ているジャイルズに声を掛けてみた。


「ジャイルズ、平民街にいるクレメンタインを捕まえるには、どうしたらいい?」


 声を掛けるとジャイルズは図面から顔を上げると、眉間に皺を寄せて何やら思案しているようだったが首を横に振っていた。


「難しいですね。そもそも騎士団は平民街の地理に詳しくありません。裏道があったとしても気付きませんし、ましてや協力者がいたら道を封鎖しても簡単にすり抜けてしまうでしょう」


 確かにそうなのだ。


 貴族が多い騎士団員は平民街に行くのを嫌うし、そもそも行く理由も無いのだ。


 騎士団が使えないとなると、後使えるのは普段平民街を警備している連中くらいだろう。


「では、平民街を警備している連中は使えないのか?」


 イライアスがそう尋ねるとジャイルズは一瞬目を見開いたが、次の瞬間、手をポンと叩いていた。


「そうです王子、あの連中にやらせましょう。あいつ等なら平民街の地理にも詳しいですし、何より平民達と繋がりがありますから、協力を得るのも可能でしょう」

「そうか、では早速、私の命として伝えてくるのだ。それと、万が一を考えて一部の騎士団にも訓練と称して要所要所を見張らせるのだ」



 ジャイルズは愛馬に跨り王都南門に向かっていた。


 王都の騎士団は戦時には最強の軍団になるが、平時は王族を守る近衛と貴族を守る騎士団という区分になっていた。


 そして王都の平民を守る存在は無く、事件があればそれを仲裁する程度である。


 そのため組織的には騎士団ではなく警備隊という扱いになり、通常は王都の南門を警備し、そこから平民街を巡回するのが仕事になっていた。


 ジャイルズが南門に到着すると、そこには元々の警備隊の人間と今回騎士団から応援として派遣された騎士が居た。


 ジャイルズが第一王子の使いとして来たと分かると、応援として派遣された騎士団の指揮官と元々ここの警備隊の指揮官がやって来た。


 ジャイルズが王子からの命令を伝えている間、この2人は互いに目を合わそうともしなかった。


 まあ、正式な騎士団員と警備隊では格が違うのだから嫉妬心も湧くのだろうと、あまり気に留めなかった。


 ジャイルズにとっての関心事は、標的を捕える事であって2つの組織の融和ではないのだ。



 騎士団からこの南門に派遣されたウィッカムは、明らかに格下の扱いに憤慨していた。


 彼は由緒正しい伯爵家の3男に生まれたが、長男が無事成人したのでスペアでしかない彼は騎士団に入団したのだ。


 貴族の家では生まれた順で身分が決まってしまうが、騎士団なら実績を積めば出世が出来るからだ。


 それが、ここにきて格下の警備隊への応援に回されたのだ。


 噂では王子の浮気が原因らしいが、それによって婚約者であるブレスコット辺境伯家の令嬢に逃げられたので、こうして捕まえるため南門の警備を強化したらしい。


 当初騎士団から南門への派遣を命じられた時、他の同僚からは気の毒そうな顔をされていたが、手柄を上げるチャンスだと奮い立ったのだ。


 だが、実際にここに来るとその期待は直ぐに裏切られた。


 南門で対応するのは殆どが冒険者と言われる連中で、これが下品で自分勝手で俺達の事を唯の門番だと思って見下して来るのだ。


 平民のしかも定職にも付いていない根無し草じゃないか。


 何故そんな連中に見下されなければならないのだ? 


 本来であれば無礼打ちにしてやってもいい連中なのに、冒険者ギルドの構成員と言う理由で手出しが出来ないないなんておかしいじゃないか。


 確かにあの連中が、町の外から素材やら何やらを集めてくるおかげで経済が回っているのは認めよう。


 だが、だからと言って俺達が門を警備するしか能の無い連中と思われているのには腹が立つ。


 だからどんな手を使ってでも手柄を立てて、一刻も早く騎士団に戻るのだ。


 そして明朝ブレスコット辺境伯の令嬢を捕縛するという命令を受けたのが、警備隊の方だったことに憤慨していた。


 そこで警備隊を率いるベン・キルナーに会って、命令が変更になり自分が捕縛に向かうことになったと伝えたのだ。


 作戦開始の早朝南門前に集まった騎士団員を前に、ウィッカムは作戦の成功と自身の立身出世を思い描いていた。


 それから凱旋をするときの見栄えを良くするため、わざわざ騎士団から持って来た護送馬車に視線を送るとニヤリと笑った。


 この中にあの馬鹿な女を入れて見世物にしてやれば、さぞかし溜飲が下がるだろう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る