第35話 貴族の買い物
冒険者ギルドで昼食を済ませて外に出ると、明日には王都を出てツォップ洞窟への入口となるターラント子爵領の領都フィセルに向かう事になるので、その前に必需品を購入しておくことにした。
フィセルまでは馬車での移動になるのだが、全てを町の宿に泊まるという訳にも行かず、当然野営の回数も多くなるのだ。
ここは是非とも身の安全のため、マジック・アイテムを購入しておきたい。
だが、それらを購入するにはどうしても東側の高級店が並ぶ地区に行かなければならず、高級店は現金での商売をしていないから、当然身元がバレるので明日の早朝には町を出て行かなければならなかった。
そして向かった先は、商業地区の東側にある貴族や裕福な商人それに上級冒険者等が利用するマジック・アイテムの店だ。
店は石造りで出入口には装飾が施されており、両開きの扉は私達が入ろうとすると中に居る従業員が扉を開いて招き入れてくれた。
貴族相手の高級店では、客が来店すると必ず案内係が付くことになっていた。
私達が店内に入って行くと、居並ぶ案内係が笑顔で出迎えるふりをしながら実にさりげなく客を値踏みする鋭い視線を送ってきた。
そして私は討伐クエストを終えて戻ってきたばかりなので、ヨレヨレのワンピースに防具という恰好だった。
まあ当然の結果として私を貧乏人と判断したベテラン案内係は、今度は私と目を合わせようとしなかった。
私の購入額が、あの人達の歩合に影響するのだから当然か。
そしてそういう実入りが悪い客に新入りが付くというのは、どこの世界でも同じだった。
今もベテラン店員からこちらから見えないように背中を押されたまだ幼さが顔に残る少年が私の元にやって来ると、少し緊張した面持ちで私に向かってペコリと一礼してきた。
「お、お客様、私が当店をご案内させていただきます。本日はどのような商品をご所望でしょうか?」
「そうね、一通り案内してもらえるかしら」
「畏まりました」
店の中は目的に応じて売り場が分かれており、携帯型、設置型、使い捨て、液体等で別れていた。
最初に見たのは携帯型のコーナーで、ここは男性用と女性用に分かれていた。
案内係の少年は、女性用のマジック・アイテムをカウンターに並べて説明してくれた。
そこに並んでいたのは指輪やネックレス、ブレスレットに加工された物で、見た目は宝飾品にしか見えないが、魔法使い等の専門職の人が見れば一目瞭然らしい。
用途としては、毒感知とかの感知系、毒軽減や毒無効等の状態異常を軽減もしくは無効にする物、身体強化系と言う物もあった。
同じように男性用ではベルトに差し込む物やカフスボタン、ステッキ等に付ける物があった。
そして冒険者として便利な沢山の物を収納できる肩掛けやバックパック型のマジック・バッグに、実際に物を出し入れして見せてくれた。
それからどう見ても耳かきにしか見えない開錠のマジック・アイテムや、唯の十字架にしか見えない解呪のロザリオという物まであった。
次に向かったのは設置型で、香炉のように煙や香りで眠り等の状態異常を起こす物や、天秤型で粉末や丸薬等の物質を鑑定出来る物なんかもあった。
そしてここには野営の時に便利な、侵入者の魔力を検知して警報を発する置物や不意打ち防止用の魔力障壁を展開するアイテムがあるのだ。
これがあればハンモックでゆっくりと眠る事も可能だろう。
それから魔法等を封入してある、使い捨てのスクロールと言う物もあった。
値段は封入してある魔法の魔力量で決まるらしい。
当然ながら中規模の物でも家が買える位高価だった。
そして小瓶に入ったポーションコーナーでは、治癒やMP回復等の定番から解毒や麻痺解除等の状態異常系や、私も使っている色を変える物等色々な物があった。
ここにある商品は私の生き残りに直接関わってくるので、ここは大人買い、もとい貴族買いをさせてもらいましょう。
お父様、お支払いよろしくお願いします。
案内係の少年が持ったバスケットの中には次から次へとマジック・アイテムが放り込まれていき、次第に非力な少年一人では持つことが出来ずもう一人少年が付いてくることになった。
その光景を見た他のベテラン店員達は、皆信じられないと言った顔でこちらを見ていた。
それはそうだろう高価な品を、まるで駄菓子でも買うようにぽいぽいとバスケットの中に放り込んでいるのだ。
ベテラン店員の顔には、隠すことが出来ない程動揺が広がっていた。
ふふん、これが貴族買いというものよ。
分かったかね、ベテラン店員諸君。
相手を恰好だけで値踏みするから、美味しい客を逃すのだ。
私は心の中で舌を出してベテラン店員達にアッカンベーをしてやった。
この世界での支払い方法は、現金の他に魔力手形という小切手のような物がある。
それは大量の金貨を持ち歩くのは不便だし、盗賊に襲われる危険も増すので大口の買い物は大半がこの魔力手形を使った信用払いなのだ。
この魔力手形には持ち主の魔力が込められていて、それにより偽造防止を行っている。
私は父親から持たされている魔力手形を取り出すと、金額と私の名前を記載して係の少年に渡した。
少年は私の署名を見て思わず声を漏らしていたが、私の正体が分かると一目散に店の奥に消えて行った。
そして直ぐに店の支配人を連れて戻ってくると、支配人は私に向かって深々とお辞儀をした。
その笑顔は美味しい客を前に、今にも揉み手をしそうだった。
「これは、これは、ブレスコット辺境伯家のお嬢様、本日は当店でのお買い物誠にありがとうございます」
支配人のその言葉を聞いたベテラン店員達の顔はぽかんとした表情が浮かんだが、それでも日頃から感情を表に出さない訓練を積んでいるのだろう、直ぐに元の顔に戻っていた。
だがその顔に、上客を取り逃がした悔しさが現れていたのを見逃さなかった。
ブレスコット辺境伯家は、この国では公爵家に次ぐ上位貴族なのだから当然だ。
そして私は、あの店員達が心の中で「貴族令嬢が何て恰好してんのよ」と絶対思ってるだろうなと勘繰っていた。
「ブレスコット辺境伯家のお嬢様、またのご利用をお待ちしております」
支払いを済ませて店を出ようとした私達に、支配人を始め店員達が店の前まで出てきてお見送りをしてくれていた。
そして私達は、エイベルが持って来た馬車に乗って隠れ家に帰って行った。
その時、騎士団の見張りに出て行くところを目撃されていた。
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