第29話 ゲーム補正

 現国王オーブリー・シリル・バーボネラは、学園の卒業パーティーで婚約破棄を宣告された3人の令嬢を慰めるべく、第一妃と共に昼食会を開いていた。


 テーブルの上には若い令嬢が好む料理を特別に料理長に命じて作らせていたため、半分は甘い菓子になっていた。


 そのためテーブルから漂う甘い香りに、胃がむかむかしているのを必死に堪えていた。


 オーブリーは甘い物が苦手だったが、それでも何とか堪えているのは第一王子派の未来を慮っての事だった。


 ここで彼女達の心を掴んでおかないと、国家運営に重要な力を持っている3家が離反する危険があるからだ。


 だが、招待された3人の令嬢の顔は固く、こちらの真意を探っているような感じだった。


 オーブリーは甘い香りに胃袋が反乱を起こしているのを押さえつけるのに必死で、自分の微笑んだ笑顔が冷笑になっていることにも、その顔を見た3人の令嬢が引いているのにも気が付いていなかった。


「今日は、其方達の顔が見たくなっての。わざわざ来てもらったのだ。お菓子も沢山あるから楽しんでおくれ」


 オーブリーはそう言って、令嬢達に友好を示したつもりだった。


 だが、それを聞いた令嬢達には、口角を上げてこちらを睨んでいる現王の顔と言葉から「忙しいのに時間を作ったのはお前達に釘を刺すためだ。卒業パーティーの件はお前達への借りだ。後で恩恵という菓子を与えてやるから大人しくしていろ」という意味にとらえられた事に気付いていなかった。


 そんな中、3人の中で一番格上のアレンビー侯爵令嬢が恐る恐る口を開いた。


「陛下、この席にクレメンタイン様がいらっしゃらないのは、何故でしょうか?」

「うん、ああ、クレメンタイン嬢は、家から出て来られないようだ。説得はしているんだかのう」


 オーブリーは迎えに行った騎士団長が全く帰って来ない事から、クレメンタイン嬢は悲しみのあまり面会に応じてくれないのだろうと思っていたのでそう答えた。


 だが、3人の令嬢は、現王が辺境伯館に捕縛隊を差し向けた事や、クレメンタイン嬢が逃げおおせた事を知っていたので、この言葉もやはり「探し回っているが、なかなか見つからなくてな。脅しもかけているが反応がない」というふうに曲解されていたことにも気が付いていなかった。


 なかなか笑顔を見せない3人に焦ったオーブリーは、更に爆弾を投げつけていた。


「其方達は、クレメンタイン嬢とは違ってこうして顔を見られてうれしく思うぞ。ゆっくりしていっておくれ」


 それを聞いた3人の令嬢達は自分達が人質になる運命を悟り、身を固くしたのにもやはり気が付いていなかった。


 オーブリーは3人の令嬢はピクリと背筋を伸ばして固まったのを見て、やはり男という立場で慰めても中々上手くいかないし、それにイライアスの母親である第一妃を同席させたのもある意味関係者なので失敗だったと思っていた。


 そんな中やや硬い会食が終わると、現王はくれぐれも父親によろしくと伝えてもらうことにしてお開きとなった。


 王城キングス・バレイの中には、それぞれの家にゆかりのある者が使用人として送り込まれており、常に王家の情報を収集していた。


 会食を終えた3人の令嬢達は王の意向を家に伝えるべく、簡単なメモをそれらの人間に渡していた。


 +++++


 第一王子の部屋では、婚約破棄をしたメンバーが揃っていた。


 そしてここにもゲームのエンディングであるヒロインと王太子との結婚と、悪役令嬢の死というゲーム補正が働いていた。


 いつの間にかクレメンタインを王都から出さないという方針が亡き者にするという話に変わり、その罪を第二王子派に擦り付けるというものになっていた。


 だが、肝心のクレメンタインの居場所が分からない。


 目の前のテーブルには王都の平面図が広げられており、それをメンバーが眺めながら何やらうんうん唸っていた。


「それで、残虐女は何処にいるのだ?」


 その問に答える者はいなかった。


 それというのも誰もこれといった案が思いつかなかったからだ。


 クレメンタインはあの性格なので、王都で匿ってくれる友人は居ないのだ。


 だからといって、王都に3つある門を抜けたという情報も無かった。


 そのため王都にある宿屋をしらみつぶしに探しているのだが、収穫は無かった。


 自分では何もできない貴族令嬢が、誰の助けも無く王都内で隠れおおせるとはとても思えないのだが、クレメンタインは実際それをやっているのだ。


「俺がリリーホワイト嬢と結ばれるためには、何が何でもあの女にはその礎になってもらわねばならんのだがな」


 彼の頭の中にある計画では、クレメンタインが乗った馬車を襲撃してそこに第二王子派のスィングラー公爵家の紋章が入った剣を証拠として置いておくという物だった。


 残虐女を溺愛するあの男なら、怒りに任せて第二王子派を始末してくれるだろう。


 そしてあのスィングラー公爵も大人しく殺られる輩ではないのだ。


 お互い潰し合って古き秩序が崩壊し、新しい世界がやって来るのだ。


 そして対抗勢力が力を失った後で、俺は王太子に任命され、晴れてリリーホワイト嬢と結ばれるのだ。


 これでロナガンが語ってくれたスクラップ&ビルドの完成形だ。


 敵が居なくなれば、離反しそうなアレンビー侯爵家ら3家も勝ち馬に乗るため戻ってくるだろう。


 成り上がりのブレスコットは別だが、貴族という人種は名誉と生き残りを選択する非常に分かりやすい連中なのだ。


 だが、どんな完璧な計画も蟻の一穴で崩壊することもある。


 計画を完璧にするためにも、何が何でもクレメンタインを見つける必要があった。


「残虐女は、既に貴族門を抜けてブレスコット辺境伯領に逃げ出したのではないのか?」


 そう言うと、横にいた騎士団長の子息であるジャイルズの顔を見た。


 だが、ジャイルズは顔を真っ赤にしてそれを否定した。


「いいえ、ネズミも這い出る隙がありません。完璧です」

「では、なぜ捕まらないのだ?」


 だが、はやりその問に答える者はいなかった。


 第一王子は、再びテーブルに広げている王都の地図を再び睨みつけた。


 そうすることによって、クレメンタインの潜伏先が浮かび上がるとでもいうように。


 そこで思いついたのが、いくら潜伏しているとはいえ食料や必需品は必要だろうという事だ。


 そう言う訳で、見張り員を王都内の貴族御用達の店に張り付けることになった。


「ジャイルズ、騎士団の中であまり目立たない連中を集めて、東側の商業地区を見張らせるのだ」

「はい、分かりました」


 ジャイルズが出て行くと入れ違いで当番兵が部屋に入ってくると、1つ重要な報告をしてきた。


 それはグラントリー達が、婚約破棄した令嬢達が王城に来ているという事だった。


 王国の農業を支えるアレンビー侯爵家、資金を持っているラッカム伯爵家そして鉱石という資源を持っているレドモント子爵家は、どの家も王国の基盤には必要な貴族家だった。


 このままでは、これらの家は第一王子派を離反する危険があった。


 それをどうにかするのは簡単だった。


 かの家の令嬢達を王城に留め置けばいいのだ。


 王城内のいくつかある離れに3人の令嬢を招待して、護衛と称して騎士団を見張りに付けておけば良いだろう。


 打てる手は全て打ったという満足感から、やっとリリーホワイト嬢のお見舞に行けると判断したのだ。


「俺はちょっと出てくる」


 そう護衛騎士に告げると、部屋を出て行った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る