第27話 簡単な仕事2
翌日、私達が冒険者ギルドに入って行くと、受付の前に男性冒険者6名が揃っていた。
6名のうち2名は大きな戦斧を持っており、2名はローブを着ていることから魔法使い、短剣を持っているのが斥候で、最後の一人は剣士のようだ。
私達はギルドに併設されている酒場で、自己紹介を兼ねて顔見せを行っていた。
まず斧使いの2人だが、アランは鷲鼻に口ひげで、アンガスはスキンヘッドの大男だった。
2人とも元々は木こりという事だが、収入が良いという理由で冒険者になったそうだ。
彼らの役割は当然、魔樹を切り倒す役である。
次は魔法使いの2人で、ブレンダンとブレンドンという似たような名前だが血のつながりは無いそうだ。
ブレンダンの方はほっそりしているが、ブレンドンの方は横幅が結構あった。
彼らが今回の戦いの肝になるのだが、まずほっそりしているブレンダンの方が風魔法を使って食獣植物の人を惑わす甘い香りを吹き飛ばす役となり、もう一人の太っちょの方のブレンドンは地面を岩のように固くする土魔法を使って、根による攻撃を防ぐようだ。
フィランダーは斥候で、食獣魔樹への往復で罠や待ち伏せが無いかを警戒する役回りとなり、剣士チャーリーは討伐隊が魔物等に襲われた時の護衛役だ。
そして私とエミーリアは、討伐隊のメンバーが食獣魔樹に惑わされた時に正気に戻すのが役割だと自己紹介した。
挨拶が終わると、直ぐにフィランダーが声を掛けてきた。
「それでその食獣魔樹は、匂いで人をおびき寄せるのか?」
「正確には雄を誘うのよ」
「ほう、という事はその魔樹は雌という事なのか?」
そう言って、私には分からない卑猥なジェスチャーをしながらニヤニヤ笑っていた。
食獣魔樹を軽く見ているようなので、一つ警告しておくことにした。
「ふざけていると串刺しにされるわよ」
南西の森を進む討伐隊は、先頭を斥候のフィランダーが危険や敵が居ないか調べながら進み、その後を魔物が出た時に切り伏せる役の剣士チャーリーが続いた。
その後が本隊で戦斧を持ったアンガス、その後ろに魔法使いの2名、その後に私とエミーリアが続き、最後尾はアランが後ろからの不意打ち対策として続いていた。
森に入って暫く歩いていると、フィランダーが止まれの合図を送ってきた。
どうやら女性が2人居るので、ここで一度休息を取るようだ。
私達が休息を取っている場所は風通しが良く、先程から心地よい風が吹いていてとても気持ち良かった。
私がそよ風を体に受けて、ここまで歩いてきてほてった体を冷ましていると、風に乗ってあの甘い香りが漂っているのに気が付いた。
それはここからそれ程遠くない場所に、あの食獣魔樹が居る事を示していた。
すると異変が起こった。
今まで一緒に休憩していた男性冒険者達が突然立ち上がると、意思が感じられないふらふらした動きで、そのまま風上に向けて歩き出したのだ。
その眼からは輝きが消えて、何かに操られているようだった。
そしてその歩き方や顔の表情は、前に見た食獣魔樹に誘われた被害者のそれと全く同じだった。
これはあの食獣魔樹に操られていると確信した私は、何とか動きを止めなければと立ち上がった。
しかし今まで仲良く一緒に行動を共にしてきた仲間に、どうしても乱暴な手段はとりたくなかった。
そこで行くのを止めるため、両手を前に突き出して押し留めてみることにした。
「お願い正気に戻って。このままでは食獣魔樹に食べられてしまいますよ」
私は何とか誠意をもって相手に接していた。
これが日本人高月瑞希という人間なのだ。
だが私のそんな気持ちは、相手には伝わってはいなかった。
「邪魔だ、このブス」
はい?
私は一瞬何を言われたのか分からなかった。
その言葉は意味のない音波となって私の耳から入り、脳の処理を得ずに出て行ったのだ。
そう、聞き間違いに相違ないのだ。
私がそう思おうとしたところで、操られた冒険者から直ぐに二の矢、三の矢が放たれてきた。
「ババアが調子に乗るなよ」
「俺にはあの女神様が手招きしてくれているんだ。お前のようなドブスに俺が引き留められるとでも思っているのか? 身の程を知れ」
私は、就職した会社の化粧室で行われる陰湿な言葉による暴力を思い出していた。
「あの子最近調子に乗っているわよね」
「大体1年目なのに生意気なのよ」
「使えないんだから、お茶汲みでもしていればいいのよ」
「どうせ腰掛けでしょう。早いとこ消えてくれないかしら?」
あの人達の陰口をトイレの個室で聞きながら、出るに出られず危うく時間に遅刻しそうになったこともあった。
そしてあの禿げ頭の上司からは何かにつけて「女だから」とか「腰掛けだから」等と言われていたのだ。
「わ、私は社会人としてきちんとしたいだけよ」
私は目を瞑り心の叫びとしてそう叫んでいた。
そして弾みで握っていた拳を前に突き出すと、その拳に鈍い痛みが走った。
慌てて目を開けると、顔を覆いくぐもった苦悶の声を発する冒険者がいた。
「え?」
私は焦っていた。
決して暴力を振るおうと思った訳ではないのだ。
テンパった私は、自分で自分を誤魔化そうとしていた。
「あ、あれ? まさかこんな所に人の顔があるなんて思いませんでしたわ。オホホホ」
だが、そんな私の誤魔化しなど誰も聞いてくれてなかった。
ここにいる冒険者は皆、食獣魔樹の甘い香りに惑わされているのだから当然である。
それよりも幻惑されている冒険者達は、次から次へと暴言を吐きだしていた。
「どれだけ自意識過剰なんだ。お前なんか毛ほども興味がわかん」
「女神様へ繋がる道を塞ごうとする愚か者よ。地面に這いつくばって許しを乞え」
「お前など、唯の蛆虫だ。大人しく踏み潰されろ」
「自分が美しいとでも思っているのか? この売女め」
暴言を吐かれる度に私の目からハイライトが消えていった。
あれ、私ここで何をしていたんだっけ?
どうしてこんな暴言に耐えなければいけないの?
この人達は誰?
そして私は壊れた。
私は無意識のうちにスカートの裾を両手で摘まむと、膝を90度の角度まで上げ、暴言を吐いている冒険者の股間に向けて踵を蹴り上げていた。
ボゴッっという鈍い音がすると、足蹴を食らった冒険者が股間を押さえて体を二つ折りにして蹲っていた。
そして隣を歩いて行く冒険者の顎にパンチをお見舞すると、その後ろに続いていた冒険者に回し蹴りを食らわしていた。
運動音痴の高月瑞希であれば、こんな芸当をすれば直ぐに転んでしまうだろう。
だが、クレメンタインの体は日頃から鍛えていたようで、片足を軸にして回転しても体がぶれず、冒険者に回し蹴りを食らわしてもこちらが弾き飛ばされることも無かった。
普段の私に出来ない事が簡単に出来てしまう事がとても嬉しく、テンションがかなり上がっていた。
「オーッホッホッホッ、この美しい私に何て事を言うのでしょうこの糞虫共は。これはお仕置きしても問題ありませんわね」
その私の行動を見ていたエミーリアは、まるで心が震えるとでもいうように両手を胸の前に置いてガッツポーズのような態勢を取っていた。
「あああ、残虐姫がやっと戻って参りました。何と喜ばしい事でしょう」
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