第26話 簡単な仕事1
暫く考え込んでいた冒険者の男は、はっと気が付くと私達に助けてくれたお礼を言ってきた。
そして彼はなんとCランク冒険者チーム「竜の逆鱗」のイライジャと名乗った。
彼の話によると、ここら辺で冒険者が行方不明になる事があったので調査していたというのだ。
私に言わせるとたった1人で調査する内容なのかとちょっと疑問を感じたが、駆け出しの拙い知識では「Cランク冒険者なら個人で依頼を受けることもある」と言い切られてしまうと納得せざるを得なかった。
そして冒険者ギルドに報告書を提出する時に私達の名前を載せたいというので、冒険者登録してある名前を教えてあげる事にした。
男は、早速ギルドマスターに報告しなければならないと言って足早に帰っていった。
王都に帰ってくると、冒険者ギルドに麻痺茸と魔素の実を売り払い依頼を2件完了させた。
Dランクまでは、残り採取依頼2件と討伐依頼1件である。
次の日、冒険者ギルドに行ってみると、イライジャが報告していたようで、直ぐに2階のギルドマスターの部屋に呼ばれた。
ギルドマスターは応接の椅子に座っていて、私達が入室すると直ぐに空いている席を指し示してきた。
受付の女性に聞いたところによると、ギルドマスターは元Bランクで名の知れた斥候だったらしく観察眼に優れているそうだ。
道理で私の事を直ぐに見破った訳だ。
「竜の逆鱗のイライジャからの報告では、南西の森に人を食べる魔樹が居て男を惑わすと報告してきたが、女は本当に影響がないのか? その点はお前達に聞いてくれと書いてあるのだが?」
「ええ、本当です」
私は森で豚顔の魔物が食われたいきさつを話して聞かせた。
ギルドマスターはその話を真剣に聞いていたが、やがて深いため息をついて私達を見てきた。
「その話が事実だとしたら、その魔樹を討伐できるのは女性冒険者だけという事になってしまう。そして女性冒険者の数は少なく、当然ながら高位の者はもっと少ないのだ」
ふ~ん、そうなのね。
だけど、その期待するような眼を私に向けてくるのは気のせい?
そもそも私は最底辺の女冒険者ですよ。
ギルドマスターが何を期待しているのか分かりません。
「どうだ、頼まれてはくれんか?」
「嫌です」
私はえせ冒険者なのだ。
お金のため危険を冒したいわけではないので、即座に拒否した。
そもそも私の目的は、Dランクへ昇格してこの町を出る事なのだ。
馬車で移動しているから見つかっていないが、今でも騎士団が町中を巡回しているし、冒険者門には相変わらずあの人相書きが張ってあるのだ。
いつ何時騎士団が、隠れ家に手入れに来るか分かった物ではないのだ。
「即答だな。何が気に入らない? 金か?」
「近寄った途端、凶悪な根っこに串刺しにされるのですよ。そんな危ない依頼は御免です」
「いや直接討伐しろと言うのではないのだ。討伐に行く男性冒険者が惑わされたら、正気に戻すという簡単な仕事だ」
「それってDランクへの昇格のポイントになるのですか?」
私が最も気になる点を聞いてみた。
するとギルドマスターは、少し考えてから「採取クエスト2回分でどうだ?」と言ってきた。
2回分なら残りは討伐クエスト1つのみとなる。
ここは乗るべきか?
いや、でもここはあえて希望を言ってみる事にした。
「討伐クエスト扱いにできませんか?」
だが、ギルドマスターの答えは素気無いものだった。
「それは駄目だ。Dランク冒険者とは戦闘経験のある者の事を言うのだ。採取クエスト2回分で手を打て」
やはり駄目だったか。
私はこの依頼と西の森での採取2回のどちらが簡単か天秤にかけていると、ギルドマスターは劣勢を感じたのか素直にお願を口にしてきた。
「南西の森に行った事のある女性冒険者で、かつ、魔樹を見た者は君達しか居ないのだ。ここは助けると思って受けてはくれないか?」
うっ、こ、これは、なんだか受けないと、とても冷たい人間に見られそうな気がしてきたわね。
それに白髪のおじいさんが頭を下げているのに、断るというのも非常に言いにくい。
「わ、分かりました。お引き受けします」
ああ、駄目だ。
断れなかったわね。
+++++
酒場に入って来た出っ歯にそばかすが目立つ細眼の男は、店内の様子をその細い目で見渡していたが、やがて目的のテーブルを見つけるとそそくさとその席に近づいて行った。
その席には3人の先客がいて、既に一人は酔っているのか顔が赤かった。
出っ歯の男が空いている椅子に座ると、隣に座っていた貧相な体つきの男が来訪者に木製ジョッキを掲げてみせた。
彼はこの冒険者チーム「竜の逆鱗」のリーダーで、魔法使いのバーニーという男だ。
「ようイライジャ、首尾はどうだった?」
「へへ、あのマスク女が今回の標的で間違いなさそうだ。だが、あいつら戦闘していないので実力は不明だ。案外、魔物に遭遇したらあっけなく殺られるかもな」
そう言うとイライジャは、給仕の女性に手を振って酒を注文した。
「ほう、それなら今回の依頼は簡単に終わるんじゃないのか?」
そう発言したのはドムという名のスキンヘッドの大男で、彼はこのチームの前衛で戦斧使いだ。
バーニーはその男の発言に少し考えると、首を横に振っていた。
「いや、この依頼を持って来たあの女みたいな男は、お貴族様に違いない。そして標的もお貴族様ときたら、物凄く胡散臭い依頼だ。多分だが、俺達は貴族同士のいざこざに巻き込まれたんだと思う。下手したら俺達が罪を全部おっ被されて処刑されるって危険もある。それが貴族という人種だ」
バーニーは貴族という単語を吐き捨てるようにそう言うと、赤ら顔で上機嫌に酒を飲むあまり特徴の無い顔をした4人目の男デズモンドが、眉間に皺を寄せながら声を上げた。
「おい、おい、ヤバイんじゃないか。この依頼断るか?」
バーニーはその発言に不快そうな顔をしていたが、直ぐに首を横に振っていた。
「お貴族様のこんなヤバイ依頼を断ったら、確実に暗殺者が口封じに来るぞ。お貴族様から見たら俺達なんて虫けらと同じだからな」
「それじゃ逃げるか?」
ドムはそう発言してから、木製ジョッキに入った酒を一気に飲み干した。
だが、バーニーはその発言に首を横に振った。
「馬鹿言え、今回の報酬額はそれを含めても魅力的だろうが」
すると今度は、赤ら顔の男が困惑したような顔になっていた。
「え、じゃあどうすんだ?」
バーニーは手に持った木製ジョッキを傾けて一口酒を飲むと、ニヤリと口角を上げた。
「俺達の仕業だと分からない方法で殺るのさ。それにはもう少し相手の情報が欲しいな。ジャイルズあいつ等の情報は他に何かないか?」
「ああ、それなら食獣魔樹の討伐にあいつ等も行かされるはずだ。そうなるように仕向けといたからな」
「なら、ギルドから依頼が来るな。ドム今度はお前が行ってくれ」
「ああ、分かった」
悪巧みが終わった4人は、一斉に手を挙げると給仕の女性に酒の追加を注文していた。
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