第25話 食獣魔樹

 私が麻痺茸と魔素の実を収穫してホクホク顔で帰り道を歩いていると、エミーリアが立ち止まり前方に魔物の気配がすると言ってきた。


 その魔物の種類を確かめに行ったエミーリアが、オークだと言ってきた。


 なんでもオークというのは異種族の雌を繁殖のため襲う事があるらしく、女性にとっては危険な相手なのだとか。


 しかも鼻が効くらしいので隠れていても見つかる可能性があった。


 私はどうしていいか分からずオロオロしていると、エミーリアが風下になる木陰に私を連れて行ってその場に伏せさせた。


「うっ、ちょっと乱暴よ」

「しっ、魔物に聞こえてしまいます」


 エミーリアの言葉には切迫感があったので、私は思わず口を両手で塞いだ。


 だが、好奇心に負けて木陰からこっそり向こう側を覗いてみた。


 そこには豚の顔をした人型の魔物がいて何か鼻をヒクヒクさせながら歩いていたが、その姿は夢遊病者のようだった。


 私はそんな魔物が向かった先が無性に気になった。


「エミーリア、後を追うわよ」

「え? お、お嬢様、一体何をしようと言うのです?」

「いいから、付いてきて」


 周囲を全く警戒していない魔物の後を追うのは簡単だった。


 魔物が歩いて行った先には1本の木が立っていた。


 その木は相当な樹齢を重ねたようで幹回りは優に4、5mはありそうだった。


 その表皮には浅黒い苔がびっしりと生えており、幹の途中にある3つの窪みが人の顔のように見えていた。


 そして枝ぶりも良く太く伸びた枝の先には羽のような形状の葉が生えており、幹と枝には縛り付けるように鋭い刺が生えたツタが絡まっていた。


 そしてその木からは、微かに甘い香りが漂っているようだった。


 私は魔物が何をするのだろうと観察していると、突然魔物の足元から木の根が突き出してきて魔物を串刺しにするとそのまま地中に引きずり込んでいた。


 その動きは素早く一瞬で事が完了していた。


 どうやらあれが人も食べるという食獣魔樹のようだ。


 だが意外だった。


 てっきりあの口のような部分が開いて食べるのかと思っていたのだ。


 根が突き出して来るなんて予想外である。


 ちょっと調べてみたい気もしたが、根に突き刺されるのは勘弁してもらいたいので諦める事にした。


「さ、もうよろしいでしょう。お嬢様帰りますよ」


 エミーリアもあの木が薄気味悪いのだろう。


 早く帰りたがっていたので、私もそれに同意した。


 それにしても外の世界は危険が一杯である。


 私達がエイベルが待っている場所に向かって歩いていると、前方から一人の男がやってきた。


 その男は冒険者のようで、体に防具を付け腰には帯剣を差し背中にはバックパックを背負っていた。


 だが、何となく様子がおかしかった。


 私はその冒険者に声を掛けてみる事にした。


「こんにちは」


 だが、その男はこちらに顔を向ける事も無く、まるで私の声が聞えていないかのようにまっすぐ前を見て歩いていた。


 その顔は先程見た魔物と同じに見えた。


「ねえエミーリア、あれってまずいんじゃないかしら?」

「ええ、そうですね。あの男が向かっている先には例の食獣魔樹がおります」

「なんとか止められないかしら?」

「う~ん、そうですねえ。ちょっとぶっ叩いてみますか」


 そう言うとエミーリアは、両手に籠手のようなものを取り付けていた。


 それは女性の細腕を保護するというよりも、より一層破壊力を上げる事を目的としたような禍々しさがあった。

 

「エミーリア、殺さない程度にね」


 私はエミーリアがとても悪そうな笑みを浮かべているので、思わずそう言った。


「はい、心得ております」


 そう言うとエミーリアは、脱兎のごとく走り出すと男の鳩尾に向けて一発撃ち込んでいた。


 拳がめり込んだ鈍い音が聞こえると同時に、男がうめき声を発してその場に倒れ込んで動かなくなった。


 私は2人がいる場所まで駆け出すと、男が生きているかどうかを確かめてみた。


 幸い息があるようでほっとしていると、エミーリアがとても不本意そうな顔で私を見ていた。


「お嬢様、私はそんな戦闘狂ではございません。それにご命令通りちゃんと止めたではありませんか」

「あ、ごめん、ごめん。良くやってくれたわ」


 私は地面に倒れている冒険者に、貴族令嬢の必須薬ともいえる気付け薬を嗅がせてみた。


 この薬は普通の令嬢用に薄めた物ではなく、原液がそのまま入っているのだ。


 なんでも、ちょっとやそっとで気を失ったりしない私に使うのだから、これ位じゃないと効かないだろうとのことだった。


 一体私をなんだと思っているんだと是非抗議をしたい。


 冒険者の男はその強烈な匂いに目をかっと見開き上体を起こすと、激しく咳き込みながら何やら呪いの言葉を叫んでいた。


 成程この気付け薬の効果が良く分かったわ。


「げほっ、お、おい、げほっ、い、一体、何をしてくれてたんだ」


 男は傍に人が居ると分かると直ぐに抗議の声を上げたが、その後は、何故か酷くがっかりした感じで絶世の美女がどうのと訳の分からない事を言い始めた。


 そこで私とエミーリアはそんな男を無視して、状況を整理してみる事にした。


 まずあの食獣魔樹が餌を何らかの方法で誘い出している事、あの木の周りに甘い香りが漂っていた事、被害者が何かに誘われるように食獣魔樹に吸い寄せられる事、その時の顔が正気では無かった事等、私達には何の効力も発揮していない事等を踏まえると、あれは男を誘惑する香りを放っておびき寄せる魔樹だという事になった。


 その事実を冒険者の男に伝えると、何か思い当たる節があったようで考え込んでいた。

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