第21話 マルシェ

 私はエミーリア達と、王都西地区にある冒険者や平民向けのマルシェに来ていた。


 南の丘陵で出会った冒険者の少年達の話では、南西の森でうっそうと茂る樹林の根本に麻痺茸という痛み止めの効能がある茸を採取するのが効率の良いという事だった。


 日本で言う所のモルヒネだね。


 それから森の中の魔素が高いところでは、幻影魔樹というものが生えており、その実は魔素の実といってMPポーションの材料となるそうだ。


 もっとも幻影魔樹は、幻影魔法で姿を隠すので簡単には見つけられないそうだけど。


 どちらも需要が高く高値で買い取ってくれる常時依頼型のクエストで、直ぐに実績が積み上がるそうだ。


 一刻も早くDランクに上がって、王都を脱出するにはこれらを狙うのが効率が良さそうだ。


 そして南西の森を日帰りで行き来する事は難しく、現地での野営に初挑戦することになりそうだ。


 そんな訳で、今マルシェなのである。


 ここには小さな店舗が沢山軒を連ねて様々な物を売っているのだが、食料品や日用雑貨、衣類、食器、薬等それぞれの分野毎に店が固まっているので、買い物客が迷う事が無い優しい配置になっていた。


 店主達の情熱は高く、どの店の店主や店員も試供品の提供やおまけの提案等、言葉の巧みに買い物客を自身の店舗に誘う姿は、さしずめサビキ釣りでコマセを撒いて魚の群れを引き寄せる様子に似ていた。


 かく言う私も店主の営業トークに吸い寄せられて、冒険者用のマントを売っている店に入っていた。


 なんでも冒険者にはこのマントと言う物が必需品だそうで、牙や爪による攻撃をある程度防ぐ事や、防寒着、野営の時の寝袋になる優れものらしい。


 更にマントに上と下に丈夫な紐と長さを調整するベルトが付いているので、討伐した獲物の運搬や仲間が負傷した時には紐に枝を通しベルトで長さを調節すれば立派な担架にもなるそうだ。


 素材によって価格が異なるが、火炎蜥蜴の皮で作った炎耐性のある物やメタル百足の外殻で作った軽くて固い素材などが人気なんだとか。


 私は火炎蜥蜴の赤色のマントを購入したが別に火山に突撃するつもりは無く、唯のファッションである。


 何となく黒髪に似合いそうだと思ったからだ。


 決して無粋な黒マスクや胸の形を強調した胸当てから、人の注意を逸らしたいわけではないのだ。


 それに担架にもなるというのなら、ハンモックにだってなるはずだ。


 馬車の中で眠るには狭いし、地面に横になるには固すぎて辛いのだ。


 次に向かったのは食料品店だった。


 2、3日外出することになるので、その分の食糧が必要なのだ。


 店の商品を見ながらあれこれ考えていると、他の客の相手を終えた店主がすかさず声を掛けてきた。


「美人のお姉ちゃん、どうだいこれ1本でたった百ネラだ」


 今私の目の前には、さまざまな動物等の干し肉が吊るされていた。


 冒険者達はこの塩味のする干し肉で、スープの出汁を取りたんぱく質も補給するのだとか。


 ただ問題なのは、価格の相場を知らない事だ。


 高月瑞希の記憶は使えないし、そもそも貴族令嬢がお金を持って買い物をすることは無く、店先に吊るされている干し肉の値段が高いのか安いのか全く想像つかなかった。


 だが、私は出来ない事を素直に認めて、出来る人に頼る事が出来る大人なのだ。


 私は助けを求めるべく振り返ると、そこにはニコニコ顔のエミーリアが立っていた。


「お嬢様が楽しそうで何よりです。マルシェでの買い物なんか初めてでございますよね」


 いや、それはそうだけど、子供のお使いみたいな言い方は止めて欲しい。


 と言っても物の値段が分からない時点で、そう思われても仕方が無いのか。


「ねえエミーリア、これはお買い得なの?」


 私がそう尋ねると、エミーリアは信じられないと言った顔になっていた。


 私が物の値段を知らないことが、そんなにおかしいのだろうか。


 ちょっと抗議しようとしたところで、エミーリアが何に驚いていたのかが判明した。


「金に糸目を付けないお嬢様が、こんな安い肉がお買い得かだなんて・・・」


 あ、そっちの方なのね。


 だけど今は言ってみれば逃亡生活みたいなものなんだから、お金は大事ではないの?


 だが、エミーリアはそんな事は考えていないようだ。

 

「お嬢様、欲しいものがあれば何でも言ってくださればよろしいのですよ」


 予算を気にしなくていいというのなら、エミーリアが驚くほど無駄使いしてしまおうかとも考えたが、貧乏性の私にはそんな事は出来そうも無かった。


 どうしても必要最小限の物を選んでしまうのだ。


 今もバスケットの中に干し肉や乾燥野菜、炒り豆それからスープに付けて食べるのが前提の固いパンが入っていた。


 そのバスケットの中味を見たエミーリアが、何とも言えない顔をしていた。


「ああ、お嬢様の初めてのお買い物が、こんな慎ましいものだなんて・・・」


 もう貴女は黙っていて、目の前で店主が笑いをかみ殺しているではないですか。


「まいど。35ネラだよ」


 後ろにいたエミーリアが店主に代金を払ってくれたので、私は買った物をバックパックに詰めて行った。


 そしてそれを背負うとしたところで、馬車を置いてきたエイベルがやって来た。


「お嬢、荷物は任せてもらいましょう」


 そう言うと私からバックパックを受け取ると、そのまま自分で背負っていた。


 こういう所で買い物をすれば、定番はやはりあれだろう。


 という事で、私達はお茶をするためにカフェに入ったのだ。


 カフェの中はカウンター席と4人掛けテーブルが6台あり、デットスペースには観葉植物が置かれていて日本の喫茶店と大差なかった。


 まあ、ゲームの世界なのだから当然と言えば当然だろう。


 今は冒険者仲間という設定なので同じテーブルに3人で着席すると、何の疑いも無くメニュー表を手に取り何を注文するか考え始めた。


 お茶は紅茶で茶葉の種類が幾つかあり、お菓子は洋菓子が数種類あった。


 その中にはシュトーレンもあった。


 これは日持ちする菓子パンみたいな物なので、野営に持っていく事も可能だ。


「ご注文はお決まりですか?」


 給仕の女性がやって来たので、お茶とケーキを注文して一つ質問をした。


「それと持ち帰りも可能ですか?」

「え?」

「はあ?」

「まあ」


 給仕の女性が「え」と言うのは分かる。


 だが、何故貴方達まで驚く。


「このシュトーレンを1本持ち帰りで注文したいのです。可能ですか?」


 すると給仕の女性は、店長に聞いてきますと言って聞いて来てくれた。


 どうやら可能なようだ。


「お嬢、まさかあれ1本食べる気ですかい? 太りますぜ」


 おいこら、一言多いんだよ。


 それに疲れた時は甘い物に限るのだ。


 この世界で初めて野営をするのだ。


 きっと甘いものが欲しくなるに決まっている。


 エイベルが欲しいと言ってきても、あげないことにしよう。


「それにしても何故平民用のマルシェで買い物をされたのですか? 東側に行けば貴族相手の店も沢山あって、むしろお嬢様にはそちらの方がお好みに合いますでしょうに」


 まあ、確かにそうなんだろうけど、あっちに行ったら絶対第一王子派に見つかるよね。


 もし行くとしても、この町から出られる準備が整った後だろうね。

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