第20話 初クエスト4

 私は集まった冒険者達の間に割り込むと、目をつむり痛みに耐えている冒険者にポーションを飲ませる事にした。


「これを飲んで」


 私がそう言って治癒ポーションを差し出すと、その腕を捕まえられた。


「ちょ、ちょっと待ってくれ。そんな高価な物買えませんよ」


 私の腕を掴んだ冒険者の方を見ると、そこにはまだ幼い顔をした少年がいた。


「でも、苦しんでいますよ」

「そうだけど。それを買う代金が無いんだよ」


 ああ、どうやら私は、高い薬を売りつける悪徳商人と思われているようですね。


 ここは安心させる必要がありそうだ。


「別に代金は要りませんよ?」


 私がそう言うと、その冒険者の少年はますます嫌そうな顔になっていた。


 どうしてそんな顔をするのか全く理解出来なかった。


「全く、あんただって見ず知らずの者に、高価な物をタダでいいと言われて素直に受け取るのか? 何か裏があるとは思わないのか?」


 ああ、そう言えば確かにそうね。


 病院だって無償では見てくれないのだ。


 そこで私はいい事を思いついた。


「それでは今日貴方達が摘み取った薬草と交換ではどう?」

「それじゃ釣り合わないよ」


 冒険者の少年は、ぬめり草1束が銅貨5枚つまり5ネラなので、銀貨10枚千ネラの治癒ポーションとではとても釣り合わないと言っているのだ。


 それでも私は薬草採取のクエストを達成する方がよっぽどメリットがあるので、それを強調して何とか交換してもらうことが出来た。


 苦しんでいた冒険者は治癒ポーションを飲むと瞬く間に怪我が治り、苦しそうだった顔も穏やかな顔に変わっていた。


 怪我人の回復を見届けてから、丘陵を降りてエイベルが待つ馬車に戻っていった。


 エイベルは馬車の傍に竈を作り、火を起こしてお湯を沸かしているところだった。


「お嬢、お帰り・・・うぉっぷ。何ですか、糞の上で寝転がっていたんですかい?」


 そう言って鼻を詰まんで顔の前を掌で扇ぐ仕草をしていた。


 私はあまりにも礼を欠いたその言動に、思わず足を上げるとそのまま蹴りを入れておいた。


 エミーリアは私が蹴りを入れる所をしっかり見ていたようで、「ああ残虐姫が戻ってきましたわ」と言っていたが、聞こえないふりをしておいた。


 そしてようやく悶絶から回復したエイベルに話しかけた。


「貴方はそこで何をやっているのですか?」

「ああ、丘陵は強風で体が冷えたでしょう。温かい飲み物を入れるためお湯を沸かしていました」

「まあ、それは助かりますね」


 そう言えば吹きさらしの場所に長く居たので、体が凍えていたのだ。


 温かいお茶を入れたカップを両手で持つと、その熱が掌を通して体の中に流れ込んでくるようだった。


 そして一口飲むと体内から熱が発生し、冷たく凍えた体を解凍していくようだった。


 人心地付いていると、先程治癒ポーションを渡した冒険者達が丘陵を降りてきた。


 私はその冒険者達に手招きすると、温かいお茶を振舞う事にした。


「ちょっと貴方達、こっちに来て暖かいお茶でもどう?」


 冒険者達も凍えていたようで私からの誘いを快く受け入れてくれた。


 そして私から匂う壊鼻草の匂いには務めて気にしない配慮もしてくれていた。


 うん、いい子達だ。


 そして本当なら他人には教えない有益な情報を色々教えてくれた。


 それによると南西の森の麻痺茸採取が最も効率が良いのだとか。


 ただ、そこは風オオカミという魔物が出るので注意が必要とのことだった。


 王都に戻って冒険者ギルドに馬車を横づけすると、早速ぬめり草の換金を行う事にした。


 夕方のギルドは併設している酒場に集まった人たちが酒を手に気勢を上げていたが、受付周りは殆ど人がおらず閑散としていた。


 受付のお姉さんも手持ち無沙汰と言った感じだった。


 だが、私達が入って行くと同時に壊鼻草の匂いも冒険者ギルドの中に充満していったらしく、それまで楽しそうに酒を飲んでいた人達の手が止まり、鼻を摘まむと、目の前の空間を仰ぐような仕草をしていた。


「うぉっぷ。何だ、この強烈な匂いは? 鼻から脳天にかけて突き抜けてくるようだぜ」

「うわぁぁぁ、目がぁ、目がぁあ」

「うがぁ、こ、これはあの・・・」

「うぉぉぉ臭せえ、新人の頃の黒歴史が蘇えるようだぁ」


 冒険者達は皆匂いの発生源を探し始めた。


 そして私の方を見ると、一斉に咎めるような視線を送ってきた。


 そのまるで私が臭いような眼は止めて欲しい。


 私が臭いのでは無く、臭いのは壊鼻草なのだ。


 受付の女性は職業柄流石に鼻を摘まむ事まではしていないが、その顔は引き攣っていた。


 私達がぬめり草の束を抱えて受け取りカウンターの方に行くと、窓口の男性職員が手招きしてきた。


「あんたも初心者がやるミスをやらかしたね」


 受付の男性は、初心者がぬめり草と壊鼻草を間違えて酷い目に遭う事を教えてくれた。


 だが、私は知った上でそれを摘まんだのだが、言い訳にしかならないので黙っておくことにした。


 そして冒険者から治癒ポーションの代金としてもらったぬめり草の束を、カウンターの上に置いた。


「ほう、随分集めてきたね。どれチェックしてやろう」


 そう言うとぬめり草と間に挟まっていた雑草をより分けると、残ったぬめり草の束の重さを計測していった。


 計測が終わると受け取り費用として銅貨5枚をカウンターに置くと、カウンターの横にある情報石に左手首の冒険者プレートを翳すように言われたので、そうすると今回の依頼成功の情報が記録された。


 私はカウンターの上に置かれた銅貨5枚を受け取ると、後ろで控えていた2人とギルドを出ると馬車に乗り込んだ。


 そして追っ手を注意するため右に左にと方向を変えながら、隠れ家に向かった。


 王都ルフナは門の無い北側に王城キングス・バレイがあり、その西側に近衛師団と騎士団の駐屯所、東側に東門側までは貴族街が広がり、西門側は商業地区になっていた。


 そして南側は、狭い路地に密集する形で建物が立ち並ぶ平民街なのだ。


 イーノック・ラティマーが用意してくれた隠れ家は、比較的広い道の傍にあったので馬車で行くことが出来た。


 建物は3階建てで1階には大きな扉があった。


 1階の扉を開けると、そこは何もない空間で馬車を入れるには丁度良い大きさだった。


 そして2階に上がる階段は一番奥にあり、その階段を上って行くと広いリビングがあった。


 リビングには横長のテーブルと椅子が6脚置いてあり、壁際には横長のソファーと風景が飾ってあった。


 リビングの奥は簡単なキッチンになっており、野菜や干し肉それに保存の効く黒パンが置いてあった。


 これらはイーノック・ラティマーからの心づけのようで、有難く頂くことにした。


 そして壊鼻草の匂いを取るため湯あみをしてから、明日は南西の森に行くための準備を頼み3階にある寝室で眠る事にした。


 初めてのクエストで疲れていたのか、直ぐに眠りに落ちていった。

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