第19話 初クエスト3
私は風よけになりそうな窪みを探していた。
ここの丘陵地帯は常に風が吹いているので、風よけになる高い木が全く無いのだ。
もっとも風に負けて木が育たないというのが正解なのかもしれない。
ようやく見つけた窪みは、大型動物の塒でもあったのか少し奥まで続いていた。
背負っていたバックパックを下ろして、中から昼食用として持ってきたテーブルロールと紅茶が入った密閉ポットを取り出すと、エミーリアは荷物の中からテーブルクロスを取り出し窪地の地面に敷いて私が腰を下ろせるようにしてくれた。
それから紅茶を入れる陶器製のカップを取り出すと、密閉ポットからお茶を注いでくれた。
私の座っている場所から見える景色はとても美しく、ここが町の外で恐ろしい魔物と呼ばれる存在が要る世界だという事を忘れてしまいそうだ。
バスケットの中からパンを一つ手に取りパクリと直接食べると、口の中にほんのりと甘い味が広がった。
お茶とパンだけの昼食だが、パンはほんのり甘かったので何もなくても食べられた。
どうせなら野菜やソーセージを挟んで食べた方が美味しそうなので、それをエミーリアに伝えると、早速手配してくれることになった。
昼食を終えるとクエストを達成すべく、ぬめり草探しを始めた。
手始めにこのくぼ地が少し先まで続いているようなので、念のために調べてみる事にした。
そして少し歩いたところで、肉厚な葉をした草を見つけたのだ。
ちょっと肉厚な葉の周りに牙のような刺が並んでいるような気もするが、見た目はぬめり草にそっくりだ。
「エミーリア、見つけたわよ」
私は嬉しそうにそう告げると、私が指さした方を見たエミーリアは眉間に皺を寄せていた。
「お嬢様、それは壊鼻草です。猛烈に臭いので触らないでくださいませ」
え、なんだ、違うのか。
がっかりである。
だが、そこで日本に居た時に、捕まえた熊にからしスプレーをかけてから逃がした映像を思い出していた。
もしかしたら魔物にも効くんじゃないかしら?
試しに肉厚な草を折ってみると、折った部分から粘性の高い汁が滲み出てきて、それと同時に猛烈な匂いが周囲に広がっていった。
「うぉっぷ。こ、これは強烈だわ」
私は思わず鼻を押さえてむせ返りそうになっていた。
それに目も沁みるので、涙で前が良く見えなかった。
隣に居たエミーリアも悶絶しているのが気配で分かった。
「うぇぇ、お、お嬢様、だから申し上げましたのに」
「でも、でも、これがあれば魔物避けになるのではなくて?」
「そ、その前に人も寄り付きません」
私は袋の中から何とか密閉出来る容器を見つけると、その中に壊鼻草を入れていた。
その光景を目にしたエミーリアがとても嫌そうな顔をしていたが、見なかったことにしておいた。
酷い目に遭った私達が窪地から出ると、そこは風が吹きおろしていて壊鼻草の嫌なにおいを消し飛ばしてくれていた。
それで気分が良くなったので再びぬめり草を探し回ったが、他の冒険者に取られた後なのか残念ながら見つけられなかった。
会社で釣り好きの上司がしょっちゅう海とか川に釣りに行っていたが、時折全く釣れない日があるのだそうで、その時の事を「ボウズ」と言っていた。
今日の私達も、どうやらこのボウズになりそうだった。
まあ初めてのクエストなのだ。
最初からうまくいくとは思っていない。
明日また頑張ろうという事でエミーリアに声をかけて帰り支度を済ませると、元来たルートを逆に辿ってエイベルが待つ馬車の元に向かって歩き出した。
帰り道を馬車に向けて進んで行くと、風に乗って遠くから悲鳴が聞こえてきた。
すわ、魔物かと思ったが、冒険者ギルドの職員がここら辺に魔物は居ないという言葉ややたらと冒険者が要る事を考えると、恐らくは冒険者同士の縄張り争いだろうと結論を下した。
そして先程悲鳴が聞こえてきたあたりに差し掛かると、年少の冒険者達が横たわった仲間の周りに集まっていた。
どうしたのだろうと覗いてみると、横になっている冒険者はどこか怪我をしたのか苦しげに顔をゆがめ荒い息遣いをしていた。
「どうかしたの?」
私が声を掛けると、横たわった仲間を心配そうに見つめていた少年少女たちが一斉にこちらに振り向いた。
そしてその中で一番年長と思われる少年が説明してくれた。
「仲間が強風にあおられて落ちたんだ。何とか引き上げたんだが、骨を折ったらしくて動けないんだ」
それは気の毒に思い何かしてあげられないか考えていると、後ろからエミーリアが周りに聞こえないようにそっと耳打ちしてきた。
「お嬢様、治癒ポーションがありますので、骨折なら直ぐに治せます」
私は直ぐに治せると聞いて人助けのためなら仕方がないよねと思い、エミーリアに治癒ポーションを出してもらった。
治癒ポーションは飾り瓶に入っているので、見た目からしてとても高価そうに見えるのだ。
その瓶を見て、少年達の顔が強張るのが分かった。
「ねえエミー、治癒ポーションの値段は?」
「1本千ネラってところね」
うん? 千ネラ? それって通貨単位なのだろうか。
私が小首を傾げると慌ててエミーリアが銀貨10枚ですと言い直してきた。
この世界はネラというのが通貨の単位で、1銅貨が1ネラで、百ネラが1銀貨、1万ネラが1金貨だそうだ。
問題はそれが高いのか安いのか、私に判断出来ないという点だ。
大体貴族令嬢がお金をもって買い物に行くことなど無いのだから、知らないのは仕方が無いのだ。
それでも目の前に苦しそうにしている人が居て、自分にそれを取り除く手段があれば、人道的見地からも助けてあげないのはなんだか人として違う気がした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます