第18話 初クエスト2

 南門、通称冒険者門を守る副隊長ベン・キルナーは、たった今出て行った1頭立て馬車を見送っていた。


 この門を利用する冒険者は嫌と言う程見てきたが、その中でも今出て行った駆け出し冒険者は例外中の例外だった。


 まず、冒険者と言うのは相手に侮られないようにどんな幼い顔をしていても乱暴な話し方をするのだが、あの明らかに危なそうな見た目の女冒険者は、とても丁寧な話し方をするのだ。


 それに駆けだし冒険者は金を持っていないので、馬車で移動することなど決してないのだ。


 そこで人相書が回ってきた貴族令嬢ではないかと疑ってみたが、その令嬢は残虐女とか告げ口令嬢と呼ばれる有名人で、格下の相手にはとことん見下した話し方をするんだとか。


 それが本当なら、俺みたいな一介の兵士に丁寧な話し方はしないし、クッションの無い荷馬車になど決して乗らないだろう。


 それに人相書きの令嬢は鮮やかな金髪だがあれは黒髪だし、そもそも高位の貴族令嬢があんな下品な恰好はしないだろうと一人納得していた。


 +++++


 目的地である南の丘陵は街道から入った先にあり、なだらかな丘が広がっていた。


 だがここの土地は柔らかい土で、馬車で乗り入れると直ぐに車輪が埋まって動けなくなるの、徒歩で行かなければならなかった。


 そこで街道脇にある馬車寄せと呼ばれる野営用の広場に馬車を止めると、馬車の御守をエイベルに任せて、私とエミーリアがぬめり草の採取に向かう事にした。


 したのだが、エミーリアがなにやら馬車から大きな物を引き出すと、それを運び始めたのだ。


 荷車にしては幅が足りないし高さもあるので、野外で使うにしては不安定な形状をしている。


 見慣れたものに心当たりはあったが、まさか野外にそんな物を持ってくとは思わなかったのだ。


 だが、カバーが掛けられたそれをエミーリアが押している姿はいつも館で見ていた物にそっくりだった。


「エミーリア、それは何かしら?」


 するとエミーリアは、押すのをやめて両手を腰に当てるとドヤ顔で言い放った。


「これはお嬢様の昼食でございます」


 ああ、やっぱり。


 でもワゴンは館の中で使うからあの小さな車輪でも問題ないのだ。


 それをこんな野外に持ち出すなんて、一体何を考えているのだろう。


 しかも、さも当然のごとくこちらを見ているのだ。


「えっと、エミーリア。それはちょっと無理じゃないかしら?」

「え?」


 何故、そこで意外そうな顔するの。


 もしかしたらクレメンタイン・ジェマ・ブレスコットという令嬢は、そう言う事を当たり前のようにやらせていたのだろうか?


 ワゴンのカバーを取ると、そこには皿カバーが付いた平皿と飲み物が入っている密閉ポットが複数あり、それから焼き立てのテーブルロールのような小ぶりのパンがバスケットに入っていた。


「今回はこのパンと飲み物が入っている密閉ポットを1つ持っていきましょう」

「「ええっ」」


 おいっ、何故二人してありえない光景を目の当たりにしました、みたいな顔をするの。


 ちょっと睨んでもいいわよね。


 私は採取用の短剣と、もしもの時のための治癒ポーションを入れあるバックパックの中にパンと密閉ポットを入れると、唖然としている2人を置いて丘陵地帯に向けて歩き出した。



 なだらかな丘陵を上って行くと、風が心地よく鼻腔を擽る草の香りに誘われて軽い足取りで順調に進んだが、丘陵の上の方に行くに従って風が強くなり次第に行き足も遅くなっていた。


「ちょっと、これ歩くの大変なんだけど」

「お嬢様、そんなピクニック気分で来られる所なら、わざわざ冒険者に採取依頼等しませんよ」


 私がポツリと愚痴をこぼすと、すかさずエミーリアが言葉を返してきた。


 いや、別に独り言だから返事を頼んではいないのだが、確かに簡単に採取できるのならわざわざお金を払って依頼などしないというのには納得だ。


 強風に耐えながら暫く進んで行くと、丘陵にしゃがみ込んで薬草を採取する他の冒険者を見かけるようになった。


 どうやら場所は間違っていないようだが、これだけ商売敵がいると目的のぬめり草がまだ残っているのか不安だった。


「ごきげんよう。調子はどうですか?」


 私が声をかけると、採取作業をしていた冒険者の少年が驚いた顔で私を見上げてきた。


 そして私の恰好を見て仰け反っていた。


「えっと、ええ、何とか」


 どうした少年よ。


 こんな恰好しているから怪しがられるのは仕方が無いが、同じ冒険者なのだ。


 明らかに動揺している事を顔に出したらまずいのではないか?


 もっと、ポーカーフェイスを鍛えたまえ。


「ここら辺はぬめり草の群生地で間違いないかしら?」

「ええ、そうだけど。ここら辺はもうあらかた狩りつくされたから、もっと奥に行かないと生えてないよ」


 やっぱり競争率が高いようだ。ここまで来るのに大分時間を費やしていた。


 そろそろ昼食時なので、風を遮る場所を探すことにした。

 

「エミー、場所を探して昼食にでもしましょう」

「了解よ、ミズキ」


 今の私達は冒険者なので会話を聞かれる危険がある場所では、冒険者ギルドで登録した名前で呼ぶようお互い注意していた。


 だが、その会話が逆に物凄く違和感を与えている事には、2人とも気付いていなかった。

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