第16話 冒険者登録

 案内された部屋には、窓は無く中央にはどっしりとした重厚そうな応接セットが鎮座しており、部屋の隅には観葉植物も飾ってあった。


 私が迷うことなく奥の上座に座ると、エミーリアとエイベルがその後ろに控えた。


 それを見た先程の男はやっぱりと言った顔をしていたので、ようやく失敗したことに気が付いた。


 この態勢では完全に私が貴族令嬢で、後ろで控えている2人が使用人だといっているようなものなのだ。


 私はこんな簡単な罠にかかった事に頭を抱えた。


 実際には椅子に座るクレメンタインの姿勢がピンと背筋が立っている事や、膝を合わせてやや横にして相対者からスカートの中が覗けないようにしている所作が、平民ではないと言っている事には気が付いていなかった。


 男は私の相対に座ると、私の目を見て挨拶してきた。


「初めまして。私はバーニー・リトラーと言います。役職はギルドマスターです」


 私は本当の事を言えないので、はてどうした物かと考えたが、ここは貴族であることを認めながらもぼかすことにした。


「私は没落した貴族の娘です。今は貴族ではありませんが、生きて行くためには生活費を稼ぐ必要があるのです」


 そう言って、よよよと横を向いて涙を拭う仕草をしてみた。


 だが、実際はゴーグルが邪魔で相手には伝わっていないようだった。


「それで顔は見せられないという事ですか?」

「ええ、こんな事をやっているのが両親や親類に知られたら、どんな陰口を言われるか分かりませんし」

「ああ、成程そう言った事情なのですね。分かりました。それでは冒険者登録を行いましょう。ですが、冒険者は危険な仕事でもあるので、万が一命を落とすような事があっても自己責任であることを了承する書類にサインしてもらいますよ」


 た、確かに日本でも危険性がある手術や見学等でそのような書類にサインを求められるが、この世界でも同じだったとは。


「分かりました。サインしましょう。これでツォップ洞窟に行けるのですね?」


 私がそう言うと、バーニー・リトラーはちょっと驚いた顔をしていた。


「ほう、お嬢様はツォップ洞窟に興味があるのですか。それなら冒険者ランクを上げなければなりませんよ」


 うん、どういう意味?


 私は意味が分からず困ったような顔になっていると、直ぐにその理由を教えてくれた。


「冒険者はどなたであろうと最初は最低ランクのEランクからになります。そしてEランク冒険者は登録した町から他の町へ移動することを禁止されています。これは冒険者の命を守るためですから例外は認められません。そしてツォップ洞窟はターラント子爵領から入る事になるので他の町に移動可能なDランク冒険者になる必要があるのです。よろしいですね?」


 うう、最後の「よろしいですね」は、無知な私が馬鹿をしないようにと釘と刺した事がありありと分かる言葉だった。


 ランクアップしないと他の町に行けないというのなら、冒険者よりもラティマー商会に頼んで商人の鑑札を手に入れた方が早いんじゃないの? 


 そこでふっと、ツォップ洞窟が冒険者しか入れないという事を思い出した。

 

「リトラー様、ツォップ洞窟はどうして冒険者じゃないと入れないのですか?」

「普通の人がツォップ洞窟入って死亡するという事件が頻発したので、入口に魔法結界を張ったのです。魔法結界は冒険者プレートにだけ反応するようにしてあるので、冒険者じゃないと入れないという訳です」


 ああ、それで冒険者しか中に入れないのか。


 でも、町を出るにもランクの制限があるのなら、ツォップ洞窟に入るのにもランクの制限があるかもしれない。


「リトラー様、ツォップ洞窟に入れる冒険者にもランクが関係するのですか?」

「ああ、洞窟にはDランク以上の冒険者なら入れますよ」


 すると、王都でEランクからDランクにランクアップすればツォップ洞窟に入れるという事だ。


「どうしたらDランクに上がれるのですか?」

「冒険者のランクはA~Eまであります。登録したての人は全員Eランクです。仕事を成功させて実績を積むとランクが上がります。EからDにランクアップするには薬草採取等非戦闘クエストを5回以上、ゴブリン退治等の戦闘クエストを1回以上成功させなければなりません」


 う~ん、薬草採取なんかは問題なさそうだけど、戦いとなると運動音痴の私には厳しいんじゃないかなあ。


 そこで後ろで控えているエミーリアを振り返って見ると、笑顔で頷かれた。


 その顔にはお嬢様なら大丈夫ですよと言っているようだ。


 確かにクレメンタインの記憶では、幼少の頃から剣術を習っていた事実はあったのだが。


 これは困った。


 出来ないとも言えないし、どうすればいいのだろう?


 そんな私の不安な心理が伝わったのか、ギルドマスターが「止めますか」と尋ねてきた。


 ええい、ままよ。


 ここは後ろの2人に期待しよう。


「いいえ、問題ありませんわ」


 私がそう宣言すると、後ろからエミーリアが小声で「流石はお嬢様です」と言うのが聞えた。


 ギルドマスターは短く嘆息すると、首を横に振った。


「分かりました。冒険者登録は行いましょう。ですが、Eランクのうちは他の町にも移動できないので注意してください」


 そんな、何度も言われなくてもちゃんと守りますよ。


 これはきっと貴族という人種が、我儘でルールを無視すると思われているからだろう。


 ここは素直に返事をしておこう。


「分かりました」


 私の決意を汲み取ったのだろうギルドマスターは、登録のための手続きをするため、女性職員を部屋に呼んでくれた。


「後は、受付の女性が説明しますので、よぉ~く内容を聞いて理解してくださいね」


 そう言うと女性職員と交代で部屋を出て行った。


 私はギルドマスターに一礼すると、入れ違いで相対の席に座った先程とは違う女性職員の顔を見ていた。


 女性職員は事務的な笑みを向けると、持って来た書類をテーブルの上に置いて説明を始めた。


「冒険者登録用紙に必要事項を記載してもらいます。名前、職業、出身地それと特技ですが、これは他の冒険者とパーティを組む時の判断材料なので、その必要が無い場合は未記載でも問題ありません」


 ふむふむ、名前に職業かぁ。


 クレメンタインの名前は駄目だから、ここは高月瑞希の「ミズキ」にしておくか。


 職業はどうなんだろう?


 クレメンタインの記憶でも魔法を使ったという物は無かったので、普通に考えれば剣士とかなんだろうけど、運動音痴の私には自信が無かった。


 ペンを持ったまま迷っていると、後ろから私が書いている書面を見たエミーリアが助け舟を出してくれた。


「ミズキ様の職業は、治癒術師でよろしいかと思います」


 そうか、それならエミーリア達の後ろで待機していても問題ないじゃないか。


 私は大きく頷くと職業欄に治癒術師と記載し、出身地は王都ルフナとして提出した。


 2人の登録用紙を見ると、エミーリアはエミーという名に職業が戦闘メイド、エイベルの方はエインという名に職業が戦闘馭者になっていた。


 これは受付の女性に注意されるのではと焦っていたが、2人の書類を一瞥しただけで受け取っていた。


 あれ? それでいいの?


 だが、女性は書類を手にしたまま部屋を出て行ってしまった。


 どうやらあの内容で登録をしてくれるようだ。


 2人にあれでいいのか聞いてみたが、2人とも大真面目な顔で問題ありませんと言い切ったので諦める事にした。


 暫く待っていると、先ほどの女性が手に盆を持って現れた。


 盆には手首に付けるブレスレットのような物が載っていた。


「お待たせしました。これが冒険者プレートです。これはマジック・アイテムになっていて、手首に付けるとぴったりのサイズに合わせてくれます」


 そう言って私達に「E」と記載された冒険者プレートを渡してくれた。


 言われた通り左手首に嵌めてみると、一瞬淡く光るとそのままぴったりのサイズになっていた。


「冒険者ギルドにようこそ」


 受付の女性はそう言って、私達が冒険者になった事を歓迎してくれた。

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