第15話 冒険者ギルド
馬車の中ではエミーリアが満足そうな顔で私の姿を眺めていた。
私の方はラティマー商会が用意した冒険者の装備とやらを取り付けられて、ちょっと窮屈な思いをしていた。
「エミーリア、本当にこの格好で行くのですか?」
もう何度目だろうか私は遠回しにこんな格好は嫌だと言っているのに、エミーリアには全く伝わらないのだ。
「ええ、とってもお似合いですよ」
「はあ・・・」
そして私は、また何度目かのため息をつくのだった。
クレメンタインの髪の色は鮮やかな金色なのだが、それを着色のマジック・アイテムと言うのを使って今は黒髪にしてあった。
そして平民の普段着であるワンピースの上には、胸の丸みに合わせて加工したミスリル製の胸当て、金属製の膝上スカート、手には籠手そして何とか獣の固い革を使ったロングブーツという恰好なのだ。
極めつけは、黒色の金属製立体マスクに細長いゴーグルを付けていた。
ちなみに、このゴーグルは暗視が出来る優れものだ。
手配書が出回っているので仕方がないと言われてしまえばそれまでなのだが、なんだか世紀末の人間になったようで落ち着かないのだ。
そもそも私は運動音痴なので、こんな恰好で戦えとか言われても無理な話である。
馬車は道の凹みに合わせて小刻みに揺れるので、その度に重い装備がズシリと体にめり込んでくるのだ。
そろそろ限界と根を上げそうになったところで、ようやく馬車の揺れが止まり到着したことを告げていた。
エイベルが馬車の扉を開けてくれるまでの間、外からは人の喧噪が聞えてきた。
「お嬢、到着しました」
そう言ってエイベルが馬車の扉を開けると、私はしぶしぶ腰を上げて馬車から降り立った。
既に馬車の周りには野次馬が集まっていて、ここは平民街でも下流の民が集まる地区らしく集まった人たちの服装は継ぎが当てられた着古しだった。
それでも私の恰好が異様だったのか、唖然とした顔で見つめられていた。
それはそうだろう、こんな場所でも私のような恰好をしている人は誰も居ないのだから。
エミーリアはここでも黒のメイド服に白いエプロンという恰好だが、メイド服の中に鎖帷子を着こみ、スカートの中には色々な武器が隠してあるそうだ。
そこまでしてメイド服を着る意味が分からなかったが、これが標準装備ですと言われると、何でも屋なのだからそうなのかと思ってしまった。
それからエイベルの方も、黒の燕尾服にシルクハットというどう見ても何でも屋には見えない恰好に背中に細身の長剣を背負っていた。
当初私の恰好を見て固まっていた野次馬は、徐々に再起動していくと直ぐに口笛を吹いたり卑猥な言葉を投げかけてきた。
これが貧民街の洗礼という事なのだろうか?
そう思っていると後ろから降りてきたエミーリアが野次馬達を鋭い視線で一瞥すると、何やら白い粉のようなものを集まった野次馬達に投げつけていた。
野次馬達は何かろくでもない物を投げつけられたと思ったらしく、悲鳴を上げて逃げて行った。
「全くああいった連中は、どこにでも湧くものなのですね」
エミーリアの口調はまるで水たまりに沸くボウフラを見たといった感じなのだが、それでいいのだろうか?
野次馬が居なくなって視界が広くなったところで、正面に剣と盾といった看板が掲げられている建物があった。
どうやらあれが冒険者ギルドと呼ばれる物のようだ。
それにしても剣と盾?
何でも屋なら、ドライバーとペンチでもいいのではないの?
エミーリアを先頭に私達が冒険者ギルドの建物に入って行くと、中に居た人達の視線が一斉にこちらに向いた。
その視線は、何やら新参者を品定めするような感じだった。
建物の中には長いカウンターがあり、構造としては市役所の中といった感じで隣には飲食が出来る場所が併設されていた。
カウンターにはクエスト受付、冒険者登録、素材持ち込み等の表示が出ていた。
用事があるのは冒険者登録の窓口なのだが、何故だかクエスト受付と書いてある窓口に居る女性が手招きしてくるのだ。
私は顔の前で右手を空手チョップの状態から左右に振って違うというそぶりをしてみたが、このような日本でのボディランゲージが通じるはずも無く、受付の女性は一つ頷くとまた手招きしてきた。
仕方が無いので傍に行って違うと言う事を主張することにした。
「あの・・・」
「仕事の依頼でしたらこちらの窓口ですよ」
ああ、完璧に間違われている。
ここははっきりと否定しないと拙そうだ。
「あの、私達は冒険者登録に来たのです」
「・・・え? 嘘でしょう」
どうも信じてもらえないようだ。
きっとエミーリアとエイベルの恰好が駄目だからだ。
私は後ろに控えている2人に振り返ると文句を言おうとしたのだが、先ほどの受付の女性が言い放った言葉が私の頭にのしかかってきた。
「ここは貴族のお嬢様が遊びで来るところではありませんよ」
私は振り返って受付嬢の顔をまじまじと見ると、この変な恰好をした私が何故貴族令嬢と分かったのか興味が湧いてきた。
「あの、何故私が貴族令嬢だと?」
「あのですねえ。平民はそんな綺麗な姿勢で優雅に歩きませんし、平民の女性は髪の毛をそこまで長く伸ばしません。そしてなにより冒険者ギルドに馬車で乗り付ける平民が居ると思いますか?」
「うっ・・・」
そう言われて受付嬢の髪の毛を見ると、確かに肩にも掛かっていない長さだった。
あれ、これでは変装が直ぐにバレるのではないの?
だが、ここは何が何でも冒険者登録をする必要があるのだ。
ここは押しの一手だろう。
「私達は冒険者登録に来たのです。その受付をお願いします」
私がそう言い放つと受付の女性はちょっと困った顔になり、後ろにいるより位の高そうな男性に相談に行ってしまった。
そしてチラチラとこちらを見ながら話し込んでいると、今度はその男性がいかにも厄介な客が来たなとでも言いたげな顔で、こちらにやって来た。
「えっと、詳しい話がしたいので奥の部屋に来てもらえますか?」
これは日本で言う所のクレーム客対応なのではないの?
単に冒険者登録をしに来ただけなのに、いきなりクレーマー扱いされるのはとても不本意だ。
それを表情に表そうとしたのだが、残念ながら私の顔はゴーグルとマスクで隠されているので全く意味が無かった。
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