第12話 隠れ家へ2

 倒れている男が騎士団の制服を着ているので思わず逃げ出したくなったが、それでも目の前の負傷者を放置することもできず、荷物の中から治癒ポーションを取り出した。


 現代日本人の私には、目の前に私が乗った馬車が人を跳ね飛ばした被害者が横たわっているというのに救護せずに逃げるなんて真似は出来ないのだ。


 治癒ポーションは手のひらに収まるサイズで、見事な飾り瓶に入った青色の液体だった。


 その細長い蓋を取り、そっと男の口に近づけた。


「治癒ポーションです。飲んでください」


 すると男はこちらを見てから、液体を飲み込んだ。


 効果は直ぐに表れて、それまで苦しそうにしていた呼吸が正常に戻っていた。


「ありがとう。助かったよ」

「いえ、こちらの責任ですから。本当に申し訳ございませんでした」


 その男が驚いた顔で私の顔をじっと見てきた。


 え、もしかしてバレた? 私はそっと俯いて顔が見られないようにした。


 すると男は自分が不躾に顔をじろじろ見ていた事に気づき、謝罪してきた。


「あ、いや、これはすまない。言葉遣いが丁寧だったので驚いたのだ。私はレスター・ナサニエル・アレンビーだ。お嬢さんお名前は?」


 アレンビーと言えば、卒業パーティーで私と一緒に婚約破棄されたクリスタル様の親戚筋の方でしょうか?


 貴族家出身の騎士が平民街の公務をするのは珍しい事のはずなので、私を探していると考えた方が良さそうね。


 すると本名は名乗れないし、何と答えたらいいかしら?


 あ、でも、平民の振りを通したら、貴族を馬車で跳ね飛ばしたという理由で無礼打ちにされないかしら?


 どうしようかと悩んでいると、何も考えてないかのようにエイベルが口を挟んできた。


「あ、こっちは商人のクラーラ様です」

「商人? すまないが、荷物を改めさせて貰えないか?」


 レスターは先程までに笑顔が消え、私を厳しい目で見ていた。


 え、なんか拙い事態になった?


 止める暇もなく、素早く動いたレスターが荷台の中に入ってしまった。


 慌てて荷台を覗くと、食料と着替えしかない荷台でレスターがこちらを見てきた。


 その目には深い疑いの色があった。


「お嬢さん、俺は今、公務で闇営業をしている悪徳商人を追っている。ちょっと詰所まで来てくれないか」


 悪徳商人? では、私を探している訳ではないのね。


 仕方がない、ここは正直に話してしまおう。


「仕方がありません。レスター様、私はクレメンタイン・ジェマ・ブレスコットです。訳あって今はこうして身分を隠しています。御察し願えますね?」


 私の家名を聞いて、レスターは驚いた顔になっていた。


「え、ブレスコットってあの辺境伯家の?」

「はい、そうです」


 他にブレスコットを名乗る家は無いはずですよ。


「これは失礼しました。どうりで見た目が平民とは思えなかったはずです。私は今、王都であくどい商売をしている輩を追いかけていたのです。不幸にも出合い頭でクレメンタイン様の馬車に跳ね飛ばされましたがね」


 そういうとやや悪戯っぽい笑みを浮かべていた。


 良かった。レスター様は、私を追いかけている第一王子派の方とは違うようね。


 それにしてもやっぱり一目でバレましたか。


「それはお気の毒様でした。それで私達が、その一味だと思われたのですね?」

「あ、いや、これは面目ないです。あははは」


 そしてレスターは急に真剣な顔になった。


「それでクレメンタイン様、何があったのです?」

「追っ手から逃げている最中なのです。どうやら見つかってしまったようですが」


 そう言って後ろに止まった馬車を見ると、レスターも悟ってくれたようだ。


「成程、そうでしたか。それでは助けてもらったお礼をいたしましょう。それではクレメンタイン様、またどこかで再会出来る事を期待していますよ」


 そういうと私にサムズアップしながらウィンクしてきた。


 そしてそのまま手を振って仲間を呼ぶと、私たちを追ってきた馬車に向かっていった。


「私は騎士団のレスター・ナサニエル・アレンビーだ。公務で闇営業をしている悪徳商人を探している。その馬車も確かめさせてもらうぞ」


 そういうと強引に馬車に乗り込んでいった。


 私達はレスターが時間稼ぎをしている間に、この場所から逃れることができた。

 

 私は御者台の傍まで移動すると、エイベルの先程の事を尋ねてみた。


「エイベル、クラーラって誰?」

「ああ、ネイト・マレットの一人娘の名前を拝借しました」


 ネイト・マレット? 確かバタールにそんな名前の兵士が居たようだが、所帯を持っていたのね。


「お嬢も小さい時会った事がありますよね。今は結婚して娘が1人いるんですよ」


 そうだったのね。


 私は婚約破棄された傷物だから、もうお相手に出会えないかもしれないけど。


 そう考えると少しだけ寂しさを感じていた。

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