第10話 変装
「お嬢様には変装をして頂きます」
「変装?」
「ええ、本当は男装した方がいいのですが、それをするにはいささかお胸が難しいかと」
そう言われて私は、自分の豊満な胸を見下ろしていた。
確かに、これではさらしに巻いても厳しいだろう。
そして私は、そんな事をされたら息が出来ない。
却下だ。
「そしてどのような姿に変装するかは、この地図を見ながら検討しましょう」
そう言って、最後の紙をテーブルの上に広げた。
それはバーボネラ王国の地図だった。
「ここが王都ルフナで、こちらがブレスコット辺境伯領です。そしてその間を結んでいるこの線はルスィコット街道です」
バーボネラ王国は大陸の東端に三角形の形に突き出した半島にあり、王都はその三角形のほぼ中央に位置していた。
ブレスコット辺境伯領は西の大陸との付け根にあり、ルヴァン大森林を挟んで大陸側の大国アンシャンテ帝国に睨みを利かせていた。
王都ルフナとブレスコット辺境伯領との直線上には、国土の西側から北東に向けて伸びているタバチュール山脈に遮られているため、北側のスィングラー公爵領を反時計周りで迂回する形でルスィコット街道が通っていた。
この名前は王都と中継するスィングラー公爵領、そして終点のブレスコット辺境伯領の名前を取って名付けられている。
王都ルフナとスィングラー公爵領との間には、タバチュール山脈とタルボ山脈に挟まれた隘路があり、そこはギャレー狭間と呼ばれ王都を防衛する最後の防衛線になっていた。
「ブレスコット辺境伯領に帰るにはこのルスィコット街道を通るのが普通ですが、すでに人相書きが回っているので仮に王都を脱出できたとしても、ギャレー狭間の防衛隊やスィングラー公爵領をすんなり通してくれるとは思えません」
そうなのだ。
スィングラー公爵家は第二妃の実家であり、第二王子派の旗頭なのだ。
今回の第一王子派の愚行を派閥隆盛のチャンスととらえるのは当然で、そんな所にのこのこ行ったら飛んで火にいる夏の虫になってしまう。
「そこで一つ提案なのですが、タバチュール山脈の麓には冒険者が利用するツォップ洞窟というのがあって、どうやら山脈の反対側のビンガム男爵領に出口があるようなのです」
成程、ビンガム男爵領はブレスコット辺境伯領の南西側にある隣領だし、男爵とは何度か面識もあった。
そのツォップ洞窟さえ抜けてしまえば、辿り着いたも同然だ。
すると脱出ルートというのは、王都から南西方向にあるその洞窟に入って反対側に出るということのようだ。
洞窟探索なんて、なんだか楽しそうね。
そうして嬉しそうな顔をしていたのだろう、ちょっと困った顔になったエミーリアが私にそっと耳打ちしてきた。
「お嬢様、洞窟は物見遊山で行く場所ではございませんよ。でも、そんな事を考えているお嬢様はとても可愛らしいです」
私は考えていたことを見透かされて、顔が真っ赤になっていた。
「な、ななな、何ですか。私は、そ、そそ、そんな事は考えていませんよ?」
否定したら余計生暖かい目で見られてしまった。
ええ、どうせ私は頭の中お花畑ですよ。
私はちょっと気分を悪くして唇をすぼめていたが、他の人達はそれもなんだか嬉しそうな顔で見ているのは納得いかなかった。
そしてラティマーさんは、私が話を聞いているかどうか一瞥してから先を進めていた。
「ルートが決まったところで今度はその方法ですが、王都から出る時は冒険者として出てもらいます」
「ああ、分かりました。私がその冒険者と言われる方達に見えるように変装すればいいのですね?」
私がそう言うと、ちょっと困った顔で首を横に振っているので、何が間違ったのだろうかと考えていると、エミーリアが補足してくれた。
「お嬢様、冒険者のふりをするのではなくて、本当の冒険者になるのです」
「どうして?」
「貴族のままでは直ぐに捕まってしまいますし、平民に変装したら冒険者の冒険者プレートか商人の鑑札が無ければ町の外に出られないからです」
え? 今まで普通に領地との間を行き来出来たのは、私が貴族だからだというの?
この世界では、平民が普通に旅行することは難しいようね。
でもそれなら冒険者じゃなくて最初の案のとおり、商人でもいいのではないの?
「それなら商人に変装してもいいんじゃないかしら?」
私がそう言うと、エミーリアはちょっと困ったように首を横に振っていた。
「理由は分かりませんが、ツォップ洞窟を通れるのが冒険者だけなのです」
私が冒険者になる?
でも、冒険者って何?
「その冒険者とはどういった職業の方なのですか?」
「冒険者というのは、冒険者ギルドに登録した人達で、ギルドに持ち込まれるクエストと言われるさまざまな依頼を受ける人達の事です」
日本で言う所の何でも屋さんの事だろうか?
蜂の巣を処分したり不用品を整理したりとか?
そうすると作業着が欲しいところね。
「既に冒険者の装備は手配してありますので、出かける時には着替えてください」
そう言うと指をパチンと鳴らすと、その合図に従ってラティマー商会の少年達が木箱を持って部屋に入って来た。
「旦那様、言われた物を持ってまいりました」
「おお、ご苦労だったな」
そう言うとラティマーさんは、少年達に駄賃として焼き菓子を渡していた。
どうやら使用人に優しい人らしい。
それから机の中から鍵を取り出すと、それをテーブルの上に置いた。
「これは王都南の平民街にある隠れ家の鍵です。この家と辺境伯様やラティマー商会は結び付かないので王都を脱出するまでの間利用してください」
私はその鍵と隠れ家のある場所を記した地図を貰うと、ラティマーさんにお礼を言った。
だが、直ぐに王都から出て行くのだから、隠れ家を使う事はあまり無いだろうと思っていた。
エミーリアは隠れ家の鍵と地図をメイド服のポケットにしまうと、商会の少年達が運んできた箱の中身を確かめて悪い笑みを浮かべていた。
「さ、お嬢様、お着替えを致しましょう」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます