第9話 脱出ルート

 朝食を終えた私達が部屋で寛いでいると、扉をノックする音が聞えてきた。


 その音にエミーリアが反応して、時計を見てから私に振り返った。


「どうやらラティマー様は時間に正確なようです。少々お待ちください」


 そう言うと素早く扉に近づいて誰何をすると、扉の向こう側からくぐもった声が聞えてきた。


 私の耳には判別できない声だったが、近くにいたエミーリアには分かったらしくドアノブに手を掛けると、扉を開けて来訪者を中に招き入れた。


 入って来た男は壁の自画像そっくりだったので、直ぐにこの館の主イーノック・ラティマーであることが分かった。


 彼は武器商人なので、王都の館で彼の商会と直接取引する物は無くこれが初対面だった。


 私は挨拶をするため椅子から立ち上がり微笑みかけると、商人はその姿を見て目を見開いた。


 どうやらこの商人も、私の噂は知っているようだ。


「ラティマー様、初めましてクレメンタイン・ジェマ・ブレスコットと申します。この度は色々とお骨折り頂きありがとうございます」


 私がそう言って挨拶をすると最初商人は驚きのあまり呆けていたが、直ぐに正気に戻ると慌てて挨拶を返してきた。


「め、滅相もございません。貴女様の御父上には、とてもご贔屓にして頂いております。この度は、その御恩を少しでも返せるとむしろ喜んでおります」


 そう言って頭を下げると、頭頂部が光に照らされてきらりと光った。


 その光景がツボに嵌った私は何とか笑いをかみ殺すと、脱出案というのを聞いてみる事にした。


「それで私を領地まで送り届ける案があるのですか?」


 するとイーノック・ラティマーは、テーブルの上に丸めた紙を3つそっと置いた。


 その紙はポスター位のサイズがあり、紐で結んであった。


 商人がここに来たのはエミーリアが言っていた通り脱出ルートの検討だとすると、この紙はそれに沿ったもののはずである。


 魔法を込めたスクロールにしては大きすぎるしそれは何だろうと思っていると、直ぐに商人がそのうちの1つの紐を解いて広げた。


 それは王都ルフナの平面図だった。


「まず王都の警備状況ですが、ご存知の通り外に繋がる門はメインの東門、それと交易に使う西門それと冒険者が使う南門の3つがあります。騎士団は辺境伯館で成果が上がらなかったことから、この3つの門に人員を配置しているようです」


 そして図面のある一点を指さした。


「特に厳重なのが辺境伯領に繋がるルスィコット街道がある東門で、騎士団長自らが警備しておりました」


 うへえ。


 それじゃ王都から出るのも難しいんじゃないの?


 王都は高い城壁に囲われているので、門以外から出ることは空でも飛べない限り難しいのだ。


 どうするのという意味を込めてエミーリアを見つめると、何を勘違いしたのかとても嬉しそうに微笑み返してきた。


「お嬢、一気に突破しますか?」


 エイベルが、門を強硬突破するような仕草で声をかけてきた。


 いや、そんな事をしたら騎兵が追いかけてきて直ぐに捕まるでしょう。


「それじゃあ、すぐ捕まるわよ。見つからないようにそっと出なくちゃね」


 そう言った私にラティマーさんはにっこり微笑んで、2つめの紙を広げてテーブルに広げた。


 それは私の似顔絵のようだ。


「これが門に張られている人相書です」


 に、人相書? 私、犯罪者になっている? これもゲーム補正だというの。


 エンディングのテロップにあった、帰り道で殺害されるというあの一文を何が何でも実行しようとする悪意を感じるわ。


 だが、隣に居たエミーリアとエイベルは違った反応をしていた。


 何やら私の人相書きをじっと見ていた2人は、何やらおかしな感想を口にしていた。


「お嬢様の素敵な姿絵ですわ。でももう少し愛らしい顔立ちにして頂ければよろしかったのに、残念ですわね」

「おお、これこそ残虐姫の面目躍如じゃないか。いや、実に素晴らしい」


 だから、それは人相書という名の手配書なのよ。


 それに面目躍如って何よ。


 普通手配書の顔は、極悪顔と相場が決まっているのよ。


「これを見て頂いて分かるように館に捕縛隊が来て、失敗したら人相書きを配られ、門の警備が厳重になった事を考えますと、お嬢様を絶対に捕まえるという意志を感じます。つまり陛下は辺境伯様への抑えのため、お嬢様を人質にするお考えなのでしょう」


 という事は、ゲーム補正が外れたのか?


 いや、待て、利用価値が無くなったところで始末されるかもしれない。


 やはり、何が何でも辺境伯領に戻らなければ。


「では、この建物から出られないという事ですか?」


 私がそう尋ねた時、1階から何やら人が争っているような喧噪が聞こえてきた。


「なんでしょうか? ちょっと見てきます」


 そう言ってラティマーさんが1階に降りて行った。


 それはまるで王都辺境伯館に騎士団が来た時を思い起こさせて、不安になった。


 しばらくして静かになると、ラティマーさんが深刻な顔で戻って来た。


「どうやら残り時間があまりないようです」

「どういう事ですか?」


 私がそう尋ねてみると、どうやってかは知らないが第二王子派のアビントン伯爵家の者が、ここに私が居る事を嗅ぎつけてやってきたのだそうだ。


 何とか追い返してくれたようだが、何時またやって来るか分からないので、早めに隠れ家に移った方が良いという事になった。

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