第7話 商人の館

 私達を乗せた馬車は夕焼け空の元、王都の町を目的地に向けて走っていた。


 貴族街にある辺境伯館は貴族街に隣接する商業地域に近い場所にあったので、商人用の荷馬車が動いていても特に不審がられることも無く順調だった。


 だが商業地域に入ると夕方の買い物客が道に溢れかえり、馬車のスピードは殆ど歩く速度と変わらないくらい落ちていた。


 そして露店で売られている様々な物の匂いが鼻を突き、少し気分が悪くなってきた。


 私の正面に座っているエミーリアが、平然としているのが羨ましかった。


「エミーリア、あとどれくらいかしら?」


 私は匂いに耐えかねてそう尋ねると、エミーリアは外を見ることも無くおおよその到着時間を教えてくれた。


 私は到着までの時間、馬車の外から聞こえてくる気風の良い商売人の声を聞きながら、日本に居た時いつもお菓子を買っていた地元のケーキ屋の事を思い浮かべていた。


 私はまた、あそこのお菓子の味を楽しむことが出来るのだろうかと考えていた。


 やがて馬車は、周りの喧噪から離れ静かな場所に入ったようだ。


 そのおかげで、先ほどまで鼻腔を擽っていたあの甘ったるく嫌になる匂いも無くなっていた。


 馬車を引いていた馬が軽く嘶くと同時に馬車が止まり、外から人の声が聞えてきた。


「おいエイベル、今日は予定に無いが急用か?」

「ああ、緊急事態だ。目隠しを頼む」


 外からの声が途絶えると同時に、何やら作業をしているガサゴソという音が聞えてきた。


 それからしばらくして、外からエイベルの声が聞えてきた。


「お嬢様、準備が整いました。馬車から出て頂いても大丈夫ですよ」


 その声にエミーリアが扉を開けると、そこには布で出来たトンネルが出来ていた。


 私はエミーリアに手を引かれて、トンネルの中を建物に玄関に向けて移動していった。


 商家の玄関口は荷物の搬入搬出を想定しているのか間口が広く、玄関横には広い作業スペースと正面には受付カウンターがあった。


 正面には横幅の広い階段があり、玄関にやって来た客が少し視線を上げて踊り場の壁を見れば、そこには禿げあがった頭に口ひげを生やした小太りの男の絵がこちらを見返してきた。


 その踊り場の両側には2階に上がる階段が伸びており、玄関ホールの天上は吹き抜けとなっていた。


 この見た目は、あの豪華客船タイタニック号の描写でよくでてきた構図に似ていた。


 受付カウンターの向こう側にいたまだ髭も生えていない少年が私に一礼すると、小走りに近づいて来て「私に付いてきて下さい」と言って階段を上りだした。


 今日はなんだか階段の上り下りばかりしているなあと思っていると、階段の踊り場で少年が声を掛けてきた。


「こちらが、この商館の主人であるイーノック・ラティマーです。王都でも大手となる商会を一代で築いた英傑なのです」


 英傑ねえ。


 私は少年が指さす小太りの男の自画像を改めて眺めた。


 その外見からはとても英知に優れているとも、武勇に優れているとも見て取れなかった。


 それよりも、闇取引で財を築いた悪徳商人と言った方が納得する外見だった。


 そして少年の説明はまだ続いていた。


「ブレスコット辺境伯様はお得意様のお一人でございます。辺境伯領で使う武器、防具の殆どは私共が手配させていただいております」


 成程、そう言った関係だったのか。


 これが現代日本だったら、ラティマー商会は死の商人として疎まれるだろう。


 それをこの少年はとても誇らしそうに説明するので、ここが本当に別の世界なんだなと実感が湧いてきた。


 少年はそのまま2階に上がって行った。


 2階は吹き抜けの奥に通路が伸びており、その両側には小さく仕切られた小部屋が並び商談コーナーになっていた。


 小部屋は奥に行くにしたがって大きな部屋に変わっていった。


 大部屋には楕円形のテーブルが鎮座しており、その周りには豪華なクッションが付いた椅子が並んでいた。


 既に営業時間外なのだろう、これらの部屋はどこも無人だった。


 少年は、通路の先にある豪華な装飾が施されている扉に向かっていた。


 どうやらそこが目的地のようで、重厚な扉を開くとそこには豪華な応接セットやミニバー、書架やキッチンを備えた部屋があった。


 続き部屋はベッドルームとなっており、キングサイズのベッドとクローゼットそれに鏡台等が設置してあった。


 そしてこの部屋が貴族用と分かるのは、使用人部屋があるからだ。


 私がソファに座ると、早速エミーリアがミニバーで私用の飲み物を用意していた。


 何の説明も無くここに連れて来られたが、ここにはエミーリアしかいない事からようやく安心することが出来た。


 思えば今日は朝から色々な事があって精神的にも肉体的にもくたくたになっていたので、次第に瞼が鎧戸が閉じるようにゆっくりと降りてきて私は意識を手放した。


 +++++


 王都ルフナの町を少年が走っていた。


 駄賃を貰った少年は、手紙を届けにいく途中だった。


 そして目的の場所にたどり着くと、指示されたとおり扉を2回ノックした後、一呼吸置いてから今度は3回ノックした。


 それが指定された合図だったからだ。


 やがて扉が開いて顔を見せた男に少年は手紙を渡すと、礼だといって銅貨が入った袋をもらった。


 少年から手紙を受け取った男は、扉を閉めると部屋の中でソファに横になっている男に手紙を渡した。


 手紙を受け取った男は一読すると、その内容を声に出して伝えた。


「クレメンタインは、ラティマー商会に逃げ込んだそうだ」


 男はソファから起き上がると、吸っていた煙草の火をもみ消した。


「よし、これで第一王子派を出し抜けるな」

「クレメンタイン嬢をどうするので?」

「第二王子派に引き込む、無理なら第一王子派の仕業に見せかける」


 そういうと右手を水平にして自分の首の前で横に振り、ギロチンの真似をした。


「まあ、王都で確保出来なかったとしても、ルスィコット街道は第二王子派の領地を通過するから、そこで確保したら今度は辺境伯家への切り札として使うがな」


 そういうと早速準備を始めることにした。

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