第6話 館からの脱出

 なんで? 私は王子の命令通りパーティー会場から退場したのよ。


 今更私に何の用があるというの?


 しかも身柄の引き渡しなんて、まるで罪人扱いではないの?


 私は、心配そうに私を見つめるエミーリアに卒業パーティーで何があったかを話して聞かせると、エミーリアは直ぐに私の腕を取ると椅子から立ち上がらせた。


「お嬢様、急いで着替えましょう。直ぐにここを脱出します。セヴァリー、出来るだけ時間を引き延ばしてちょうだい」


 私は腕を引っ張られ階段を上りながらエミーリアに声を掛けた。


「既に包囲されているのよ。どうやって逃げ出すというの?」

「大丈夫です。御館様はいざと言う時の備えをちゃんと整えております」


 エミーリアはそれ以上何も言わずに私を部屋に連れて行くと、そこで早速動き易い恰好に着替えさせてくれた。


 服は平民が良く着ているワンピースで、足がすべて隠れる長さがあった。


 ただ使われている生地が高級過ぎて、どう見ても町娘には見えなかった。


 そしてゲームの世界に入り込んで、初めて自分の姿を鏡で見ることが出来た。


 鏡に映っている姿は、ゲームで馴染みのある悪役令嬢だった。


 そっと右手で頬に触れてみると、鏡の中の悪役令嬢も同じように頬に手を触れていた。


「これでは、私が悪役令嬢であることを否定できないわね」


 そう独り言ちて微笑むと、鏡の中の悪役令嬢も微笑み返してきた。


 それは私に身を委ねたのだから、ちゃんと辺境伯領まで送り届けなさいよと言っているようだった。


「分かったわよ。出来るだけの事はするけど、私の能力以上の事は要求しないでね」

「お嬢様? 先程から独り言が多いですよ。何かあったのですか?」

「いいえ、何でもないわ」

 

 そして無事着替えを終えると、1階が騒がしくなっていた。


 どうやら執事のセヴァリーが、そろそろ騎士団を押し留めておけなくなってきたようだ。


 それはエミーリアも直ぐに分かったようで、私に帽子を被らせると腕を取って部屋の奥にある納戸の方に向かおうとしていた。


「エミーリア、そちらは納戸では無くて?」

「ええ、こちらでよろしいのです」


 納戸は私の部屋の奥にある小部屋で、普段使っていないので何もない空間になっていた。


 エミーリアがその扉を開き中に入ると、奥にある寄木細工のような壁に手を掛け次々と模様の形を動かしていった。


 すると最初とは別の模様に変わり、壁からカチリという閂が開いたような音がした。


 エミーリアは唇に指を当てて「静かに」というポーズをしてからそっと壁を押すと、壁が開き暗い空間が現れた。


 そこでクレメンタインの記憶が、頭の中に蘇ってきた。


 辺境伯領の館や王都の館には細工がしてあり、さながら忍者屋敷のように隠し通路とか隠し部屋等があって、緊急脱出や一時的に身を隠す事が可能なのだと。


 私はエミーリアに手を引かれながら暗がりの中、階段を下っていった。


 足の裏に感じる絨毯のようなフカフカな感触に、足音が消されて静かな移動となっていた。


 何も見えないが、左右の壁を手で触れることが出来るので空間の認識は可能だった。


 3階分程降りたような感覚の後、前を行くエミーリアから階段はここまでですと声を掛けられた。


 それでも私の次の一歩は、ちょっと推測を誤りつんのめりそうになった。


 これは仕方が無いのだ。


 元々の高月瑞希は運動音痴なのだ。


 エミーリアはここで何かを拾い上げるとほんのり周りが明るくなったので、拾ったのはカンテラだと分かった。


 これで手探りで進まなくても良くなったので、少しほっとしていた。


 私は暗闇も苦手なのだ。


 通路の先にはまた階段があり、今度はそこを上っていった。


 高月瑞希としては普段から運動は殆どしないので、階段を上ったりすると直ぐに膝がぷるぷると笑いだすのだが、幸いな事にこの体はクレメンタインの物なので足が震える事も無くすんなり上って行くことができた。


 そして階段の上には扉があり、そこを開くとまた暗闇が広がっていた。


「ライト」


 エミーリアがそう言うと暗闇から光が灯り、ここが倉庫のような場所だと分かった。


 そしてゲームの中でクレメンタインも使っていた魔法を、初めて間近で見たのだ。


 それはとても新鮮な感じだった。


 だが、誰も居ないと思っていた空間には先客がいた。


「お嬢、こっちです」


 よく見るとそれは、いつも馬車を運転する馭者のエイベルだった。


「エイベル? 何故ここにいるのですか?」


 私が不思議そうにそう言うと、エイベルはしてやったりと言った顔でニヤリと笑みを浮かべていた。


「私はお嬢専属の馭者ですぜ。お嬢が動かれる時には、必ず私がお連れするのは当然です」


 そう言って今にも「ジャジャジャジャーン」と言いそうな派手なジェスチャーで、保管してあった馬車を誇らしげに見せびらかしてきた。


 その馬車には貴族が乗るような飾りは無く、商人が行商に使う馬車のようだ。


 荷台の部分には幌があるが、辺境伯家の紋章は見当たらなかった。


 私はその馬車をじっと見つめながら、どうあがいても「馬車で帰る途中で襲撃される」というゲーム補正が付いて回ることに暗澹たる気持ちになっていた。


 エイベルは私の反応がいまいちなのを気にしながらも、馬車に馬を繋げる作業を始めていた。


 私はそれを眺めながら、隣に居るエミーリアにそっと尋ねていた。


「ところでここは何処なのです?」


 エミーリアは、ここは館の傍にある空き家で、辺境伯様が身分を偽って購入してある物件だと教えてくれた。


 お父様一体何をされているのですか?


 そうこうしている内にエイベルが馬車の用意が出来たと伝えてきたので、馬車の乗り込もうとして、疑問に思っていた辺境伯家の家紋が無い事を聞いてみる事にした。


「エミーリア、馬車に家紋がないから私達が乗っているとはバレないけど、家紋が無いと門を出られないわよ?」

「ご心配は無用でございます。この馬車で辺境伯家が懇意にしている商人の家に参ります。そこで商人に馬車と鑑札を借りて行商人に扮して辺境伯領まで行きます」


 成程それなら何とかなりそうだ。


 安心して馬車に乗り込むと、やがて1頭立て馬車は一度ガタンと揺れてからゆっくりと前に進み始めた。

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