第5話 王都辺境伯館

 私を乗せた馬車は迂回したこともあり、途中で襲撃されることも無く学園から王都にある辺境伯館に無事到着していた。


 王都にある辺境伯館に、父親であるブレスコット辺境伯は居ない。


 それというのも領地が隣国アンシャンテ帝国とルヴァン大森林を挟んで隣接しており、度々帝国兵が侵入してくるので領地を離れることが出来ないのだ。


 クレメンタインの記憶では、ブレスコット辺境伯はクレメンタインがやる事を全て肯定してくれるとてもやさしい男だ。


 第一王子との婚約でも単に政略ではなく、私がそれでいいと言ったので認めてくれた感じだった。


 そんな父親の唯一の楽しみが、娘である私の成長なのだ。


 これはゲーム補正なのかもしれないが、それによって悪役令嬢であるクレメンタイン・ジェマ・ブレスコットが、学園でヒロインを虐めても許されるという環境が出来上がったのだろう。


 だが、ゲームが一応エンディングを迎えたこの状況では、この先どのようなイベントが発生するのか皆目見当がつかなかった。


 そんな中でも私の目的は明確だ。


 ゲームのテロップで流れた死亡フラグを何としても回避するのだ。


 ゲーム補正等くそくらえよ。


 そこで思いついたのが領地に引き籠る事だった。


 そうすれば襲われて死ぬことも無いだろうし、強大な辺境伯軍に守られるというのはとても魅力的だ。


 質実剛健を旨とする父親によって建てられたブラム館と呼ばれる王都の辺境伯館は、2階建ての本館と平屋の別館それに厩と馬車等を保管する倉庫というシンプルな構造だった。


 馬車が正門から入り本館入口のロータリーでピタリと止まると、馬車の到着にあわせて出てきた使用人達による笑顔の出迎えがあった。


 私が馬車を降りると、卒業パーティーで突き飛ばされて裾が汚れたドレスを見て、直ぐに異変に気付いた私付きメイドのエミーリアが歩み寄ってきた。


 彼女は綺麗な金髪をこの世界では珍しくショートボブにしていた。


 体はほっそりとしており胸もどちらかと言うと控えめだが、性格はとてもはっきりしていて、私の事をいつも心配してくれるとても頼りになる女性だった。


「お嬢様、何かございましたか? まだ卒業パーティーは始まったばかりだと思っておりましたが・・・」


 そしてハンカチを取り出すと、私のドレスの裾についた汚れを叩いて落としてくれた。


「お嬢様何かあったのですね? いいえ、何もお答えいただかなくて結構です。直ぐにお召替えを致しましょう」


 辺境伯館の1階には銭湯のように大きな浴槽があり、私はそこをたった一人で独占していた。


 浴槽は大理石で出来ているのかとても綺麗な光沢を放つ石造りになっており、表面を指で触るととても滑らかだった。


 流石に温泉では無かったが湯加減は丁度良かった。


 浴槽の中で、押し倒されたときに打ち付けた膝や肘を見るとまだ赤く腫れていて、触ると痛みが走った。


 これが夢なら痛みがあるというのはおかしな話だし、何故目覚めないのかも不思議だった。


 汚れを落とし体も温まると、ようやく気分が良くなってきた。


 お風呂から上がるとエミーリアが待っていて、直ぐにタオルで水分を拭うと服を着せてくれた。


 その時私の腹の虫がぐぅと鳴いてしまい、そう言えば今日は卒業パーティーで何も口にしていなかったことを思い出した。


「直ぐに夕食をご用意いたします」


 私の腹の虫が鳴いた音を聞いたエミーリアは、直ぐにそう言ってきた。


 館の食堂は1階にあり、一度に10人は座れるだろう重厚な長テーブルが中央に設置され、細かく刺繍されたテーブルクロスが覆っていた。


 テーブルの上には3か所に燭台が載せてあり、魔法の光ではない淡い光を照らしていた。


 この館には私以外ブレスコット家の家人は居ない。


 両親とも領地から出られないからだ。


 そのため食事はいつも一人で取っていた。


 この寂しさを誰かに気付いて欲しくて色々やらかした事が、残虐女とか告げ口令嬢とか言われたのではないだろうか?


 高月瑞希はクレメンタインに同情している自分に驚いた。


「ねえ、クレメンタイン。貴女は今幸せなの?」


 私がそう独り言を言うと、後ろに控えていたエミーリアがすかさず声を掛けてきた。


「お嬢様、どうかなさいましたか?」


 私の顔を心配そうにのぞき込むエミーリアに向かって微笑み返していた。


「いいえ、何でもないわ。それよりもこの料理とても美味しいわね」


 エミーリアはそう言った私の顔をまじまじと見つめていた。


 その顔はあり得ない物を見たとでも言っているようで、明らかに動揺していた。


「さ、左様でございますか。料理長に申し伝えておきます」


 不思議そうにエミーリアの顔を見返していたが、そこでクレメンタインが残虐女と呼ばれている事を思い出していた。


 そうか。


 きっとクレメンタインが他人を褒める事なんて、今まで無かったんでしょうね。


 それならついでだからと、今度はエミーリアを褒めてみる事にした。


「ええ、エミーリア。貴女にもいつもお世話になっているわ。本当にありがとう」


 すると予想通り、エミーリアの完璧な笑みが一瞬固まったように見えた。


「あ、ありがとうございます。このエミーリア、お嬢様のために今まで以上に粉骨砕身務めて参ります」


 そうやってエミーリアをからかって遊んでいると、青い顔をした執事のセヴァリーが食堂に入って来た。


「お嬢様大変でございます。屋敷を騎士団に取り囲まれました。騎士団長ロンズデール様は、お嬢様の即刻引き渡しを求めております」

「え?」

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