第4話 派閥の危機2
ベイン伯爵の第一王子の評価は、やや他人の意見に流される傾向があるが可もなく不可もなくといったところだ。
その青年が今年学園を卒業したらそのまま王太子として指名される事で、この国の争いに終止符を打つ予定だったのだ。
「はい、第一王子は学園の卒業パーティーでブレスコット辺境伯令嬢との婚約を破棄し、リリーホワイト男爵家の令嬢と結婚すると宣言されました。しかも、その後でグラントリー、ジャイルズそれに私の愚息までもが婚約破棄を宣言したのです。会場は大変な騒ぎになっております。そして、その場には第二王子派の貴族もおりましたので、あちらでも何らかの動きがあると思われます」
それを聞いた現王や宰相の顔には、信じられないと言った表情が浮かんでいた。
「何という事だ。ブレスコット辺境伯家だけでも痛いのに、アレンビー侯爵家、ラッカム伯爵家、レドモント子爵家とも関係が悪化したというのか・・・あの馬鹿息子は一体何をしているのだ」
「ベイン、そのリリーホワイト男爵家の娘というのは何者なのだ?」
宰相のギムソンがそう聞いてきたが、ベイン自身その男爵令嬢の事を全く知らなかった。
それというのも、息子からその令嬢の事を一言も聞いていなかったからだ。
だが、学園のホールで見た息子の光芒とした顔を見ると、かなり以前から深い関係にあったという事は明白だった。
「私も良くは知りませんが、学園のホールではその令嬢の周りを第一王子達が、まるで召使でもあるかのようにかしずいておりました」
「男達を侍らせる令嬢か・・・残虐女とどっこいどっこいだな」
「ええ、ですが、残虐女には辺境伯家という最大の軍事力がおまけで付いてきますが、その令嬢には何もないでしょう」
「このままではイライアスを王太子にすることは厳しいな。何とか残虐女、いや、クレメンタイン嬢のご機嫌取りが必要だ。ロンズデールに言って王城に招待しよう」
「そうですな。他の令嬢も一緒に呼んで何とか慰めましょう。当番兵」
宰相が扉に向かって叫ぶと、直ぐに近衛騎士の制服を身に付けた兵士が顔を見せた。
「騎士団長にブレスコット辺境伯館に行って、クレメンタイン・ジェマ・ブレスコット嬢を連れてくるようにと伝えてくれ。それからアレンビー侯爵家、ラッカム伯爵家、レドモント子爵家にも使いを出せとな」
「はっ」
そう返事をすると、当番兵は命令を伝えるべく出ていった。
当番兵は、国王からの命令を伝えるべく騎士団の詰め所に来たが、残念ながら騎士団長は不在だった。
そこで当番兵は、騎士団長の当番兵に国王の命令を伝えた。
「ブレスコット辺境伯の館に行って、クレメンタイン・ジェマ・ブレスコット嬢を王城へ連れてくるようにとのことだ」
「ああ、第一王子様の婚約者の方ですね」
当番役をしていた近衛騎士は、昔その令嬢に罵倒されたことを思い出していた。
そして、どうしても一言付け足したい気分になっていた。
「ああ、そうだ。あの残虐女が卒業パーティーで何かやらかしたらしいぞ」
「へえ、あの令嬢はあちこちで問題を起こしているのですね」
「ああ、それでアレンビー侯爵家、ラッカム伯爵家それとレドモント子爵家の令嬢も呼ぶようにとのことだ。おおかた巻き込まれた被害者か何かだろう。可哀そうに」
そう言って兵士達は笑い合っていた。
2時間程で騎士団長が戻ってくると、伝言を頼まれた兵士が内容を伝えてきた。
それは最初の命令とは真逆になっていた。
これが伝言ゲームの恐ろしさか、はたまたゲーム補正の恐ろしさか。
「騎士団長、陛下からの伝言があります。なんでもあの残虐女が卒業パーティーで何かやらかしたそうです。即刻ブレスコット辺境伯館に行ってクレメンタイン・ジェマ・ブレスコットを連れてくるようにとのことでした。それから被害にあったアレンビー侯爵家、ラッカム伯爵家、レドモント子爵家の令嬢もお呼びするようにとのことです」
「はあ~、またあの残虐女か。今度は何をやらかしたのだ? おい、捕縛隊を編成するぞ。騎士団から2百名程選定しておけ」
「ははっ」
騎士団長のロンズデールは、彼が鍛えた子飼いの2百名の騎士を頼もしそうに眺めながら、これからの事を考えていた。
ブレスコット辺境伯領はバーボネラ王国の北西に領地を持っており、我が国に領土的野心を持っているアンシャンテ帝国からの侵攻を国境のルヴァン大森林で全て退けていた。
本来ならそれは騎士団の仕事であり私の手柄なのだが、あの男は騎士団に協力を要請することも無く、まるで騎士団等信用出来ないとでも言いたげな感じなのだ。
そのおかげで国民の間にも騎士団よりも頼りになると言われる始末で、立つ瀬が無いのだ。
そんな辺境伯だが、あの残虐な娘のやる事には全肯定するほど溺愛していて、その事で評判を落としていた。
辺境伯が英雄視されないのは、あの残虐女がセットになっているからだった。
ロンズデールは辺境伯の人をくったような顔が苦悩に歪む姿を思い浮かべると、とても晴れやかな気分になってきた。
「騎士団の精鋭諸君、これから王家に仇成す賊を捕えに行く。気を引き締めていけ」
「「「はっ」」」
「出発」
そう言うとロンズデールは捕縛隊を連れて、貴族街にあるブレスコット辺境伯館に向かった。
先頭を行くロンズデールは、白銀の全身鎧を着こみ愛馬には紺色の防具を纏わせていた。
そしてその後ろにも王国騎士団の正式武装で身を固めた2百名が2列縦隊で付き従う姿は、町の人達からは、さしずめ観閲式に参加する儀仗隊のように見えることだろう。
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王都ルフナの第二王子派の筆頭であるスィングラー公爵家の館では、昼間学園の卒業パーティーに参加していた貴族から事の顛末を聞いていた。
「そうかそうか、いや、愉快だな。まさかイライアスが何処の馬の骨とも分からぬ女に引っかかるとは思わなかったぞ。それにアレンビー侯爵家、ラッカム伯爵家それにレドモント子爵家といえば今勢いがある家ばかりではないか。それをこちらの陣営に招くことが出来れば勢力が逆転するではないか」
「はい、左様でございますな」
「よいか、これからが正念場よ。第一王子派の失態にどれだけ付け込めるかで勝負が決まるのだ」
「まさに左様でございますな」
スィングラー公爵が手をパンパンと叩くと、後ろに控えていた男が顔を表した。
「お前はこれからクレメンタインを見つけ出し、お前の魅力で篭絡するのだ。そして第2王子派に引き入れろ。ああ、それから駄目だった場合は、第1王子派の仕業に見せかけて殺すのだ」
「は、承知いたしました」
男が消えた後、公爵と対話していた貴族がそっと尋ねた。
「あの者は?」
「拾った男だ。使い勝手がいいので裏の仕事をさせているのだ」
「作用でございますか。それにしてもどっちに転んでもこちらにメリットがあるという事ですな。流石は公爵様です」
「ふぉふぉ、そう褒めるでない」
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