第2話 王国の状況
生き残るには情報が必要なので、クレメンタインの記憶にある情報を整理してみた。
この国の名前はゲームと同じでバーボネラ王国で、王家は王都ルフナとその周辺の土地しか所有しておらず、残る7割以上は貴族達が所有していることから、王家と言えども貴族達に気を使わなければ国家運営が出来ない状況だった。
そこで現国王は正妃の嫡子である第一王子を王太子にするべく、国内の力のある貴族達を第一王子派に引き込む策を講じたのだ。
まず国内随一の武力を誇り、隣国アンシャンテ帝国の侵攻を度々追い返しているブレスコット辺境伯家だ。
この家の令嬢、つまり私だ。
私と第一王子が婚約することで強大な軍事力を手に入れる。
次は、国内で最も多くの食糧を供給するアレンビー侯爵家だ。
この家の令嬢と同じ第一王子派の宰相の令息が婚約することで、大量の食糧を手に入れる。
それから国内最大級の港湾都市を持ち、交易が盛んなラッカム伯爵家だ。
この家の令嬢と第一王子派の騎士団長の令息が婚約することで、大量の資金が手に入る。
そして国内最大級の鉱山を持つレドモント子爵家だ。
この家の令嬢と第一王子派の近衛騎士団第一隊長の令息が婚約することで、貨幣経済を盤石な物にしたのだ。
それが今回の出来事で全てご破算になっていた。
卒業パーティには第二王子派も来ていたので、第一王子派が盛大に大失態をやらかした事は直ぐに伝わるだろう。
それは私にとって良い事かどうかは分からないが。
「ところでクレメンタイン様、これからどうなさるおつもりですか?」
そう尋ねたのは、長い金髪を綺麗に編み込んで赤いドレスを着たアレンビー侯爵家令嬢クリスタル・エリカ・アレンビーだ。
彼女の瞳は憂いを帯びていて、それはここにいる他の令嬢達も同じだった。
クレメンタインの記憶から察するに、それは恐らく残虐女や告げ口令嬢と陰口を叩かれている私が、父親を唆して王家に反旗を翻さないか心配しているのだろう。
私がそういった行動をすれば同じ状況に置かれているこの令嬢達も、王家から反乱を疑われるのだから当然だ。
しかも、そう疑われても仕方がない位クレメンタインの父親は娘を溺愛しており、クレメンタイン自身もこのような辱めを受けて我慢できる性格はしていないのだ。
ブレスコット辺境伯という男は、度々侵入してくるアンシャンテ帝国の軍勢を何度も撃退している強者であり、辺境伯軍は実戦で鍛えられている猛者揃いだった。
あの人達なら、第一王子派を敵に回しても鼻で笑いそうだ。
「私は何もする気は無いです。このまま王都の館に帰るだけですわ」
それを聞いた令嬢達は、ほっとした顔になっていた。
彼女達も第一王子派と争う事をせず、泣き寝入りするようだ。
傷物となった彼女達の未来は、修道院か条件の悪い相手をあてがわれるのがオチだろう。
ヒロインから見れば自分の恋愛への大きな障害という位置づけでしかないのだが、こうなってみると彼女達も家の事情で勝手に結婚相手を決められた挙句、それを破棄された犠牲者に他ならないのだ。
人が少ない通路を歩き出口にたどり着くと、そこには馬車で帰る客達が滞りなく馬車に乗れるように係の者が待機しており、出てきた客の顔を見て素早く目当ての馭者に連絡を入れる手筈になっていた。
その係の者が私達の顔を見て一瞬驚いたが、直ぐに待機していた数人を走らせたので、私達が何者なのか分かっているようだ。
学園の出入り口には馬車を待つ客のための待機所が設けられており、そこにある椅子に腰かけて馬車が来るのを待っている間、一緒に出てきた令嬢達を観察してみる事にした。
最初に話しかけてきたアレンビー侯爵令嬢は、領地が広大な農地ということもあって性格的にはとてもおおらかで、貴族令嬢らしくおっとりしていた。
食べ物が豊富なようで少し太った事を気にしているようで、今回の宰相令息との婚約破棄よりも無駄肉の方が気になるようだ。
次に目を向けたのはラッカム伯爵家令嬢だ。
駿馬のような見事な栗色の髪と鮮やかな青い瞳を持つ、はきはきと受け答えをする令嬢だ。
ラッカム伯爵家の領地は、この国随一の港湾都市を保有して外国との交易を行っていることから世情に明るく、少しハスキーな声色は、深窓の令嬢というよりも出来るキャリアウーマンといった感じだ。
彼女なら次の結婚相手を探すより仕事を選びそうだ。
最後のレドモント子爵家の令嬢は、どちらかと言うと大人しいといった感じで、黒色の髪の毛と黒色の瞳は日本人に通じるものがあり、親近感を覚える外見をしていた。
今日婚約破棄をされた事を、どうやって父親に話そうかと悩んでいるような感じだった。
待機所で令嬢達の観察しながら待っていると、係員が戻ってきて私に辺境伯家の馬車の準備が出来た事を伝えてきた。
私は待機所の椅子からゆっくりと立ち上がると、他の令嬢達に挨拶をしてから馬車に乗り込むことにした。
「皆さん、ごきげんよう」
待機所から外に出ると、そこにはブレスコット辺境伯家の紋章を付けた馬車が止まっていた。
ブレスコット辺境伯家の紋章は、猛禽類が急降下して獲物を襲う直前に羽を広げて急ブレーキをかけた瞬間の態勢で鋭い両足の爪で獲物を捕らえた姿を描写した物で、武の辺境伯家にはぴったりな勇ましい紋様だ。
馬車の前では男が一人立っており、私の姿を見つけると直ぐに馬車の扉を開けて、楽に乗れるように乗り口に踏み台を設置してくれた。
彼はエイベルという名前で、辺境伯家の使用人として私の馭者を務めていた。
非常に整った顔立ちをしているのでゲームの攻略対象となっても不思議ではないのだが、悲しいかな彼は唯のモブキャラだった。
「お嬢、お待たせいたしました。ブラム館へお帰りですかい?」
ブラムとは、辺境伯家の王都館が建っている地区の名前だ。
辺境伯家の使用人は、王都辺境伯館を「ブラム館」と呼んでいた。
そして私の専属御者を務めているこの男は、何故かこういう話し方をするのだ。
私を差す陰口の中に残虐女の下品な手下と言う物もあったが、恐らくはこの男に向けた言葉なのだろう。
「ええ、そうよ。急いで帰らなければならないのでお願いね」
「合点承知」
私はエイベルに支えられて馬車に乗り込むと、エイベルが扉を閉めてくれた。
私は馬車から伝わって来る軽い振動と2頭の馬が走る時に地面を叩く音を聞きながら、ファン・ステージのエンディングに流れたテロップのとおり帰り道に襲われるかもしれないという恐怖が湧いてきた。
そこでいつもの道ではなく、回り道をして館に帰るように慌てて指示を出したのだ。
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